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ベルリオーズも聞かないくせに

父が亡くなって10年が経った。
母が元気なうちはそのままにしておこうと、ずっと手を付けずにいた遺品。
昨年夏に急逝した母の遺品整理もそろそろという段になり、まずは父のことからということになった。

オーディオを買取業者に引き取ってもらったら、急に家の中が淋しくなった。
遺品整理は体力も気力もいるものだと思っていたが、実際に手を付けてみると、物に宿っていた父との時間までもが消えていくようで心がざわざわする。

ご自慢だったTANNOYのスピーカーが運び出されていくのを見て、2度目の出棺のようだと密かに思った。
LUXMANやAccuphaseといったメーカー名も初めて知った。
オーディオを大切にされる方のところで、音を鳴らしてもらう方が良いに決まっている。でも、どこに行くのかも分からない。お父さんは満足するだろうか?

せめて、毎月、給料日に数枚ずつ買い揃えていたLPとレコードプレーヤーは音楽好きのYさんに救済してもらうことにした。ご迷惑かもしれないけれど、我儘を聞いてもらうことにした。

父は趣味のサークルで、レコードコンサートの案内役をしていた。
そこで出会ったのが母。やがて結婚し私と妹が生まれた。
若い頃から音楽鑑賞が好きで、狭い部屋にあれこれオーディオセットを自作し、楽しんでいた。狭苦しい家の中で、音楽が流れていることだけが救いだった。
幼い私と妹の写真を家の中で撮るときは決まって「そこに立て」と言った。写真を見ると、どれもこれもオーディオがバック。晴れ着姿も、大学の卒業証書を持った写真もだ。
あるときは、ブロックを買い込み、スピーカー台にするのだと、銀色のラッカースプレーを吹き付けた。
その独特の匂いが鼻につき、何日も気分が悪かった。

オーディオを使うときは、必ず父にお願いして聞かせてもらっていた。勝手に触ってはいけないものだった。
実際、私は壊すことにつけては名人だ。
高校の卒業間近に体育のダンスの授業で使う大きなスピーカーを壊してしまったことがある。卒業記念のサイン帳にメッセージを頂きに行くと、丁度修理代を支払ったばかりの先生に、「◯万円もしたわ! この領収書貼っとこか!」と八重歯を見せながらも呆れられたことがあった。未だにあのスピーカーがどんな理由で潰れたのかさえ、不明だ。
もっぱら、WALKMAN世代のため、音楽を部屋でゆっくり聴くというよりは音楽を持ち歩く感覚だからというところもあるか。

自分用の簡単なコンポなら、スイッチひとつで音が出る。
ところがこの手のオーディオはどの順番でスイッチを入れたら良いのか、真空管は割れてしまわないかと心配で通電しなかったのだ。
今の時代、インターネットで調べればわかったのか?と
買取業者が立ち去ったあとになって、気づく。馬鹿だな。

残された膨大な数のLPから1枚取りだすと、「ベルリオーズ」だった。
「ベルリオーズも聴かないくせに···」
淋しさが込み上がる。
奈央

富士河口湖


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