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#106 緊急時のTPO

こちらは「#105 会話のTPO」のつづきです。

ホフステッドの次元


オランダ人の心理学者ヘールト・ホフステッドは、さまざまな文化の違いを分析するために、自身の勤務していたIBMヨーロッパ人事部で、世界中の社員を面接などして長い年月をかけ膨大なデータを集めた。

例えば「自分の面倒は自分自身でみる」指標を設定し、その度合いによってさまざまな文化を分類できると主張し、その次元を「個人主義対集団主義」と呼んだ。

個人主義指数が最も高いのはアメリカ。

ご存じ、先進国で全国民が加入する医療保険制度がないのはアメリカぐらいなものである。一方、一番低いのがグアテマラだった。

他には「不確実性の回避」という次元がある。

その文化が「曖昧さを許容する」度合いのことだ。

このホフステッドの次元で「権力格差指標(PDI)」がある。

権力格差は、ヒエラルキーに対する態度、とりわけ、その文化が権威を重んじ、権威に敬意を示すかどうかに関係する。

質問には「社員が上司に異議を唱えるのをためらうか?」、「組織や団体で権力の低い人間が、権力の不均衡な分配を受け入れ、それを当然と考えているか?」、「権力を握る人間は特権を行使する権利があるか?」などがある。

パイロットの権力格差指標 
高い国
1位 ブラジル
2位 韓国
3位 モロッコ
4位 メキシコ
5位 フィリピン
低い国
15位 アメリカ
16位 アイルランド
17位 南アフリカ共和国
18位 オーストラリア
19位 ニュージーランド

このパイロットの権力格差指標と、飛行機墜落事故の国別の発生率を比較すると、かなり近い関係性がみられた。


墜落事故の三つの条件


墜落事故の典型的な三つの条件は、設備の小さな不具合、悪天候、機長の疲労の三つである。

ひとつづつでは十分な条件にはなり得ないが、三つが揃ったときに、コックピットは全員の力を結集しなければならない。

そして、この三つの条件によって大韓航空801便は墜落した。

NTSB(国家運輸安全委員会)の委員である心理学博士マルコム・プレンナーは大韓航空の墜落事故について語った。

「通常、グアム空港への進入は難しいものではない。なぜなら、グライド・スロープが設置しているためだ」

クライド・スロープとは、空港から発信されるVHFの電波であり、進入経路のうち、垂直方向の経路を示すもの。

事故当日、グライド・スロープは故障していた(設備の小さな不具合)

「使われてなかったんだ。修理のために別の島に送られていた。ただし、この設備が使用できないことはパイロットたちに通知されていた」

だが、修理中の同空港では約1500回も安全な着陸が行われていた。つまり、これだけでは、大した問題でないことがわかる。

「天候の問題もあった。南太平洋では短時間で天候が変わる。そしてすぐに回復する。嵐はない。熱帯のパラダイスだからね」

その夜は、驟雨を伴う弱い低気圧が発生し、大韓航空機はその驟雨の中へ飛んでいった(悪天候)

空港まで数マイル。機長は決断を迫られる。乗務員は「VOR/DMEアプローチ」の許可を得ていた。

VOR:超短波全方向式無線標識 DME:距離測定装置

複雑かつ厄介な方法であり、さまざまな調整が必要となる。

このとき、乗務員が偶然、グアムの灯りを認めた。

機長は「視認進入ができるぞ」といった。

機長はこのとき、VORを使って降下し、滑走路の灯りが見えたら視認で着陸しようと考えた。

考えとしては筋が通っている。しかし、機長は失敗に備えて代替案を考えておくことを怠った。

なぜなら、機長は仮眠こそ取ったものの、前日の朝6時からずっと起きたままだったため、強度の疲労状態にあり、繊細な思考が働かなかったのだ。

「その便は往復飛行だった。韓国時間の午前1時にグアムに到着する。数時間、地上で過ごし、日が昇ると再び操縦して韓国に帰る。

機長はとても疲れていた(機長の疲労)

緊急時のTPO


同機墜落する30分前の会話で、機長は「疲れた」と愚痴をこぼしている。

そして、飛行機は驟雨の中へと入っていく。

副操縦士は、疲労困憊で機嫌の悪い機長に気を使いながら、精一杯丁寧な言葉を使い危険を伝える。

「もっと雨が降ると思いませんか?このエリアですが?」

かつて大韓航空の乗務員は、乗り継ぎの時間に、機長のために食事をつくったり贈り物を買ったりするのが当然とされていた。

同社の元パイロットの証言によれば、コックピットはピリピリしていて、機長が全てを仕切り、機長のしたいことを、機長がしたいときに、したいようにして、他の者はただ黙って座っていたという。

そのような事情を考慮すれば、副操縦士が本当に言いたかった発言はつぎのようなものだろう。

「機長。目視による進入を行うと決め、代替え案のブリーフィングも行われませんが、気象条件はひどく悪いものです。機長は、いまに雲を抜けて滑走路が見えるはずだとお考えでしょうが、もしも滑走路が見えなかったら外は真っ暗で、激しい雨が降り、グランド・スロープも故障しています」

しかし、このように言えるはずもない。もしそのように発言したら待っているのは鉄拳制裁のようなひどい仕打ちだけだ。


 

つづく


参考文献「天才!成功する人々の法則 マルコム・グラットウェル著」


最後まで読んでいただきありがとうございます。

ワタナベリカさん画像を使用させていただきました。

毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますので、よろしくお願いします。
no.106.2022.2.18




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