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2-3 レックス・スタウト『料理長が多すぎる』
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レックス・スタウト『料理長が多すぎる』Too Many Cooks 1938
レックス・スタウト Rex Stout(1886-1975)
ガードナーと同時期に同年代で出立して、別種のアメリカ式名探偵を創造したのがスタウトだ。
ガードナーのアベレージには及ばないものの、長短合わせて四十冊を超えるネロ・ウルフのシリーズは、旺盛な筆力と高い人気のたまものだ。
数ある名探偵のうちでも、ウルフは無類だ。探偵能力によってよりもむしろ装飾的キャラクター要素によって記憶される。美食、体重過多、蘭の愛好。ウルフの解決した名推理は忘れてしまっても、彼の厳格に守られる快楽主義的日常生活は忘れられない。ウルフはものぐさで高慢な人物だが、そのほとんどは太りすぎて動くのが大儀だからだ。見た目の滑稽さによって、このヒーローは愛される。
ワトスン役の語り手たるアーチー・グッドウィンは、ウルフの非行動のいっさいを代行する。タフガイ的人物が語り手となる奇人探偵の謎解きもの。ウルフ・シリーズのセールス・ポイントはそこにある。彼のチームには、他に、料理人フリッツ、園芸係ホルストマンと、本筋とは関係なさそうな専門家が加えられるところが特徴だ。
美食ミステリはヴァン・ダインに始まる。イギリスにしろアメリカにしろ、相対的に料理文化が貧しい社会にあって、ヴァン・ダインが先覚者になりえたのは頼もしいことだった。ファイロ・ヴァンスの料理帳は、味覚の点においてはフランスびいきになってしまった気まぐれな男の記念碑だ。だが先覚者は忘れ去られている。美食探偵の名誉は、今日では、すっかりスタウトに作品に移行している。
シリーズ第五作『料理長が多すぎる』は、その傾向を代表する。
冒頭でアーチーは、摩天楼ビルの屋上にピラミッドを運びあげたような気分になっている、と語り始める。巨漢ウルフを新型列車の車内の座席に押しこんだところだった。外出すること自体が事件になる探偵の旅は、十四時間にわたる列車旅行。十五人のグランド・シェフが一同に会して腕を競う晩餐会にゲストとして招かれたのだ。
名コックばかりが集まる保養地が、外界から遮断された一種のクローズド・プレイスをていするという趣向。そこで、九種類の香辛料をブレンドした精妙な味のソースの味きき競技が催される。一つずつスパイスを省いた九種を用意して、省かれたスパイスを当てる。その競技の最中に殺人が起こる。動機はいくらでも見つけられた。ある料理の秘法レシピをめぐって殺意が芽生えるような特殊世界なのだ。
どんな領域にしろ、専門家が集まるサークルは、部外者にとっては驚異に、いっそういえば狂気にあふれている。外界からは理解できないし、また外界を理解する気もない。ミステリの題材としては絶好のシチュエーションをスタウトは見事に生かした。
美食ミステリはたしかに有力なサブジャンルなのだが、印象深い名作は意外と少ない。美食はミステリにおいてメイン・ディッシュにしないほうが無難、ということだろうか。ただし短編は別だろう。ピーター・ヘイニング編のアンソロジー『ディナーで殺人を』91(S)には、メニューを一望できる作品が並んだ。スタウト作品では、「ポイズン・ア・ラ・カルト」が収録されている。
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『死の招待』 (短編) Cordially Invited to meet Death 1942
『語らぬ講演者』 The Sillent Spesker 1946 収録
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