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掌編小説【秋の山】
ショートケーキのイチゴはよく話題に上がるのに。モンブランについての議論は一度も聞いたことがない。なんて不憫なんだろう。
この小さな山の頂上に乗ってる栗をそっと下山させてみた。栗のあった場所が火口みたいにぽっかりと空いて、なんだかこの方が山みたい。
甘く光る栗をひょいと口に運ぶ。火口を覗き込む。フワフワと白い煙が上がっている。ぐるりと1周してみる。どこまでも続く秋色の山道。綺麗に色づいたもみじの葉の隙間に、澄んだ高い空が煌めく。
「モンブランってさ、本当は冬の山なんだよね、知ってた?」
雑学好きの彼が楽しそうに話し出す。聞いたことあるような、ないような。削られた栗の山の中から、白いクリームが顔を出す。小さなフォークでそれを掬うと、鉱山から貴重な石を探し出したような気持ちになる。
「白い山って意味でさ。雪を被った山のことなんだって」
彼はひとりで続ける。ふーんとだけ、思ってあげる。だからモンブランの中身はホイップクリームなのかな。カスタードクリームだと、ダメだったんだろうな。
ブラックのドリップコーヒーをゆっくりすする。甘くないコーヒーに心が落ち着く。彼の前にはカフェラテだけ。彼は今度は、モンブランケーキの発祥の地について話してるみたい。
相槌は得意。話の内容なんて覚えてないけど、楽しそうに話をしていたことはなんとなく覚えてる。いっつもそんな具合。会話ってそんなものでしょう?
ショーケースの中のショートケーキがじっとこちらを見つめてくる。私はすっと目を逸らして、銀紙だけになってしまったお皿を見つめる。
火山、無くなっちゃったなあ。シュークリームの話に移り始めた彼を遮って聞く。
「ねえねえ、モンブランを食べる時さ、栗は先に食べる派? 最後に取っておく派?」
自分の話を遮られた彼は、少し驚いたような、もしかしたら不満気な顔で答える。
「そんなのどっちでも良くない? 俺そもそも甘いもの食べないし」
そっかーと小さく声に出しながら、冷めたカフェラテを飲む彼を見る。モンブラン、君ってやっぱりちょっと不憫だね。
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