🌅真夏の夜の悪夢👁

季節は8月
長めの楽曲制作という名の夏休み🌴
とある人気バンドの若いメンバー達が、事務所が組んだハードスケジュールに疲れ果て、口々に体調不良を訴える中、粋なマネージャーの発案で、静かな山の中のコテージ「サナツマ」に、メンバー5人とマネージャー1人でしばらく滞在することに🌌
そこは山間から見える夜景がとても美しく、知る人ぞ知る名所だった。コテージの建物自体は、前世紀に宇宙研究施設として建てられたものだという。一時は博物館として一般公開もされていたようだが、現在は所有者が代わり、限られた人物にしか使用が許されていない。その外観は空想上の乗り物のようで、今にも浮き上がって丘から走り出しそうだ。
搭乗口に似た玄関をくぐると、内装は家庭的な雰囲気にリフォームされ、リビングにはテレビとソファ、キッチンには冷蔵庫もある。前施設の名残りである、夜景を臨む広い窓があるかと思えば、鎧戸の付いた古めかしい書斎のような部屋もあり、リラックスした環境での楽曲制作にはもってこいだ。…誰がどの部屋を使うかでケンカが勃発したのは言うまでもない。

一応仕事の名目ではあるが、久々に舞い込んだ実質の長期休暇に、若い5人は大喜びし、少年のようにはしゃいだ。その様子はさながら、中学生の夏休みだ。
皆で持ち寄った食材でバーベキューをしたり、音楽を聞きながらのんびりと日光浴をしたり、近くの川へ釣りに行ったりと、まるで子供の頃みたいな、自由で開放的な雰囲気を楽しんでいた。気付けば事務所への報告もそこそこに、年長のマネージャーも遊びの輪に加わっていることもしばしば。

次のツアーに向けた楽曲のデモも順調に仕上がり、いよいよ、13日間のバカンスの終わりの日が近づいた頃。
酔ったノリで、ふざけて「人間スイカ割り」をしたことがきっかけで、心にヒビが入っていたあるメンバーの裏の人格が爆誕してしまう。

「ほら、手出しなよ」
「えーマジでやんのー？スイカ誰よ？」
「ヒミツー！」
「やっちゃえやっちゃえ！」

気が進まないながらも、酔いで火照った顔に目隠しをし、まあまあ重量のあるペットボトルを手に握らされ、思い切って「顔の見えぬ誰か」の脳天に振り下ろした時、「これぞ私の果たすべき使命だ」と確信したのである。

最初の被害者は、犯人と一番気心の知れたメンバーだった。彼は深夜トイレに起き、何気なく用を足して出て来たところを、背後から電気ケトルでぶん殴られて気絶し、古いハンモックでグルグルに縛られて地下室のロッカーへと放り込まれた。…不幸中の幸いか、彼は発見されるまでほぼ意識を失っており、犯人が誰であるかも知らないままだった。

翌日には、2人目の犠牲者が出た。声が大きく大胆な性格の彼は、夜遅くまでかかった録音にコーラスで付き合ってくれた相方を、夜景デート笑に誘いだした。しかしその純粋すぎる好意が、彼の人生最大の誤算であった。
まず彼は、夜空に赤々と光る奇妙な流れ星を見た。次に、キャンピングライトで頭をぶん殴られ、人生最大級の悲鳴を上げながら、急斜面を転げ落ちていった。…木の根に服が引っかかったおかげで、強い衝撃は免れ、奇跡的に足のケガだけで済んだ。24時間後に意識が戻り、何とか助けを呼ぼうと山の斜面を這っていたところを、運良く救助隊に発見される。

1人目を襲った時は当人にも全く記憶が無く、皆と一緒にいなくなったメンバーを探していた。
2人目の時は、獣の咆哮のような被害者の悲鳴も相まって、何となく感覚が残っていたようで、自分がやったとは思わないまでも、その出来事の一部を恐ろしく生々しい悪夢として記憶している。

バンドはマイペースなメンバー揃いで、行動は常にバラバラ、行先も告げずにフラッと出て行くことがよくあったため、マネージャーでさえも、最初の1人が失踪したことにすぐには気づかなかった。それほどに、あまりにも自然に姿を消したのである。まるで神隠しのように。

2人目を襲った同日の真夜中。恐るべき裏人格は、文字通り肉食動物が獲物を囲い込むような行動に出る。

まず、寝ているメンバー2人とマネージャーのスマホをこっそり盗み、残りの消えた2人と自分自身のスマホもまとめて崖の下へと投げ捨てて、連絡手段を絶った。
次にガレージに忍び込み、マネージャーが運転してきたバンの操縦部分を、ガレージにあった金槌で徹底的に破壊し、タイヤを四輪とも草刈鎌でズタズタに切り裂いた。

この狂気じみた計画を遂行する間に、裏人格はますます凶暴化し、ついに凶器が鈍器から刃物へと変わった。

翌日、異変に見舞われたコテージは瞬く間にパニックになり、彼らは自分達が正体不明の悪意に狙われていると感じ、怯えていた。まさか、こっそり居場所を掴んだバンドのストーカーや、事務所の存在に恨みを持つ者の仕業だろうか？知りたくても、こんな状況では確かめようがない。
ついには、いなくなった2人のメンバーが仕掛けた悪質なドッキリだとか、このコテージにとりつく悪霊や呪いの類じゃないか？といった、非現実的な推測が飛び交うように。こうなってはお手上げである。

人々の不安と恐怖がピークに達した夜。
気まぐれな虎、バンド最年少のポン、線の細いタカシ笑、年長のマネージャーの4人で話し合い、このままリビングで夜明けを待って、少しでも空が明るくなったら、皆で歩いて下山しよう、と計画を立てる。
そんな中、タカシだけがなぜか乗り気でなく、まさかこいつが犯人か…？と仲間達に疑いを持たれ、それとなく距離ができてしまう。
そんな出発前夜のこと。

怖すぎて腹減りすぎてもう死にそう…とぐずるポンのために、キッチンで簡単な夜食を作ってあげている虎。

「ねえ、何か手伝う？」

ポンが近づいて尋ねる。包丁を持ったまま振り向いた虎の顔はいつもと違っていた

「手出しなよ」

刺される直前に虎の異変に気づき、全力疾走でマネージャーと共に逃げ出すポン。大声で危険を伝えるも、タカシの姿はいつの間にか消えていて、身の危険を察して一足先に逃げたか、あるいは既に殺られたと思われた。

夜明けまでまだ時間がある。念の為に、と部屋の中でも握り締めていた懐中電灯は、必死に逃げる途中で木にぶち当たり、壊れてしまった。
そして今夜は新月だ。ライトを失い、月明かりもない真っ暗な山道で、まともに走れるわけもなく、ポンは太い木の根に足を取られてしたたかに転ぶ。そこに迫り来る死の刃。…マネージャーはとっさにポンの体に覆い被さり、その背中に鋭い刃先が突き刺さる。

恐ろしい音が立て続けにした。ポンは恐怖のあまり声も上げられず、そっとマネージャーの体の下から這い出し、本能の命ずるままに逃げた。真っ暗な中で至る所に体をぶつけて血だらけになりながら、半ば転げ落ちるように、遥か眼下の街の明かりを目指して…。
逃げる足音は次第に遠ざかり、やがて、包丁が獲物を切り裂く音も止んだ。

虎は動きを止め、満足げだった。恐らく目の前の獲物をポンだと思っているのだ。そして、同じく満足げな人物がもう1人…
気配を消し、こっそりと後をつけてきたその男は、手元の懐中電灯で、数メートル先に佇む虎の横顔を照らし、微笑んだ。素晴らしい光景だった。

タカシが、虎の全てを見ていたのだ。もう随分と前から、虎のしたことほとんど全てを知っていながら、自分の中に芽生えた予感が確信に変わるのをただ待っていた。そして、願わくば次に狙われるのは自分であってほしいとさえ…
しかし、その願いはなぜか叶わなかった。
その事実は、ほんの少しだけ、彼を戸惑わせたが、今となっては些細なことだ。

静かな森の中に、むせ返るような殺戮の匂いが充満する。
タカシは再びライトを消し、血の匂いを頼りに暗がりを進む。何の恐れもなく、むしろ縋るように、血塗られた虎の体に触れ、自分の方に振り向かせた。
虎の赤い目が、初めてタカシの方を向き、じろりとその存在を捉えたが、その瞬間でさえ、鋭い刃先が彼の胸に突き立てられることはなかった。
俺だけは違うのか。他の奴らと。
お前にとって、俺は特別？
それとも興味がない？
あるいは、「観客」としていてほしかった？
さあ答えを聞こう。

一筋の光もない闇の中で、2人は抱き合い、踊るようにキスをする。
ごうごうと空が轟き、何か不吉な始まりを告げるように、赤く燃え上がる星の破片が空に流れた。彗星だろうか。

「俺には、お前だけいればいい…」

タカシは虎の裏人格に道ならぬ恋をし、残された日々を、真の愛の作曲に捧げることを決めたのだった。

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虎は5人のメンバーの中でも誰より落ち着いて、あまりストレスがないように見えていた。他のメンバーの方が目に見える疲労が大きく、虎からすれば、いつものように皆のノリに合わせてついてきた、くらいの感覚だった。
終わってみればこんなことは、当の2人にとっても、全くの予想外だったのかもしれない。

翌早朝。全身血まみれで這うようにして下山したポンが、通りがかりの車に保護されて間もなく、世間は大騒ぎとなり、地元の警察が救助隊を伴って現地に駆けつけた。
コテージ「サナツマ」から200メートルほど下った坂道。美しい朝の光が零れる大木の根元で、一人の男が見るも無残な姿となって横たわっていた。ポケットの身分証から、バンドに同行していたマネージャーのO氏だと確認された。

この目を覆いたくなる惨状に、生存者の救助は絶望的かと思われたが、その時、急斜面の下から、動物のような人のような、奇妙な吠え声が聞こえた。…2日目に襲われた被害者が、必死に助けを求める声だった。
間もなく、最初に襲われた被害者も、コテージの地下室の床で無事発見された。今朝になって、どうにか自力でロッカーの扉を蹴り開け、外に這い出していたのだ。
2人とも衰弱が激しかったが、幸い命に別状はなく、すぐさま病院に搬送された。
一方、残りの2人…虎とタカシの姿はどこにもなく、現在も懸命な捜索が続いている。
ポンは今でも、自分を襲った相手は虎ではない別の何かだと信じている。

Shooting Starを聞きながら書いた、こんなラブストーリーに名前を付けてくれ。

「　　　　　.」

♪BGM: ALICE NINE. "Shooting Star","NUMBER SIX.","9th Revolver"

▒続編: シーン別▒

▶翌朝 (ここはどこだ)

▶法廷 (逮捕された世界線)

▶後日談 (有罪判決からの懲役刑ルート)

▒▒影響を受けた作品: ホラー映画 "HIDE and SEEK 暗闇のかくれんぼ","エスター"／アガサ・クリスティ著「名探偵ポワロ」シリーズ,"親指のうずき"／実際の犯罪事例(猟奇殺人者の解説)▒▒