薄桜鬼真改 斎藤一篇 感想

薄桜鬼真改 斎藤一篇の感想です。台詞のネタバレがあります。


風ノ章 序章 文久三年十二月

月夜の出会いのシーンは、主人公の処遇について意見の違いが出ていて良い。

沖田「この子を生かしておいても、厄介なことにしかならないと思いますけどね」
土方「とにかく殺せばいいってもんじゃねえだろ。……こいつの処分は帰ってから決める」
斎藤「俺は副長の判断に賛成です。ここに長く留まれば他の者に見つかるかもしれない」

この中で最も主人公に優しいのは土方である。
斎藤は土方の意見に賛成しているだけで、主人公を殺したくないという自分の意志を持っているわけではない。
彼自身の考えが表れているのは、屯所へ連行しながら主人公に掛けた言葉である。

「己のために最悪を想定しておけ。……さして良いようには転ばない」

土方の指示に従っているものの、屯所に戻った後、結局は主人公を殺すことになるだろうと斎藤は考えている。
それは彼の性格なのか、内部粛清を担当している職業病なのかは分からないが。


風ノ章 序章 文久四年一月

主人公の剣術の腕を斎藤が確かめるシーンの台詞は印象的ではある。
しかし主人公と師匠の関係は以降も言及されず、振り返ってみるとこの言葉の信憑性は薄い。
冗談めかした言動をする沖田が、斎藤の剣の腕については揺るぎない信頼を置いていることが分かるシーンでもある。


風ノ章 第二章 元治元年六月

池田屋事件は、四国屋組だった斎藤個人の活躍は少ない。
しかし、先行していた池田屋組の永倉と交わす会話は良い。
この「ふん」の言い方に戦場での興奮と内に秘めた熱さがあって、主人公のモノローグにもあるように淡白なだけの人間には見えない。

永倉「よう、斎藤。残念だったな、おいしいとこはもらっちまったぜ」
斎藤「ふん……、今日は譲ってやる」


風ノ章 第二章 元治元年七月

禁門の変が起こった後、主人公は蛤御門で現場確認をする斎藤に同行する。
そこで薩摩藩士に暴言を吐かれた、斎藤が部下に掛ける台詞がある。

「世迷言に耳を貸すな。ただ己の務めを果たせ」

どんな状況でも淡々と仕事をしようとする、彼の真面目さが伺える。
とはいえ長州藩側の天霧を居合で脅したりもするため、冷静さはあるが刀を抜くのを躊躇したりしない覚悟もある。
序章で示されたクールさを否定することなく、芯のある人物であることが分かる。

斎藤「……あんたは新選組に仇をなした。俺から見れば平助の敵ということになる」
天霧「……しかし、今の私には、君たち新選組と戦う理由がありません」
斎藤「俺とて騒ぎを起こすつもりは無い。この場は、あんたたちと目的を同じにしているはずだ。だが侮辱に侮辱を重ねるのであれば、我ら新選組も会津藩も動かざるを得まい」


風ノ章 第二章 元治元年八月

父を探すため、主人公は斎藤の巡察に同行している。
巡察中に刀剣店を見つけて、饒舌になるシーンは面白い。
真面目な性格が転じて、のめり込むオタクになっている。
さらにそれを真面目に反省しているところも、子供っぽさのギャップと合わせて魅力だと思う。


風ノ章 第三章 元治二年二月

徐々に新選組内部で、伊東派と試衛館派に分かれて対立が広がっていく。
試衛館派が口々に伊東派への不満を口にするシーンで、斎藤は黙ってお茶を飲んでいる。
無口なだけと考えられなくもないが、主人公に話を振られて答えるという慎重さは彼の個性でもあると思う。
試衛館派の意見ではあるが、沖田ほどはっきり伊東への不満に言及しない言葉選びは彼らしい。

「……様々な考えを持つ者が属してこそ、隊というのは広がりを見せるものだ」
「だが、無理に広げようとすると、内部から瓦解を始めることもある」


山南が変若水を飲んでしまった晩、斎藤は星を見上げている。

「……剣に生きる者にとって己が腕は、生きる意味そのもの。それを失ってしまえば、自ら命を失ってしまうのもまた道理……、か」
「……だが、あの【薬】に手を出すほど追い詰められているとは思わなかった。今まで我々が見ていたのはあくまでも、山南さんの一部に過ぎなかったということだろうな」

信頼している人の悩みに気付けなかったことを悔いる言葉は重い。
また、主人公に山南の今後の処遇について訊かれ、実直すぎる言葉を返している。

「……新選組の総長が狂ったことが公になるくらいなら、山南さんには、死んでもらった方がいいだろうな」
「俺の介錯ならばさして苦しませることなく、山南さんをあの世へ送ることができる。そうせねばならぬのなら、誰であろうと斬る。……それだけの話だ」
「だが、できるなら仲間は殺したくない。……あれは寝覚めの悪いものだ」

人を斬る覚悟はあるが、それでも根底には人間らしさが溢れている。
淡々と仕事をこなす斎藤の姿からは、見えにくい優しさである。


風ノ章 第三章 慶応元年閏五月

新選組は、将軍上洛時の警護を任され二条城に向かう。
そこで主人公は鬼を名乗る男に攫われそうになり、新選組と鬼の戦闘になる。

天霧「退いてはいただけませんか?……禁門の時と同様、私には、君と戦う理由がない」
斎藤「生憎だが……、俺にはあんたと戦う理由がある」

禁門の時は、平助の敵ではあることを戦う理由にはしなかったので少し意外ではある。
しかし、今ここにあるものを守るために戦う必要があると判断したからだろう。
戦場でも冷静さを欠くことはない性格が表れている。


風ノ章 第三章 慶応二年十二月

雪が積もった日、斎藤は庭で真白な空を見上げていた。
雪うさぎを作って手が触れ合った際には、主人公の内心など知らない斎藤は「頬まで赤くなってきたようだが……霜焼けか?」という朴念仁っぷりを発揮しているのでもどかしい。
ただ雪空を見つめる彼の言葉は、星空を見つめて考え込んでいるときと同じだ。

「……雪というのは、不思議なものだな」
「……美しい物も、汚れた物も、全てを白く覆い隠す。この風景の中に身を置いていると、自分ではない清らかな何かになれるのではないかと……そう錯覚してしまう」

こんなに純粋で清らかな心の男が、清らかでないとしたらこの世に清らかなものなど何もないと私は思う。


風ノ章 第四章 慶応三年三月

羅刹の存在を伊東に知られ、伊東派は新選組から分派することとなった。
伊東派の中には斎藤も含まれている。
実際は土方の命令で間者として付いていくのだが、誰にも悟られないようにしている。
長い間一緒だった仲間と離れることを悩まないのか尋ねる主人公に、彼は端的に答える。

「務めであれば、仲間であろうと斬る。そう決めれば迷うことはない」

迷いはないが、彼の内心には苦痛があり、それが罪の意識に繋がっているのだと思う。
そんな複雑な心中を、少ない言葉で語れるはずもなく、言葉が足りないことを痛感する。
それでも、彼らと出ていく斎藤が内心を語ってくれる一番好きなシーンだ。

「時が移ろう中で、様々なものが変わっていく。世の動きも、思想も、そしてこの新選組も」
「それでも、何もかもが変わってしまうわけではない。時代の移り変わりと共に変わるものもあれば、変わらぬものもある。そして俺は……変わらぬものをこそ、信じている」

変わりゆく時代であることは認めつつ、ただそれでも変わらないものを信じている。
これが彼の人生の全てであり、これからの出来事はこの考えを補足するためのものに過ぎないとさえ思える。


風ノ章 第四章 慶応三年十二月

主人公は、天満屋に逗留している斎藤に書状を届けに行くことになる。
油小路の変での平助の様子を案じる彼は、月夜を見上げている。
その姿はあまりに諦観していて、どこか心配になる。

「この剣が今までどれほどの血を啜ってきたか……、もう覚えてもいない。……敵も味方も、数え切れんほど切り殺してきた。ならば、俺もいつかは戦いの中で死ぬだろう。それが因果というものだ」
「変若水を飲もうと飲むまいと、羅刹となろうとなるまいと、俺が成すことは同じ。この刀で、新選組の敵を斬る。そしていつの日か俺自身も斬られ、剣に倒れる。……ただ、それだけのことだ」


風ノ章 第五章 慶応四年一月

鳥羽伏見の戦いでは、龍雲寺に向かった斎藤へ伏見奉行所へ戻るよう伝えるため、主人公が伝令として向かう。
天霧と戦っていた斎藤は、無手の相手に負けたことに悔しさを滲ませる。
剣の腕に自信のある彼にとって、負けたことは己の鍛錬不足と映ったと思う。
その不甲斐なさと苛立ちが出て、感情的になっている珍しいシーンだ。


そして燃えた伏見奉行所を後にし、大阪城にいる新選組本隊と合流しようとする斎藤と主人公だが、風間に阻まれる。

「もし、ここで逃げ出せば……俺は……、俺の心の中にある大切なものを裏切ることになる……」

新選組のことを第一に行動しているが、それは己のための行動であり根本的には利己的なのだとさえ思う。
変若水を飲み羅刹となって風間と戦っているときの応酬でも分かる。

斎藤「……何とでも言え。これが俺の……俺にとっての誇りの形だ。新選組が彼女を守ると決めたなら……、たとえ羅刹となってでも守りぬいてみせる」
風間「これはいい!貴様は新選組の為なら、人としての生すら捨てるつもりか?己の意志も考えも持ち合わせぬ、ただの犬だな」
斎藤「……犬で構わん。己が正しいと信じたものに命を捧げられれば本望だ」

新選組の命令に従うのは、紛れもなく彼の意志である。
己が正しいと信じたものは変わらないものであり、だから彼はそれを信じているのだ。


風ノ章 終章斎藤一篇

無事に大阪城に辿り着いた斎藤と主人公は新選組と合流する。
厳しい戦となることが予想される戦場から主人公を遠ざけようとする斎藤だったが、恩返ししたいという主人公の思いに押され、共に江戸に向かうこととなる。


華ノ章 序章


華ノ章 第一章 慶応四年二月

敵を迎え撃つことができれば甲府城をもらえるという話に、斎藤は浮かない顔をしている。
言い方が、寂しく悲しい。

「……俺には、城勤めなどできん。できるのは、人を斬ることだけだ」


華ノ章 第二章 慶応四年三月

甲府での戦を前に、土方と斎藤が新選組の雰囲気について話し合っていた。
恋愛では発揮されていないが、基本的には人の機微を敏感に察せるタイプなのだと思う。
間者働きをする中で身に着けたスキルかもしれないが。
土方を信頼しているし、土方から信頼されていることも分かる。

土方「勝つ保証はねえが死ぬ気で戦ってくれなんて……、さすがに言えねえよ。俺でも」
斎藤「……お気持ち、お察しします。相変わらず憎まれ役がお上手で」

その後、斎藤は野営地で一人夜空を見上げている。

「死ぬこと自体は、怖くない。……ただ、信じているものを見失うのは恐ろしい」

しかし銃が戦場の中心になり始め、真剣で斬り合って勝った方が強いという彼の価値観は時代に合わないものになってきていた。
人を斬るしかできないと落ち込む斎藤に、主人公は命を助けてくれた恩人だと言い返す。

雪村「たとえ、武士が必要なくなったとしても……私は斎藤さんのこと、必要ないなんて思ったりしません。命の恩人ですから」
斎藤「……誠実な瞳をしているな。嘘や偽りではない、魂からの言葉を口にした時の瞳だ。初めて試衛館に行き、門人たちと打ち合った時……試合に立ち会った皆が、俺を【強い】と評した。……今のおまえと同じ目で。だからこそ、思った。ここでなら、俺の剣の使い道を見つけられるのではないかと」
雪村「……でしたら新選組の皆さんのこと、もっと信じましょう。他の人たちが気付かなかった斎藤さんの強さに、初めて気付いてくださった方々なんですから。たとえ剣を持てなくなったとしても、斎藤さんを見捨てたりなんてしないと思います」
斎藤「……ただ微衷を尽くすのみ、か」

会話内容としては飛躍しているが、会話なんてそんなものかもしれない。
斎藤を信じ、新選組を信じている主人公の言葉は、語った内容ではなく、その存在に価値があったのだろう。


しかし甲府城は既に敵の手に落ちており、さらに敵は新型の羅刹を率いている。
普段、新選組内部の人間関係には気を配っている細やかさを発揮してほしいところだ。
主人公が自分を好いているなど微塵も思っていない、自身の価値に無頓着なところが出ている。

斎藤「……あんたがここにいても、足手まといにしかならん。いいから、来い」
原田「おいおい、もうちょっと言い方考えてやれって。……そういうところ、とことん気がきかねえのな」

それでも主人公が泣いていたら抱きしめてくれる優しさがある。
彼としては子供扱いしている気がするのかもしれないが、抱きしめてくれるだけで十分優しい。

「……生憎、俺は泣いている女の慰め方など知らん。涙を流したとて、してやれることなど何一つない」


華ノ章 第三章 慶応四年三月

甲府城で敗れた新選組は江戸に戻ってきたが、近藤の運営方針に納得できない永倉と原田が隊を離れることとなった。
去り際に永倉が言葉を掛ける。
永倉が自らの意志で決断した理由は単純ではあったが、それ故に斎藤の心に響いたのかもしれない。

永倉「……俺は、近藤さんや土方さんみてえに、侍になりてえって思ってたわけじゃねえからさ。自分が選んだわけでもねえ殿様に命懸けで尽くすってのは、どうしても性に合わねえ。薩長の奴らに銃で撃たれるのは別にいい。斬られることだって怖くねえ。……ただ、死ぬ間際に【あの時ああしてりゃよかった】って思うのだけは、絶対に嫌なんだ」


華ノ章 第三章 慶応四年四月

隊士が少なくなった人手不足の新選組で、斎藤は昼夜問わず働いている。
倒れるまで働くのはやり過ぎなので、もっと自分を大切にしてほしい。
自己評価が低くて、己を律することに重きを置きすぎているので心配になる。
斎藤を何とか休ませ、看病と監視を兼ねながらの会話はもどかしい。

「……あんただけは、変わらんな。あの時も今も、変わらず俺の後ろをついてきて……何かあるとすぐに、俺の名を呼ぶ。それだけは昔も今も変わらん」
「……だが、それもいつまでなのかは分からんな。あんたは、最後まで我々に付き合う義理などあるまい」
「……他に行き場所がない、か。俺に似ているな」

彼に変わらないものとして認識されるのは、すごく嬉しいことではある。
だがそれで浮かれたところを、付いてくるなと突き放されるので感情が追い付かない。
変わらないものは信じる対象であって、傍にある必要はないと考えるのは彼らしい。

長岡邸に移ってからも斎藤は働きづめだが、休息を取ってはいるので良い傾向だと思う。

「……以前は、こうして思い煩うことなどなかったのだがな」
「同志だろうが、隊内に入り込んだ間者だろうが、敵だろうが味方だろうが……ひとたび命を受ければ、迷うことなく切り殺してきた」
「俺は今も、あの頃のままだと思っているが…………時を経ても変わらぬものなど、この世にはないのかもしれんな」

斎藤は変わらないものを信じているし、自分が変わらないものでなければならないと考えているのだ。
そして主人公に語りはしないが、新選組の命令に従うのが正しいことか悩み始めている。

そして山南の裏切りにより、近藤が敵に捕らえられてしまった晩も斎藤は星空を見上げている。
羅刹となった自分もいずれ山南のようになるのではと悩み始めるが、主人公に説得される。
ここの主人公の説得はとても良いと思う。
斎藤が左利きを矯正しないのは、自分で決めたことでしょう、と言うのだ。
周囲も、斎藤自身も人の命令通りに行動するタイプの人間だと思っている中、今までも彼自身の意志で決定していると彼自身を肯定している。

雪村「自分で決めたことだから……自分にとって正しいと思ったから、誰に何を言われても貫き通したんでしょう。……それができる人は、そんなに多くないと思うんです。斎藤さんは、正しい答えなんて持ってないと仰ってましたけど斎藤さんはもうご存知だと思います。そして、何が正しいのかを自分で決められる人は、間違った道を歩んだりしません。……きっと」


華ノ章 第四章 慶応四年七月

新選組が仙台に向かう中、斎藤は会津藩が白河城奪回の出陣に参加する。
今までずっと新選組のためにと一心に戦ってきた斎藤の決断を、土方も受け入れてくれる。

斎藤「……それを受け入れて実行したのは、俺の意志です。俺は自分で、命令に従うことを選びました。そしてそれを、これから先もずっと続けていくつもりでした。ですが……」
土方「……なあ、斎藤。俺たちから離れることを、そこまで申し訳なく思うことはねえんだぜ。おまえは、おまえの意志で主君をーーおまえの生き方を選んだ。ただ、それだけのことだ。……おまえが選んだ道は、間違ってねえよ」

土方の答えは、巣離れする雛を励ましてくれるような優しさだ。
そして主人公も一緒に会津に残ることになる。

「……俺は、あんたが思っているほど、強い人間ではない。何が正しくて何が間違っているのかを見分ける目など、持っていない。こうしている今も、土方さんの元へ走ろうか、今から急いで追えばまだ間に合うのではないかと考え……、迷っている。敵兵に殺される間際、負傷した時、変若水の毒で血に狂った時……見苦しく、のたうち回らぬ自信などない。ただ俺は、死ぬ間際まで武士でいたい。最期は近藤さんのように、潔くあの世へ行きたいと思っている。その為には、自分の心に添う答えを……、自分にとって正しい答えを選び続けるしかない。……だから、会津に残ることを決めた」

選択するということは、自分の責任で行動するということは、重くて苦しいことなのだ。
それでも彼は、選択を自覚的に引き受けようと決心している。
全てを見せてくれるのだが、恋愛になると突き放そうとしてくるので心がいくつあっても足りない。
斎藤が理屈で悩んでいる部分を、主人公は情熱で乗り越えなくてはならない。

「……だが、今あんたの目に映っている俺が、弱い部分など持たぬ完璧な武士であるなら何も、見苦しい姿をわざわざさらす必要はあるまい。……このまま、別れるのがいい。……行け。俺は、本当の俺の姿などあんたに見せたくはない」


白河城での戦の前日、穏やかな時間が流れている。

「……途方なく大きなものを見るのが好きなのだ。夜空も、昼間の空も、虹も、海も……大きなものをただじっと見ていると些細な悲しみや不安が、いつの間にか消えてなくなってしまう気がする」
「……俺にとっては、近藤さんや土方さんも、そういう存在だった。彼らについていけば間違いはない。俺の不安や悩みを消し去ってくれる、大いなるものの象徴だった」

最後、そんな土方に自身の選択を肯定してもらえたのは本当に良かったと思う。
そして主人公が、斎藤が御陵衛士として新選組を離れる際に渡した桜の花を大切にしていたことを知る。

「……月日を経ても変わらぬものというのは、思いの外、近くにあったのだな」
「花びらそのものではない。これを手渡した時のあんたの想いが、今も変わらずここにある。そしておそらく、これから先もずっと……」

回り道をしたが、彼らしい結論に辿り着く。
結局のところ彼の信念は、変わらないものを信じている、ただそれだけなのだ。


これから向かう白河城で、会津藩士が羅刹にされているとの報告を受けての斎藤の独り言である。
ここで悪を裁く話が出てくるが、今までそういう話はなかったので唐突で戸惑う。

「京にいる頃も、今も……、俺は数えきれぬほどの人間を斬り殺してきた。俺が握る剣は、血塗られている。命を冒涜するのは許せない、などと偉そうなことをのたまうつもりはない。傍から見れば、ただ人を斬るのも実験の為に命を弄ぶのも変わりはないだろう。人斬り同士が食い合いしているだけのこと。だがーー、悪にしか裁けぬ悪もあるはずだ。俺の心は、羅刹を生み出す者を悪と定めた。……鬼共は、必ず倒す」


白河城では、斎藤は風間と戦うことになる。

斎藤「……あの場で、俺は最良の選択をしたと思っている。公開はしていない。今まで俺が選んできた道は、全て正しい道だ。そしてこれからもーー、俺は、正しい道を歩み続ける自信がある」
風間「正しい道だと?他人の命令でしか動けぬただの番犬のおまえが、何を選択したというのだ。その娘を守るのは、新選組の命令か?それとも、今は会津藩か」
斎藤「……今までは、そうだったかもしれん。だが、これからはーー俺は、俺自身の命令で行動する。命を懸けて彼女を守りーー、貴様を倒す」

今の自分を肯定するためには、過去の自分を含めて肯定しなくてはならない。
今までも彼自身の意志で命令に従うことを選択していたと思うが、自分でその行動を選び取ったと自覚的になったのは変化だと思う。


最後は、天霧と永倉・原田・藤堂と共闘して風間を倒す。
天霧の格好良さに感動していたら、終わってしまった。
私欲だが、斎藤にも良い感じの台詞を最後に言って欲しいと思う。

天霧「だから、考えて欲しいのです。次の争いを生まぬ為には、どうすればいいか。同じ地に住む同胞が憎しみ合い、傷つけ合わない為にはどうすればいいか。……【武士】の【武】という字は、【矛】を【止める】と書くのですから」


華ノ章 終章斎藤一篇

主人公と斎藤は、斗南の地で穏やかに暮らすことになった。
最後に、彼の中で、変わらないものは何かの結論が出る。
この結論を探すために、多くの出会いと別れがあったのだろう。

「……たとえ世の中が変わったとしても、武士がいなくなることはあるまい。……刀を持たなくても、武士でいることはできる。己の心を裏切らなければ、刀を持たなくとも、生まれがとうであっても、その人間は武士だ」


まとめ

斎藤は「変わらないものを信じている」しか言っていない気がする。
とはいえ、彼自身がその曖昧な言葉の意味を具体的に落とし込めておらず、それを探すのが彼の物語だ。
そして結論、変わらないものとは己の心を裏切らずに生きているもののことなのだ。
だから自分の剣の腕を認めてくれた新選組のことも、まっすぐに生きる主人公のことも信じているのだ。

私は、変わらないものを信じるというその行為そのものが善であると考えているので、斎藤のこともこんなに善な者があるだろうかと好きになった。
この考えは、伊藤計劃『ハーモニー』のミァハの台詞からなので引用する。

善ってなんだと思う。
困っている人を助ける、とか仲良くする、とか誰かを傷つけないようにする、とかそういうことじゃないよ。確かにそれもあるんだけど、そういうのはあくまで「善」の細かいディテール。良いこと、善、っていうのは突き詰めれば「ある何かの価値観を持続させる」ための意志なんだよ。
そう持続。家族が続くこと、幸せが続くこと、平和が続くこと。内容は何でもいいんだ。人々が信じている何事かがこれからも続いていくようにすること、その何かを信じること、それが「善」の本質なんだ。
でも、永遠に続くものなんてない。そうだよね。
だからこそ「善」は絶えず意識され、先へ先へと枝を伸ばしていかなきゃならないんだ。善は意識して維持する必要があるんだよ。というより、意識して何事かを信頼し、維持することそのものを善と呼ぶんだ。善の在り方は色々あれど、ね。

『ハーモニー』伊藤計劃 p179


そしてもう一つ、彼の大きな変化は自分自身の意志で行動するようになったことだと思う。
実際は、以前も自分の意志で命令に従っていたのだが、それに無自覚であった。
しかし戦いや別れを経験し、全てが自分の選択であるとして、自身の行動に責任を持つようになった。
引用ばかりだが、伊藤計劃『虐殺器官』からも引用する。
神様も罰してくれない、と嘆く男を見ていると、斎藤が土方に赦されたのは本当に良かったと思うのだ。

自由とは選ぶことができるということだ。できることの可能性を捨てて、それを「わたし」の名のもとに選択するということだ。
だから、ぼくは罰せられるべきだ。そう思いながらヴィクトリア湖沿岸の複雑な生物相のなかを進んでゆく。母を葬ったような責任を進んで引き受けてやれなかった、すべての選択に対してーーいや、選択しなかったことに対して、と言うべきだろうか。
これは今までと同じ、国防総省から命令された暗殺だ。いままでは任務や命令に対して、なにも考えてこなかった。しかし、アレックスは自分がしたことに対する罪を、自分なりに引き受けたのだ。まわりに罰してくれる人がいなかったから。神様も罰してはくれなかったから。ぼくは、アレックスが誠実だったものに対して目を塞いできた。国のため、世界のためと思って殺してきたが、そこにはぼくの主体的な決断も選択もなかったし、だから罪のことなんて思い浮かべようもなった。
しかし今宵、ぼくは国防総省の意思ではなく、特殊作戦司令部の意思でもなく、自分自身の意思でジョン・ポールを殺すためにここへ降り立った。

伊藤計劃『虐殺器官』 P354


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