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ものの解釈が他人とずれてる僕が、好きな歌を僕なりに解説してみる② 【話がしたいよ/BUMP OF CHICKEN】
1回目はイケナイ太陽が僕には熱い応援歌に聞こえていたということを
書いたんですけど、僕はほかの人と感性が違うんだ!というのを
知らしめたいのではなくて、好きな歌を紹介したい気持ちが大きいので
今回からは割と一般的な解釈とそんなに変わらんと思います。
でもそれだとかなりつまらないと思うので
聴く人によって解釈が違ってそうな歌を選んで、
それを僕なりに解釈して
みんな聴いてみてね!っていう紹介として書いていきます。
みんな聞いてみてくれよな!(カカロット風)
今回も著作権のあれこれで歌詞丸ごと貼り付けて解説しないので
聴きながら、なり
違うブラウザで歌詞調べて行ったり来たりするなりして読んでください。
お手数おかけします。
話がしたいよ
この歌を知ったのはたまたまYouTubeでMVを見たのがきっかけで
自分でもなんで聞いてみたのかは覚えてません。
ただ、曲調が好きだったのと、この歌の最後の歌詞が印象に残って
プレイリストに入れました。
映画の主題歌らしいけど、
その映画を見たことないし内容もジャンルも知らない。
なんかちらっと調べたらお金の話だったと記憶してます。
その映画を見たらこの歌の解釈が変わる可能性あるけど
今回は見てない人間の解釈として読み進めてください。
1番
一旦直訳します
持て余した手を ~ 君の苦手だった味
この歌はバスを待っている主人公の頭の中が歌になってます。
主人公は、親友なのか、恋人なのか、
とにかく親交のとても深い”きみ”と別れたあと、ひとりでバスを待っている。
主人公は”きみ”との別れを経てバス停に着きました。
『おまけみたいな時間』は「家に帰るまでが遠足」みたいなもんで
帰り道も”きみ”との時間として、
主人公はバスを待つ時間を”きみ”が苦手だった味のガムを噛みながら、
”きみ”のことを考えます。
だめだよ、と いいよ、とを ~ 元気でいるかな
バス停で信号機が目に入る。
信号機の指示によっていろんな人が立ち止まって、歩き出して
お互いのことなんて知らないけど、みんな同じように信号に従って動いている。
そんな光景を見て、主人公は、”きみ”もこの人たちのように
知らない人たちと集団行動しているのかなぁと考えます。
<サビ>この瞬間にどんな ~ 話がしたいよ
信号の号令で知らない人達と集団行動している
”きみ”はどんな顔をしているんだろう
赤信号のとき、隣の会話から聞こえてきたことに、
へぇ~って思ったりしてるんだろうか
どんな気持ちで社会に紛れているのか、どんなことを知ったのか、
ここに”きみ”がいるのならいろんな話を聞いてみたい
1番を振り返って、これはどんな歌か
僕の意見ですが、
さっきまで会ってたのにもう会いたい
そんな心境になるのは、主人公と”きみ”は、親子の関係なのかな、と思います。
よってこの歌は、
子の上京先から地元に帰る父が、社会に出る我が子への想いを歌った歌
もしくは、
新社会人として上京した主人公が、都会まで引っ越しを手伝いに来てくれた父がどんな気持ちで社会を生きていたんだろうと考えている歌
だと思います。
僕的には後者のほうがしっくりきますが、どちらでも行けるっちゃいけるのがこの歌のすごいところで好きなところ。
大きなスクランブル交差点で立ち止まり、歩き出す
そんなサラリーマンを見て、
お父さんは信号が変わるのを待っているこの瞬間、
どんな顔をしていたんだろう
息子は信号が変わるのを待っているこの瞬間、
どんな顔で社会を生きていくんだろう
主人公は、サラリーマンを”きみ”に重ねている
おそらく二人は口数は少なかったけれど、
いざ親元を離れるとなった今、もっと話をするんだったなと思った
そんな1番というのが僕の解釈です。
なんか書きながらちょっと泣きそうになった。
2番
ボイジャーは太陽系を ~ 耳すまして確かめた
ボイジャーはすみません、よく知りません。
ただ、今も宇宙を旅している宇宙船かなにか、だと思います。
主人公は、ふとそんな果てしない旅を続けている宇宙船と
自分の人生を重ねて、自分の呼吸を確認して
いやいやこっちもここまで人生という大冒険してきたぞ、今もだぞ!
と自分のありふれたこれまでの毎日を肯定します。
体と心の ~ くたびれているけど
体が元気だから今日まで生きてこれたのか
誰かのために、強い目標があって、そんな気持ちに引っ張られて今日まで生きてこれたのか
今となっては、体も心ももう満身創痍
平気さ お薬もらったし 飲まないし
ここです。
会話なんです。
2パターンあると思います。
A
父「体ボロボロやけど、お薬もらったし大丈夫だよ」
息子「飲まんやん」
B
息子「体ボロボロやけど大丈夫っしょ、薬もらっとるやん」
父「いや飲まんし」(強がり)
どっちもいけるっちゃいける。
『飲まないし』の歌い方的にもいけるっちゃいける。
どちらのパターンにしても、
主人公と”きみ” お互いがお互いのことを別れた後に考えている。
そんな中で、各々の頭の中のセリフが、別の場所にいるけど交差した
そういうことかなと思います。
<サビ>どうやったって戻れないのは ~ 思っているのも一緒がいい
時間は戻らないのは、主人公も”きみ”も同じ
時間の概念が当たり前であるように
お互いのことを想っていることも当たり前でありたい
肌なでた今の風が ~ あの日と似てるのに
今吹いた風や高く澄んだ空は、
口数が減る前の小さいころ一緒に遊んだ時とそんなに変わらないけど、
いつしか遊んでた頃のような関係ではなくなってしまった。
変わってしまった。
抗いようもなく忘れながら ~ 僕ら出会ってたんだろう
時間が経つにつれて記憶は薄れていく
忘れてしまった記憶の中で、僕たちはどんな会話をしていたっけ
鼻で愛想笑いきれいごと ~ 話がしたいよ
ここは前のブロックの歌詞への返答です。
愛想笑いされて、綺麗ごとを言われた、
それが夏の終わりごろだったのも覚えてる
ふたりの口数が減るきっかけになった日のことを
今もまだ覚えてる。
それも踏まえて、また話がしたい。
そして歌は長い間奏に入ります。
街の雑踏の中、思いにふける二人の様子が僕には頭に浮かびます。
ラストパート
今までのなんだかんだとか ~ そんなことは
ここは歌詞のままです。
今まで関係が悪くなってしまったこと、これから関係はどうなるのか、
そんなことはどうでもいい
いやどうでもってそりゃ ~ 大丈夫 わかってる
ここは、
『そう言ってやりたいんだ』『大丈夫 わかってる』
『そう言ってやりたいんだ 大丈夫』『わかってる』
『大丈夫』のセリフは僕の頭の中ではふたりがハモってます。
父
・親子の関係の良し悪しなんてこの先の人生にはどうでもいいんだよ
・お前なら大丈夫だ、と伝えたい(これは無理やりな解釈ですけど)
子
・思いを伝えることがうまく伝えられないこと、不器用なのわかってるよ
・お前なら大丈夫だなんて、言われなくても感じてるよ
ダブルミーニング的な感じになってるんじゃないかと思います。
ガムを紙にぺってして バスが止まりドアが開く
ガムは、今は関係がよくない”きみ”を近くに感じることができるもの
ガムを噛むのをやめるのは、
”きみ”にすがるのはこのバス停まで、という主人公の決意
バスに乗る、ということは新しい世界に飛び込む、という比喩
主人公の新しい世界への扉が開いて、この歌は終わります。
まとめ
話がしたいよ は、
家族愛の歌であり、旅立ちの歌
というのが僕の解釈です。
ふたりの気持ちは言葉にしなくても通じ合っている。
お互いに干渉はしないけど、お互いを想いあっている。
話がしたいよ、というタイトルは
主人公が本当は”きみ”に甘えたい、つながっていたい
という相手に一番伝えたかった、伝えられなかった言葉なんだと思います。
どんな話がしたかったのかは、社会人としての心構えについてだったり、
仲直りだったりいろいろだと思います。
もう別れちゃったから話はできないけど、
お互い想いを伝えられなかったけど、
それでも家族なんだから大丈夫だと思っている。
ということだと思います。
主人公は父なのか子なのか、それはどちらもだと思います。
『ガムを紙にぺってして』
なんこの歌詞めっちゃかわいい!って初めて聴いたときは思ったもんです。
ただ何回も聞いて、考えて、この歌詞が強い決意を表してるんだ、と
自分の中で腑に落ちた時に、またこの歌詞が好きになりました。
比喩とか単語を省略している歌詞だったりして、頭がこんがらがるけど、
聴けば聴くほど好きになる、まさにスルメ曲だなと思います。
以上です。
話がしたいよ 聴いてみてください!
それでは、ここまでお粗末な文章失礼しました。
ありがとうございました!
また書きます。