ハヤカワSFコンテスト顔合わせ
2021/09/08、早川書房の本社ビルに行ってきた。神田という駅の北口で降りろと忠告され、忠告を聞いたので容易にたどり着くことができた。早川系の事務所が詰まったビルは改装中らしく、ビニールシートが貼られていた。
エレベーターで四階まで登り、受付のようなところに顔を出して担当編集の井出さんを呼んだ。わずかに椅子で待ち、井出さんが姿を現す。当然だけど、スーツ姿だった。
そのまま七階に導かれ、20人ぐらいが入るのにちょうど良さそうな会議室に通される。会議室の中央には楕円形の超デカい机が置かれていて、その上に二つ、リモート会議用の集音器が設置されている。一見して見たことのない機械だったのでドクターフーのマスターが使う毒ガス兵器かな、と想像したけど、これはなんですか、とちゃんと聞いたので集音器で間違いない。
担当編集の井出さんから名刺を受け取る。するとそれを皮切りに、続々とスーツ姿の男性たちが訪れ、僕に名刺を渡していく。名刺の洗礼である。名刺を受け取ることさえ稀な大学生にとって、ある種宗教じみた光景だった。テーブルの手前には、名刺がデュエルの攻撃表示みたいに並んでいく。すごい数だった。13枚あったので、あとは記号を振るだけでトランプが作れる。
閑散としていた会議室にスーツが満ち、優秀賞受賞の方(Aさん)も現れると、僕とAさんの向かいにぽっかりと空いた空間を埋めるように、高齢の男性が現れる。厳かというより柔和で、でも百戦錬磨といった感じだ。その男性から名刺をいただいて戦慄した。早川書房代表取締役兼社長の、早川浩さんその人ではないか。
え!社長さん来るの!聞いてないけど!
今日顔合わせだったんちゃうの!髭剃ってきてないけど!
みたいなことを考えながら、しばし沈黙に耐えると、無難におめでとうございます、という言葉から始まった。
誰が言ったのか、手元に13枚の手札があるのに、誰だかぜんぜんわからない。焦っていた。顔と名前が一致しないどころか焦りすぎて顔を見分ける能力が失われつつある。
……ということを茶化して話して受けを取ったりした。
そのあとは、小説はどれくらいの頻度で書いているのか、とかいつから描き始めたのか、とかそう言った散発的な質問が続いた。僕は喋りすぎていた。明らかに喋りすぎていたけど、それを止める術がなかった。本をたくさん読まれるのですか、と言う定番の質問が来た時、ノーガードだったので、実は全然読まないです、と言ってしまった。全員が割とポカンとしていた。アニメや漫画がすごく好きで、というふうに流したが、もはや、「僕みたいな人がこの業界を悪くするんです……」と自虐するしかなかった。
質問は交互に行われ、僕にスポットが当たっているときはAさんはとても興味深そうにうなずいてらっしゃり、逆にAさんにスポットが当たっているときは真逆のことをした。
ただのFラン文系大学生である僕に来る質問と、東大松尾研卒で実業家のAさんに飛んでくる質問とでは明らかに質が異なっていたのは面白かった。まあそりゃ大学生には大学のこと聞くしかないと思うから当然っちゃ当然なんだけど、Aさんの時の質問ってめちゃめちゃ具体性や専門性を帯びていて、Aさんの答えも期待値を上回る緻密さなんだよなぁ……。
これが知性か、と思っていました。
Aさんの応募作の完成度が僕のそれを遥かに凌駕していたのはその場の総意らしく、Aさんじゃなくて僕を大賞に選んでしまったことをどこか申し訳なさそうにしてさえいた。(とはいえ完成度と面白さは別物、的なフォローも一応ありました)
20分くらい話したあと、部屋の移動があり、連れていかれた先は……なんと、早川書房の社長室らしき部屋だった。壁一面の本棚には夥しい数の洋書で埋まっていて、その本棚を背景に僕とAさんのそれぞれの写真、そして二人並んだ写真を撮っていただいた。その写真どう使うの? 欲しいんだけど? もちろんそんなことを口に出すメンタルはない。
豪奢なデスクにはトロフィーや写真などが飾られていて、その中には早川社長がノーベル賞受賞者(誰かは忘れてしまった)と肩を並べて写るトンデモナイ写真とかもあって、この部屋に写真をこっそり撮ってTwitterに上げたいな〜と心で思いつつ踏みとどまった僕はすごい。
その後各担当編集1人+塩澤編集長という5人でビルを下り、1回のカフェみたいなところでちょっとだけ雑談したあと、最初の改稿ミーティングとなった。Aさんとその担当さんは和気藹々と喋っていてマジで楽しそうなのに、僕は耳が悪いのと眼前の飛沫防止プレートのせいで編集さんの声があんま聞こえなくてマジで焦っていた。しかしこの頃はまだ改稿の真の恐ろしさを知らなかった。
あれから一ヶ月。僕は書きかけだった本稿を書区ことによって、改稿のプレッシャーから逃避しているのであった。