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勉と透の日常

「気まぐれな犯人、電車で逃走」


◆ ネコ、財布を盗む ◆

「うわっ!?」

気づいたときには遅かった。俺の財布が、スッと茶色い影にさらわれた。

「おい待てコラ!!」

目の前を駆け抜けていくのは、一匹の茶トラ猫。口に俺の財布をくわえ、細い路地へと消えていく。

『え、ネコに盗まれた? 俺の財布が?』

『信じたくないが、現実だな』

「おい透! 何ボサッとしてる! 追うぞ!」

警部の声にハッとし、俺も駆け出した。


◆ 追跡、そして見失う ◆

路地裏を駆け抜ける茶トラ猫。

「……速い!」

『ただの野良猫だと思ってたが、これはなかなかの強敵だぞ』

ヤツは細い隙間をすり抜け、塀を駆け上り、次々と障害物を乗り越えていく。こっちは人間だ。そんな身軽に動けるわけがない。

「あっちだ!」

警部が指差した先、ネコは市場の人混みへと紛れ込んだ。

「くっ……!」

俺たちは必死に後を追うが——

「……どこだ?」

市場の中、ヤツは完全に姿を消していた。

『やられたな』

『……いや、まだだ』

俺は冷静に市場を見渡す。ネコは財布をくわえていた。つまり、あの財布がどこかに落ちていれば目立つはずだ。

しかし、見当たらない。

『ってことは……まだくわえてるな』

「警部、ネコが逃げそうな場所を絞り込むぞ」


◆ 駅への逃走 ◆

市場の裏手、視線の先には駅があった。

「……もしかして」

「アイツ、電車に乗る気か?」

警部と顔を見合わせた次の瞬間——

「いた!」

ネコは改札の方へ向かって走っていく。

「おい! そっち行くな!!」

俺たちは全力で追いかけるが——

「ニャッ!」

ひょいっと、改札の隙間をすり抜け、ホームへ飛び出す。

「嘘だろ!?」

目の前でドアが開き、ヤツは迷いなく車両へ飛び乗った。

「……乗った……」

警部と同時に絶句する。

「お客様、ちゃんと切符を——」

「くっ……!」

駅員に止められる間に、電車は静かに走り出していった。

『ネコに逃げられた……』

『これは屈辱的だな……』


◆ 目的地を推理する ◆

「……どうする? もう追えないぞ」

警部が肩を落とす。

「いや、まだ手はある」

俺はさっきのネコの行動を思い出し、駅のロッカー付近を見た。

「これだ」

ロッカーの上には、小さなキャットフードの袋が置かれていた。

「ネコのエサ?」

「駅の係員に聞いてみるか」

確認すると、やはりこの駅では、野良ネコにエサをやる人がいるらしい。特に、△△駅近くの公園でネコがよく集まるとのこと。

「なるほど……」

俺は路線図を確認し、警部に言った。

「アイツがここから電車に乗ったのは偶然じゃない。行く場所を知っていたんだ」

「ってことは、△△駅で降りる可能性が高いな!」

「そういうこと」

俺たちは急いでタクシーを捕まえ、△△駅へと向かった。


◆ ついに捕獲 ◆

△△駅に着くと、ちょうど電車が到着するところだった。

「来た!」

俺はホームの端を見つめる。

——そして、いた。

さっきの茶トラ猫が、電車からぴょこんと降りてくる。

「今度こそ……!」

俺はそっと近づく。警戒心の強いネコは、周囲を見回しながら進む。

「今だ!」

俺と警部は同時に動いた。

——が。

「ニャアッ!」

ネコはするりと身を翻し、またも逃げようとする。

「クソッ……!」

『させるか!』

俺は懐からクッキーを取り出し、そっと床に置いた。

「ほら、おいで」

ネコは一瞬立ち止まり、鼻をヒクヒクさせる。そして……

「ニャ……」

ゆっくりと、近づいてきた。

「今だ!」

俺は素早く手を伸ばし、ひょいっとネコを抱え上げる。

「やった……!」

『ついに捕まえたな』

ネコはじたばたと暴れたが、もう逃がさない。

「ようやく確保か……ったく、手間かけさせやがって」

俺は苦笑しながら財布を回収した。

「二度と盗まれないように、財布にはしっかりチェーンをつけとくか……」

警部がネコの頭を軽く撫でながら言った。

「しかし、こんな事件も悪くないな」

俺たちは顔を見合わせ、同時に笑った。

——たまにはこういうのも、悪くない。

(終わり)

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