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負の遺伝はもういらない


※非常に気分が悪い若干暗い話になります。


私はある人を長いこと、恨んでいた。
社会人になり少し経ってから漸く、恨んでいた過去形にすることができたと思う

今だからこそ言えることで、当時はただただ、私の苦しさの元凶だとその人に押し付けていた。
年齢が上がれば、見えてくるものがある。

小学生になってから、私の苦しいが始まるようになった。
きっかけは、兄弟で私だけが祖父母から可愛がられないという理由だった。
少しでも、同じように可愛がってもらいたいとあの人が思ったから。

始まりは私のためだった。

義務かのように、ただ言われることをせねばならない毎日。
私はただ、言うことを聞くしかなかった。
あの人に捨てられたら、私は生きていけないとわかっていたから。
出来の悪い私は、あの人にほぼ毎日怒られて、怒鳴られて、殴られて…

何で私は勉強ができる人でいなきゃならないのか?

あの子は勉強、私より出来ないのに楽しそうだよ?
私は本当は勉強が出来る人じゃないよ
怒られないように答えを暗記してるだけのニセモノなのに

何で私は足が速くないといけないんだろう?

あの子は足が速くなくても、笑ってるよ?
マラソン大会が一番嫌いだった
1番をとることも、いいタイムをとることも
興味なかった
あの人の機嫌が悪くならないよう必死だった。
自転車から差し出された手を本当は
振り払いたかったんだよ

何で私はオシャレじゃないといけないの?

あの子はオシャレかはわからないけど、好きな服を着て嬉しそうだよ?
私は、オシャレでいたいんじゃない。好きな服をダサくても着たいのに。

何で私はいい子でいなきゃならないの?

いい子って何?みんな、いい子じゃなくたって、私よりちゃんと自分を生きてるじゃんか…
周りから褒められる要素がないと、私は生きてはいけないのかな?
何でみんな、私より出来ないのに、何で何で何で…
ほら、わたし、本当はいいこじゃないんだよ
いい子のフリして生きるのが辛いよ、
ニセモノだから


私は羨ましかった。私みたいに周りの目を気にして生きてなくて、楽しそうに自分の意思で何でも選んでいる同級生たちが。
私は、あなたの求める人にならないと、生きていけないと思ったから、出来なくても必死だった。
なのに、ダラシなくて、抜けていて、出来ない私は否定ばかり受ける。


私わかっちゃったんだよ。
何で私が求められるわたしにならなきゃいけないか。
私を周りが褒めればあなたが褒められるもんね。
あなたも否定ばかり受けてるから、かなり低くなった自己肯定感を満たしてくれる唯一のものだったんでしょ?

でも、なんで…

最初は私のためだったじゃんか。
なのに、だんだん…あなたのためになっていったね。


最初は気づかなかった。
実際、10歳くらいまで私が怒られるのは、全部私が出来損ないで間違いしか出来ない子だからだと思っていた。
みんな、私と同じように生きてると思ってたよ。


でも、違うんだと気づく。
だんだん私は自分がストレスの捌け口にされているんだと感じるようになった。
私にしか出せないから。
他の家族は見て見ぬフリをしたり、あなたに逆らうから、何も言わないあなたより下の私にあなたに溜まった全ての怒りを私が受け止めていた。


そう感じるようになった。


そして、恨み始めた。
あなたのストレスを一身に受けて、私が育たなければならなかったこと。
あなたは、自分が求められることを同じように私に求めるけど、他の家族には求めないこと。
この狂ったOURルールが正しくないと知っていても、このルールこそがたった1つの正解だとあの人は自分にいいきかせて。
解けない洗脳で私をも洗脳しようとした。
自分は常識人で、私は非常識な人間だからと。
何度も何度も何度も何度も…


私がわたしとして生きていけない原因はあの人だと決めつけていた。
あの人だけのせいだと思っていた。



でも、だんだん子どもであることに別れを告げなくてはいけなくなる。
社会へ出るのに、私は大人として扱われるから、大人になろうとすると、嫌でも見えてくるものがある。


あの人は、私を愛してくれていた。
歪な形になって、それにも、本人は気づかなくて。
でも、あの人は私を大切に思っていたことは確かだということ。


あの人は、義理の両親からイジメを人格否定を受けていた。パートナーに助けを求めても、笑ってかわされるだけ。面倒なことは見て見ぬフリをする人だった。
何かあれば、全てあの人の責任になった。
子育てだって、家事だって全部1人で、完璧を求められていた。
働きに行くことを禁じられて、閉じ込められていた。自分の状況さえ、誰にも話せず、いい悪いの判断さえ狂ってしまった。
責任感が強くて、正しさばかりを求めるあの人。
限界がきたんだろう。
壊れ始めたあの人が、マトモにみえるように取り繕えても、長い時間一緒にいる私は気づく時がくる。
私が、小学6年生のある日、何が起きたかは覚えていなかった、でも1つだけ。

母は壊れてしまった


そう思ったことを未だにずっと覚えている。

私は生まれる前も生まれてからもあなたのストレスの受け口になったと思っている。
私がテストの点数が悪い時、あなたの求めるタイムで走れない時、言うことを聞かない時、誰かの親の前で誤った言動をした時、、、あなたの機嫌が悪くなる。手がでて、暴言がでて、私の逃げ場は何処にもない。母から受けるものが私には、辛かった。何度も死にたい、消えたいと祈っては、
私は母を恨んだ。
でも、母だけじゃないと気づいた。
母を壊れさせた祖父母を恨めばいいの?
母一人に責任を負わせた父を恨めばいい?

原因は知らないけど、真実じゃないとしても、私はこう思ってる。


私だけが、アトピー性皮膚炎をもって生まれたのは、鼻炎になって小学生の頃から苦しんだ原因の1つは祖父母だと。母を苦しめてストレスだけを与えた。面倒なことは知らん顔をする父にした。

では、祖父母を恨めばいいのか?

いや、祖父母とくに祖母。祖母は完璧を求める人で強かった。祖母のキツイ性格は、おそらく祖母の母に対抗するものだった。(私から見てひいおばあちゃんもキツイ性格だったようで…)


こうやって、遡っていくと、結局私は誰を恨めばいいのかわからなくなった。
受けた痛みが、嫌だったことを代々受け継いでいるみたいにみえた。
負の遺伝のようで…。
でも、家系図なんてわからない。
その歴史も知らないから、誰を恨めばいいか。誰まで遡ればまたいいか、わからない。
だから、聞いた話を遡ってしたただの推測だけれども。

そう思ったら恨むことになんだか疲れてきた。

誰かが悪いようになったのには、無意識だろうが、意識的であろうが背景がある。
その背景には必ず誰か、人間が関わっている。

そう考えたら、みんな被害者なんだと思えた。
人だけが人を壊すことができるんだろうと思う。
自分の命も守るためになった形(性格)が歪だっただけ。前のことは知らないけど、誰から言われても人格否定は堪えるのに、それを自分が守ってほしい人から、信じたい人から聞くのだから。
正常のままじゃ生きてはいけなかったはず。
多分、自分なりに戦ったけど、どうしようもなかったんだ。壊されたのかもしれない。壊れることを選ぶしかなかったかもしれない。
自分を強がらせて生きていくしかなかったんだ。
だって、その狭い世界では自分しか自分の味方がいないのだから。
自分が降伏してしまったら、誰が自分を肯定できるだろうか?
誰が自分を守ってくれるんだろうか?

頑張って守った自分は、棘だらけになって。
無意識にまた誰かに誰か自身を強がらせて、守ったら棘が生まれてしまう…。同じ道を進ませるなんて…。

自分が苦しい思いをしたから、絶対に次には残さないと、同じ思いをさせないと意気込んでも、
毎日、同じようなことを繰り返し聞くしかない、まるで洗脳に抗うのは難しい。
同じことをしてるとは気づかないまま、無意識に自分が嫌だったことを一番したくない相手へしている。


だから、私も怖いんだ。もう、恨みはないけど、私に余裕がなくなった時、私は負の遺伝を気づかぬまま受け継いで、また、引き継がせてしまいそうで…。


それでも、どうか私は私でこの負の遺伝をとめたい。

もし、私が子どもを持つことがあったら、私がその子にこの負の遺伝を引き継がせないよう、同じような辛さを味わうことのないよう、
私は、自分と闘っていきたい。

もちろん、私に関わってくれる人、特に気を許した相手も含めて、私が嫌だったことを無意識にもしないようにしたい。


その為に、余裕を持つこと。
あるいは、余裕がないときも投げやりにならないように、私が自分を見失うことがないような方法をこれから探していきたいと思うんです。

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