宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』をコロナ禍後小説として読む

宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は2024年の本屋大賞受賞作品だ。成瀬という我が道を行く強烈なキャラクター、彼女たちが暮らす滋賀のローカルなネタが盛り込まれ地元愛にあふれる描写が人気を博している。そんな本作から、作者の宮島さんが意図して書いていたであろうある特徴をピックアップし、コロナ禍後小説と位置づけ読んでみようと思う。

ネタばれ、という程でもないが、気になる方は注意されたい。

本作に特徴的な描写、それは実在のものの名前が多く登場することだ。小池百合子のレースのマスクを彷彿とさせるおばちゃんが声をかけてきたり、M-1グランプリの(作中の時間軸で)前回王者ミルクボーイの漫才を見て自分もM-1に出場すると意気込む成瀬、そしてコロナ禍の中閉店したそごう西部大津店。現実世界を生きる私たちが実際のコロナの渦中にいたとき、冗談ではなくすべてが切羽詰まっていて、その状況を笑うことなどできなかった。感染症法上の位置づけも変わりあの頃は過去の出来事になりつつあるが、今ではそれを少し笑って思い返すことができる。

「これがM-1グランプリのエントリー用紙だ」
今どきWeb応募じゃないんだ思いながら用紙に目を走らせる。

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)、作中より

ある出版社の編集者が、作品にはその瞬間に最大風速を出すよう書かれているものがある、と話していたことを思い出す。成瀬たちが経験するコロナ禍を、我がこととして感じられる体験は時間が進むにつれどんどん変化していく。成瀬という強烈なキャラクターが、読者を置いてけぼりにせずむしろ一体や親しみを感じられるところが、本作が人気を集める理由の一つではないだろうか。

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