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透明日記「雲に体をねじる」 2025/01/28
朝のワイドショーで、気象予報士がロケ的なことをしていた。縁起物の陳列棚に手が向けられる。
「こちらを見てください、こちらは四十年の年月を共にした、私の手です。」
興味深い。手を広げてニコニコしている。
「昔は握り拳ぐらいの大きさだったんですけど、いつの間にか、こんなに大きくなりました。」
グーパーしている。パーで止まる。
「で、こちらが、指示棒だこです。見えますかー?」
人差し指がアップになる。先端から二つ目の節、へんなところにたこがある。興味深い。
「こちらが手のひらでして、裏を返すと、」
手のひらを返すのに手間取っている。どうしました?と、スタジオ。
「すみませーん。わたくし、裏返し方をど忘れしてしまいまして。こちらです。こちらが、手の甲なんですけど、分かりますか?ここに、」
急にチャンネルが変わった。急いでリモコンを手に取り、チャンネルを戻す。映像はスタジオに戻っていた。
手の甲にはいったい、何があったんだろう。気になる。気になるが、ドラムを叩きにいく時間になっていた。袋に入れた茶葉を水筒に入れ、水を注ぐ。
朝は路上に活動が溢れている。通り過ぎる自転車が速い。
音楽スタジオの人に、今日の手のひら見ました?と聞くと、海苔をくわえたような顔をする。部屋に入り、ドラムを叩く。
叩くうちにバスドラが動く。平日のバスドラはよく動く。打面が斜めになるので、都度なおす。
曲の練習をして、16ビートの練習もする。ツクツクのアクセント移動ができなくて、身体の中がツクツクとする。
練習後、エレベーターを待つ十秒ぐらいを持て余し、硬いスポンジのような材質の壁面を、指でなぞる。壁の中から、しゅりしゅりと変な音が鳴った。興味深い。触った場所から少し離れたところで音が鳴るように感じる。意外な音だったので、エレベーターの扉が開いても、少し、しゅりしゅり触っていた。
いやー、しゅりしゅりかあ、と意味のない感嘆を漏らしながら一階に降りる。
外は寒い。冷気が鋭く吹いている。先週、これ以降は暖かくなると聞いたのは嘘だった。気象予報士はいつも、季節を春にすることしか考えない。
さて、なにをしたものか。なにかやることがあるような気がするけど、思い浮かばない。心がぽっかり、空き家のようで、心の中のどこになにを置けばいいのか分からない。カフェでぼちぼち考える。
気がつくと、展示とは別の作品づくりに取り掛かっていた。創作の微熱はなかなか引かない。
帰りにローソンでおにぎりの棚を眺める。最近、近所で高菜のおにぎりが売られていない。自分で作れということなのか?と思い、明日高菜を買いに行くことにする。
一旦家に帰って、菓子などを食べ、夕方に散歩。
川の土手に続く坂を登ると、雲。雲のふちが、みどりっぽい。みどり寄りの青のような、不思議な色。うつくしい。ありとあらゆる思い出が、心の底に沈澱し、時間をかけて混じり合ったような、そんなような色。妙な色彩を見ていると、身体が焦がれて、いくらか捻れる。
いい色だ、いい色だと思うと、泣きそうになる。土手には強く風が吹く。
雲を見ていたからか、アソビ・セクスを聴いていた。橋の下をくぐると視界がひらける。空がライム。浮かぶ雲が、ぽっぽ、ぶわぶわ、ぼぼっ、って感じで、空のリズムが気持ちいい。
風が音楽と風景をよく溶かす。透き通った冷気がなんだか狂おしく、泣いていた。鼻先の冷たさに純粋なものを感じる。とても浮力で透明で、冷気さめざめ、心が空を抜けていく。
振り向くと、追い風が背中を押してくる。帰る。