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透明日記「朝からキュンとした」 2024/09/24
朝、目を覚まし、「茶」という文字を見る。ダンボールに書かれた茶の文字がかわいい。
くさかんむりのちょんちょんが、視線を逸らした目のように見える。文字の起点の三角に丸みがあるのがいい。数年前から紙類などを入れている、生協の緑茶の箱。部屋の片隅にずっと置いていたけど、今日はじめて、文字の質感に目が留まった。
茶の文字は、人のためを思ってしたことを得意げに誇っているような、褒められるのを今か今かと待っているような、そんな形に見える。愛おしい。朝からキュンとした。
粘土で遊ぶ。水色の絵の具を混ぜて粘土をこねる。試し試し慎重に色を足していくうちに、粘土が少し固くなり、成形しにくくなった。いっぺんに色粘土を作るのではなしに、少量ずつ作った方がいいらしい。と思って、少量ずつ色粘土を作ると、絵の具の分量が多かったのか、気に入った色にならなかった。
首周りが痒い。鏡で見ると、汗疹ができていた。散歩の汗が悪さをしたのだろう。カバンの紐に沿うように、首の裏から鎖骨の下にかけて、赤い小さなポツポツが出ている。薄目で見ると、汗疹のタスキが見えた。汗疹による錯視。
ベランダに出ると、スズメが来る。ちょっと前から、警戒心が薄らいだようで、エサを要求するようになった。面と向かっては言ってこないけど、少し離れたところから、目が合うとチュンと鳴く。夏に成長したらしく、子供っぽい子供も、いつしかいなくなっていた。
昼、焼き飯を食う。色の薄い、ヘボ具材の焼き飯。微妙だった。特にちくわが微妙だ。焼き飯にちくわが入るのはよくない。
単語を少し覚える。昔より覚え良い。生きているうちに色んな文脈が身についたからだろうと思う。音は聞き慣れないものの、頭の中の文脈に単語がすんなりとおさまる感覚がある。音や意味からのイメージも触発されやすい。語学は年を食ってからの方がいいのかもしれない。
八つ時、影になったベランダでタバコを吸う。さわさわと、心地よい風が吹く。からだの輪郭が風に染み出し、うっとりとする。あんまりにも心地よいので、タバコを吸う手も止まりがちになる。風が身を洗う。秋の風はからだが溶ける。頭の中で柔らかい微粒子が光る。しばらく、ベランダで風を浴びた。
日のあるうちに、散歩に出る。川辺はそんなに涼しくない。日に当たると、じんわりと汗をかく。汗疹の呪いを思い出す。
川辺にはトンボばかり飛んでいた。今月はずっとトンボだ。面白くもない。眼前にちらついて邪魔くさい。避けてはくれるが邪魔くさい。たくさんのトンボがぶつかりもせずに様々な方向に飛んでいるのは、運動会のような集団行動を思わせる。
風は少ない。川面は静かに流れ、さらさらと細かい砂のようなしわを見せる。川にはいくらか水鳥がいた。コサギ、アオサギ、カワウ。
土手の階段を降りて歩いていると、瓶のかち合う音を出す、おしゃれな散歩者とすれ違う。古い洋画の女優のような、60年代的なオールドファッション。
大ぶりのサングラス、金髪ボブ、サロペットのミニスカート、トートバッグ、真っ白の短めのブーツ。トートバックに酒瓶でも入っているのか、瓶の鳴る音がバッグから出ていた。ファッション的に、川でワインとか冷やしそうな雰囲気がある。大阪の川には合わない。
少し歩いて土手の階段で休憩していると、目の前をさっきのおしゃれが通った。横顔のほうれい線から、四、五十代らしく思われた。ランウェイを歩くように、顔を動かさず、砂利道を歩いている。「川辺のランウェイ」と名付けた。
土手の上の道を帰る。影が長い。川中の水が砕ける堰堤の石の上に、カワウが留まっていた。遠目には、お辞儀するような姿勢に見えた。
水鳥は首が長くて品があるからか、礼儀正しいのがなんとなく似合う。白鳥なんかは、ですます調の鳥だろう。
川を見ながら歩いていると、下流からアオサギがグエグエ言いながら、水面近くを飛んでいった。アオサギの声は汚かった。
土手には帰宅する人々のチャリが過ぎていく。マッチョはサドルの低いママチャリに乗る。荷物の多いジジイがチャリを押している。学生が過ぎ去る。オレンジのフェンスが夕日をわずかに照り返す。休息の時間のような空気感だった。
ヨーグルトを買おうと思って、本屋に行く。漫画と本を買う。ブコウスキーの小説が置いてあった。少し悩んで買う。文庫の棚は出版社順から、作家名順に並べ替えられていた。
ヨーグルトを買って帰る。
ゴイサギを調べる。近所では見ないが、ゴイサギという鳥を最近知った。ペンギンのようなフォルムでかわいらしく、羽の色艶が美しい。ふとしたときに画像を調べて眺める。眺めると、鼻息が漏れる。
粘土を少しいじって、カレーを食べた。夜の月は光を溜めたボウルのような、下弦の月だった。