透明日記「生まれた時の記憶を捏造する」 2023/09/13
今日は心があまり動かない日だったので、昔の記憶でも捏造しよう。
ぼくの思い違いでなければ、生まれた時に感じた光はパナソニックの光だった。パナソニックの光は私を虐めた。光があまりにもうるさいので、私のうるささを思い知らせてやろうと、泣き叫んだ。
しかし、光はぼくの手が届かないことを知っていた。光のうるささはひるみもしない。ぼくは急を要する状況下で、あらゆる可能性を泣き叫びながら考えた。最終的に、パナソニックの光が産婦人科医の獰猛な毛虫を思わせる指先と、揚げ物の匂いを纏う看護婦の肉厚の指先を味方につけていることを察し、理解した。
理解に目覚めたぼくは、この世界はパナソニックの光が支配しているのではないか、という仮説を立て、泣き止んだ。しかし数時間後、仮説を証明する手立てがなく、光はぼくの力ではどうにもならないことを知り、精神が千々裂けになるほど泣き叫んだ。
それでもぼくは、仮説を手放すことはなかった。寝ても覚めても研究計画を練る。ぼくを訪問する人物はみな、この世界の原理を説明せず、笑顔でぼくの名前を呼ぶだけだった。初めは彼らのことが目障りだったが、いつからか、彼らがぼくに向ける笑顔が、緊張し続けるぼくの頭をほぐす役を担うようになる。世界の原理は説明しないが、いい気晴らしにはなった。
研究は数十年掛かるだろうと覚悟を決めた頃、退院することになる。退院という言葉を聞いてはいたが、病院にも外があることなど知らなかった。
退院したぼくは、初めての外に驚いた。気が遠くなるほどの高さから、目に指を突っ込むような光量で、パナソニックの光が降り注ぐ。気が遠くなる。誰の指先があの恐ろしい蛍光灯を点けているのか。無論、獰猛な毛虫でも看護婦の指先でもない。これまでの計画は泡と弾け、おののいた。
退院後は、なぜ外の光は見るたびに位置が変わるのか、ということほど、ぼくを混乱させるものはなかった。調査に行きたい。そう思っても、身体は不自由だ。調査に行けない身体が歯痒く、父の満足な身体を引き裂きたかった。身体の不自由に打ちひしがれて、父の身体を破壊することばかりを願い、世界を支配する原理について考えることはなくなっていった。
それから数年間の記憶はない。ぼくはどこかで当初の仮説を捨て、パナソニックの光の下で生きている。