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透明日記「魔法のように寒い」 2025/01/06

手首を見せに行く。手首はいろんな回転運動ができる。見て、動くで、と言って医者に手首を見せる。すげー、手首って動くんや!、うわっ、おれのも動いた!と言って医者は驚いていた。

病院の受付には平和な朝のピアノ音楽が流れていた。じじいやばばあで犇めく院内には、じじいとばばあの足音、衣擦れ、咳や話し声が響く。職員は外用の明るい声で人の名を呼ぶ。病院では音が地べたで跳ねて遠くまで行く。待ち合いのソファは平和な朝にまみれていたので、ぼくの朝の心臓によく馴染んだ。

清算は機械が取り仕切り、おっさんとばばあが会計完了前に機械に向かい、跳ねられる。レシートを機械に何度もかざし、受付で文句を垂れていた。清算機械は何もしない。

久しぶりに雨が降る。傘を差せば雨は弾ける。ぼくも弾ける。力がみなぎる。昨日と同じように、カフェで文章をガリガリ書く。筆圧が強すぎて、カフェのテーブルに穴が空いた。書いたはずの文章も残らなかった。

我に返って家に帰る。

い〜し、や〜きいも〜。歌う。というか、唸る。喉でこぶしを転がして、唸る。おいも〜、おいもおいもーおーお〜い、も〜。アニメ「ぼのぼの」のおいもの回を思い出す。おいもおいもと言ううちに、もおいもおいと言って芋を探すぼのぼの。

おいも〜、もおいもおい、もいお〜。しばらく、ハマって唸り続けた。三十分ぐらい、時間が飛んでいた。時間には限りがあるらしいが、この三十分は数に入らないことを切に願う。

しばらくして、写真用紙を買いに外に出る。傘を差す。チャリで過ぎ去る人間が訝しげな視線を送るので、手をかざすと、雨は降っていなかった。

すぐに傘を閉じるのは悔しいので、少しのあいだ、傘は差しておく。(雨降ってないのに)という視線を送った人間が見えなくなった頃、しれっと手をかざし、小首をかしげ、なんだ、降ってないじゃないかと、さも自分の感覚だけで気付いたかのようにして、傘を閉じる。

家電量販店はなにゆえに無味乾燥な清浄な空気を孕んでいるのか。独特の無臭。真っ白な無臭。本当に無臭なのか、知らない。家電のプラスチックの匂いかもしれないし、艶消しされたプラスチックの匂いかもしれない。いずれにしても、独特な広がりを持った空気。

写真用紙を眺める。いろんなタイプがある。光沢と書かれた、L版と2L版のものを買う。レジの不健康そうなメガネ男の爪の色は薄く、その手には重力が働かないようだった。

家で試しに印刷する。文章だけの印刷。写真用紙に文章だけを印刷するのは大変な贅沢をしている気になって、満足感が大きい。ほくほくした。

背景の色を微妙に白からずらして印刷すると、色味的にはしっくりきた。まだ縁なし印刷への信用が薄いので、保険をかけて縁なしで「フィル」というモードで印刷すると、文字が拡大され、文字のサイズ感がしっくりこない。まだまだ微調整が必要なところがたくさんありそうな気がした。また今度やる。

医者にもらった、痛みをやわらげる魔法の塗り薬を手首に塗ると、スースーする。揮発性と書いてあった。塗っているうちに、鼻の下など擦っていたのか、顔もスースーした。裸になったような気分が断続的に訪れる。

性格や気質、思考回路の痛さなども、簡単な塗り薬で治ればいいのにな。塗って治してやりたい人間はいくらでもいる。相手から見ればぼくかもしれないが。

手首の運動とスティックの運動をしてから、いしやきいもを歌い、明日のことなどを考える。

左の足首にも違和感がある。香箱座りで左の爪先を右足の裏に置いたり、胡座で左の爪先を右膝の裏に入れたりして、左足首をよく曲げていた。足首にも魔法の塗り薬を塗っておく。

ダーウィンが来た!で、バリ島のキングコブラの生態を知る。卵を守る唯一のヘビ。孵化する直前に、母親は二ヶ月守った巣を離れる。食べてしまうから離れると言う。

自分のしたことの結果を見ずに、孵る子の元を去らざるを得ない習性に、奇妙な思いがした。なんと言っていいか分からない。番組では愛情がどうのこうのと言っていたけど、愛情ではない。愛情よりもずっと必然的な、奇妙な力を感じる。

ふう、最近は寒い。魔法のように寒い。魔法の布団でぬくぬくして寝ようと思う。

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