人と喋らなさ過ぎてnote書く85

漢字の読み方がわからない。

自慢じゃないが、子供の頃から本を読んできた方である。わからない単語については、ちゃんと辞書で調べもした。故に、語彙は人並みにあると思っている。
しかし、「読み方」になるとわからない。なぜかと言うと、辞書を引いた時に意味は調べたが、読み方までは読んでいなかったからだ。

「冤罪(えんざい)」という言葉を、長いこと「めんざい」と読んでいた。「逆鱗(げきりん)」は「ぎゃくりん」と読んでいたし、「同棲(どうせい)」が「どうさい」なのか「どうせい」なのか、未だにわからなくなることがある。
こういった読み間違いは、文を読んでる分には発覚しないが会話の中で発覚する。しかし、人と会話することが少ないため、読み方が違うことを認識しないまま生きてきた。

この読み間違いには法則がある。
それは、「この漢字が使われているということは、こう読むのだろう」と思い込むがあまり、正確な読み方がわからなくなってしまうのだ。
例えば、「冤罪」を「めんざい」と読むのは、「冤」という漢字から「免」を連想して「めん」と読んでしまうのだ。「逆鱗」は「ぎゃく」と読むし、「棲」も「妻」にひっぱられてそう読んでしまう。
一方で、「啄木鳥(きつつき)」とか「百日紅(さるすべり)」とか、ほぼ連想ゲームみたいな読み方の漢字もある。ボクは逆に、ここまで連想で割り切ってるものだと読めるのだ。
中途半端に「こう読むだろう」という思い込みがあると、どう読むかわからなくなる。

しかし、「冤罪」に関していえば「免罪符(めんざいふ)」という言葉がある一方で、「免」に近い漢字なのに「えん」と読ませるのは、普通に混乱する。
「逆鱗」だって、そもそもとしては竜の鱗に一枚だけあるという逆向きにある鱗のことなのに、何故それが「げき」になるのか。
外国人が「日本語は漢字の読み方が難しい」というが、日本人だって普通に難しいと思ってる。漢字の読み方を考えた奴は、多分性格が悪い。

それはそうと、以前職場の先輩が「相殺」を「そうさつ」と読んだことがあった。
それは「そうさい」だろと思ったけど、先輩の顔を立てて何も言わなかった。その後、念のためにGoogleで検索してみたところ、「相殺」は「そうさい」でも「そうさつ」でも、どっちでも読めることを知った。

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%25E7%259B%25B8%25E6%25AE%25BA_%2528%25E3%2581%259D%25E3%2581%2586%25E3%2581%2595%25E3%2581%2584%2529/%20

調べてみた結果、「殺」には「さつ」と「さい」の読み方があって、「さつ」は殺害などの「殺す」の意味があり、「さい」は「削ぐ、減らす」の意味があるらしい。なので、仕事で使う時は(仕事が殺し屋でない以上)「そうさい」が正しいようだ。
しかし、「相打ちになってどっちもなくなる」という意味では、「そうさつ」も間違ってはいないのでは?という気持ちもある。辞書によっては、「そうさい≒そうさつ」と記すものもあるため、絶対に間違いとはいえないらしい。
似たような感じで、「重複」も「ちょうふく」が本来の読み方だが、「じゅうふく」ともどちらでも間違いではなくなっている。

「これ、どっちとも読めるくね?」と思う漢字は、
時代と共にどっちに読んでOKになっているものもある。
正直、個人的には「重複」が「ちょうふく」である理由なんて特にないと思っているし、意味が伝わればいいと思うので、その流れはウェルカムだ。
だが、そうゆうダブルで読める漢字が増えると「○○は正しくはこう読みます!」「歴史的にはこう読むのが正しいです!」とマナー講師のような奴が現れ、読み方を正す記事がバズる。
おかげでボクは、「逆張り(ぎゃくはり)」を「さかばり」なのか「ぎゃくはり」なのかまたわからなくなる。
これに関しては、割とどっちでも良くない?と思ってる。

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