「ロー出しハイ受け」の解説


はじめに

 音響機材の接続のセオリーとして「ロー出しハイ受け」という概念がある。機器Aの出力を機器Bに繋げるとき、Aの出力インピーダンスが低く(low)、Bの入力インピーダンスが高い(high)状態が望ましいという意味だ。インピーダンスが適切でないと音が殆ど出なくなるし、例えばギターの音をパソコンで録音するときオーディオインターフェースの「Hi-Z」ボタンを押さなければならないのも「ロー出しハイ受け」に起因することだ。理屈としては中学理科程度の回路の知識があれば理解できるため、調べてみれば解説記事も多くて困らない。つまり、今更記事が1本増えても問題はないだろうということで、ここでも解説したいと思う。

インピーダンスとは

 入力インピーダンスや出力インピーダンスの前に、まず「インピーダンス」とは何か説明しなければならない。インピーダンスとは、他の多くの解説記事でもそう書かれているように、交流における抵抗の概念である。そして「抵抗」とは、一般的には「電流の流れにくさ」と表現されることが多いが、ここでは「電圧と電流の比例係数」であると覚えていただきたい。日本語で書くととっつきにくい表現かもしれないが、要するに以下の式のことを表しているだけである。

$$
V = R × I
$$

 インピーダンスは交流における抵抗であるため、交流の電圧と電流の間には以下の関係がなりたつ。インピーダンスは一般的にアルファベット「Z」で表現される。

$$
V = Z × I
$$

 直流回路における抵抗の直列接続、並列接続、抵抗分圧の計算などは全てオームの法則$${V=IR}$$から導出されているため、$${V=IZ}$$が成り立つ交流回路において合成インピーダンスや電圧、電流の計算は直流回路における計算でRをZに置き換えるだけで行うことができる。インピーダンスそのものは高校の物理に出てくる概念だが、ロー出しハイ受けを中学理科の知識で理解できるといったのはこういった関係があるためである。

入力/出力インピーダンスとは

 それでは続いて、入力インピーダンスと出力インピーダンスが何かを解説する。入力/出力インピーダンスとは、何らかの回路の入力/出力側から見たインピーダンスのことだが、おそらく「~から見たインピーダンス」という表現をすぐ理解できる人は少ないと思われるため、簡単な例を挙げて解説する。

同じ回路でも測定位置によって合成抵抗は異なる

 例えば、上の図のように3つの抵抗を繋げたとき、合成抵抗はいくらになるだろうか。つい「1Ω」と答えたくなるが、実はまだ問題文が不十分なのである。合成抵抗は、どの点で見るかが決まってから始めて求めることができるためである。
 上の例では、A点とC点の間の合成抵抗は1Ωになる。しかし、A点とB点の間の合成抵抗は1Ωではなく、0.75Ωになる。上の回路図と全く同じ回路図を、線の向きや抵抗の位置だけ変えて描きなおした回路図を見れば理解しやすいだろう。

上と同じで、見方を変えた回路図

 そしてA点とD点の間の合成抵抗は、回路図を描きなおすまでもなく0Ωである。
 以上のことを踏まえて「回路の入力/出力側から見たインピーダンス」という言葉の意味を考える。例えばギターはシールドをつなげるためのジャックがあり、その中にはシールドのプラグのチップとスリーブに接触する2つの端子がある。「ギターの出力インピーダンス」すなわち「ギターの出力側から見たインピーダンス」とは、この二つの端子の間に存在するインピーダンスに他ならない。アンプの方も同じで、入力ジャックにはシールドのチップとスリーブのそれぞれに接触する端子があり、これら2点の間のインピーダンスが「アンプの入力側から見たインピーダンス」、すなわち「入力インピーダンス」である。

 余談だが、端子が3つ以上の場合の入力/出力インピーダンスは信号の伝達方式によってどの点を基準にするかが変わる。例えばステレオ出力の場合2つの個別の信号という扱いなため、チップとスリーブ間、リングとスリーブ間の2つのインピーダンスがそれぞれの信号の出力インピーダンスになるが、モノラルバランス出力ではホットとコールドの間が出力インピーダンスになる。

 入力/出力インピーダンスの定義が分かったところで、我々の持つ電気回路の知識で解析できるように、これらを回路図の形に起こす。

出力/入力回路の回路図モデル
接地(gnd)表記を使った例

 一般的には下の方の図のように接地記号を使った回路を描くことが多いが、このnoteではこれまでの説明に合わせて上の方の2端子回路図を用いて説明する。
 回路図における$${Vsource}$$はインピーダンスが0の理想電源であるため、これらの回路は「出力側から見たインピーダンスが$${Zout}$$で、出力に何もつながっていないとき$${Vsource}$$が出力される回路」と「入力側から見たインピーダンスが$${Zin}$$の回路」と等価である。入力/出力回路の回路図表記は理解が難しければ「そういうものだ」と飲みこんで次に進んでいただきたい。

信号の大きさとインピーダンスの関係

 それではいよいよ信号の大きさとインピーダンスの関係を計算する。下の図は上せ示した出力回路と入力回路をそのまま繋げたもので、この場合$${Vout = Vin}$$になる。

信号伝達回路

 ここで入力回路に入力される信号、つまり$${Vin}$$は$${Zin}$$にかかる電圧のことである。インピーダンスの回路上の扱いは抵抗と同じだから、例えば以下のように電圧を求めることができる。

$$
回路に流れる電流 = \frac {Vsource} {Zout + Zin}
$$

$$
Vin = Zinにかかる電圧 = 回路に流れる電流 × Zin
$$

$$
= Vsource × \frac {Zin} {Zin + Zout}
$$

$$
= Vsource × \frac {1} {1 + \frac {Zout} {Zin}}
$$

 この式からそれぞれのインピーダンスがどのように信号$${Vin}$$に影響するかを考える。
 まず$${Zout}$$が一定で$${Zin}$$が変動する場合を想定すると、$${Zin=0}$$のとき$${Vin}$$は0になる。逆に$${Zin}$$が大きくなればなるほど$${Vin}$$は$${Vsource}$$に限りなく近づくことが分かる。
 $${Zin}$$が一定で$${Zout}$$が変動する場合は反対のことが起こる。$${Zout=0}$$のとき$${Vin=Vsource}$$となり、$${Zout}$$が大きくなればなるほど$${Vin}$$は0に近づく。このことを図で表すと以下のようになる。

入力/出力インピーダンスと信号の関係

 以上のことから、出力回路側の出力インピーダンスは小さく、入力回路側の入力インピーダンスは大きい方が、元の信号$${Vsource}$$を減衰させずに伝達できることが分かる。すなわち「ロー出しハイ受け」である。

実例

 この記事の始めに「例えばギターの音をパソコンで録音するときオーディオインターフェースの「Hi-Z」ボタンを押さなければならないのも「ロー出しハイ受け」に起因することだ」と書いたが、実際の製品のスペックを用いてなぜ「Hi-Z」ボタンが必要になるかを解説する。

 上のHPによるとギターの出力インピーダンスは200kΩ~500kΩだそうだ。例えばインピーダンスが低めの200kΩのギターの音をオーディオインターフェースのLine入力から録音することができるだろうか。例えばYAMAHA社のUR22CというオーディオインターフェースはLine入力のインピーダンスが18.5kΩとなっているが、これらの数値を上で求めた式に代入するとオーディオインターフェースに入力される信号はギターが生成している信号の0.085倍、1/10以下にまで減衰する。反面、Hi-Z状態の入力インピーダンスは1MΩなため信号の減衰は0.83倍にとどまり、若干小さくなる程度で信号を伝えることができる。
 他の例として、回路の間に挟まるケーブルなどの影響を見積もるケースを紹介する。自前の記事で恐縮だが、以下の記事で私はこのようなことを書いている。どうしてこのようなことが言えるかを、上で求めた式を元に解説する。

大きくても数Ω以下のシールドケーブルの抵抗は無視できる大きさである

ギターの音痩せは抵抗のせいではない

 出力回路と入力回路の間をケーブルで繋げる場合は、それぞれの回路の出力/入力端子の間にそのままケーブルの抵抗を挟めばよい。

回路の間をケーブルで繋げた場合の回路図

 このとき$${Rcable}$$はケーブルの抵抗を意味する。抵抗もインピーダンスの一種であるため、一緒に計算しても差し支えない。計算過程は割愛するが、この回路で後段の入力回路に入力される電圧は以下のように求められる。

$$
{Vsource} \frac {Zin} {Zin + Rcable + Zout}
$$

 仮に$${Zout}$$は1MΩ、$${Zin}$$は200kΩだとした場合、$${Rcable}$$が数百Ωになったところで$${Zin + Zout}$$に比べたら数千分の1程度の大きさでしかなく、出力電圧の大きさに有意義な変化をもたらすことができないということは自明である。そのことからギターの音痩せの原因はシールドケーブルの抵抗ではなく別のところにあると考えたわけである。

余談:インピーダンスの補足

 以上で「ロー出しハイ受け」の解説は終わりだが、実はギターのインピーダンスを用いた実例の計算では厳密には正しくない「ごまかし」が含まれている。これまでの解説が根本から否定されるような間違いではないが、念のためにここからインピーダンスの計算について補足をしていく。以下の内容を理解するためには高校数学の複素数の計算の知識が必要になる。

 上では「インピーダンスの計算は抵抗と同じくすればよい」「抵抗もインピーダンスの一種であるため一緒に計算してもよい」と述べてきたが、全て抵抗と同じでよいのであればわざわざインピーダンスという概念を持ち出す必要はない。では、インピーダンスは何が抵抗と違うかというと、インピーダンスは複素数で表現される点である。

電気信号の位相

 直流と違って交流信号には「位相」という概念がある。位相が同じ信号は特定の時刻で片方が山の状態であればもう片方も山、片方が谷ならもう片方も谷の状態になるが、位相がずれている信号は一定の時間で山や谷の位置がずれている。電気抵抗は位相を表す成分のないただの実数であるため$${V=IR}$$の関係では電圧と電流は位相が必ず一致することになり、位相ずれが生じる素子は抵抗では表現できない。そこで必要になるのがインピーダンスである。詳しい解説は割愛するが、交流信号のサイン波を複素数で表現しして素子のインピーダンスを複素数で定義すれば、抵抗におけるオームの法則と同じく$${V=IZ}$$の関係が成り立ち、抵抗と全く同じ方法で電気回路の計算ができる。複素数であるインピーダンスは当然実部と虚部を持ち、それぞれ「レジスタンス(抵抗)」と「リアクタンス」という名前がついている。

$$
Z = R + jX
$$

 この式でRがレジスタンス、Xがリアクタンス、$${j}$$は虚数単位の$${\sqrt {-1}}$$である。一般的に虚数単位は$${i}$$が用いられるが、電気回路の分野では$${i}$$が電流を表す文字であるため、一つとなりのアルファベット$${j}$$が用いられる(紹介のためにここでは$${j}$$を用いたが、これ以降は高校数学のとおり$${i}$$を用いることとする)。上で「抵抗もインピーダンスの一種である」と述べたが、抵抗はリアクタンス$${X=0}$$のインピーダンスである。

 しかし、各種音楽機材のスペックでインピーダンスが複素数表記になっている例を私は見たことがない。なぜならスペックとして記載されるインピーダンスは位相の情報のない「大きさ」の値であるからだ。インピーダンスの大きさは複素数の絶対値、すなわち$${\sqrt {R^2+X^2}}$$の値で、位相がどの程度ずれるかの情報はこの数値からは読み取ることができない。例えばこのnoteでは200kΩのギターから1MΩのアンプに信号を入力するケースの計算をしたときどちらも純粋な実数として扱って0.83倍という数値を導き出したが、ギターのピックアップはコイルであるため、出力インピーダンスは実数の200kΩではなく$${i*200}$$kΩである可能性が高い。アンプの入力インピーダンスはとりあえず純粋な実数であると仮定し、ギターの出力インピーダンスが準拠数のときの信号の大きさの計算は以下のように行うことできる。このとき$${Vin}$$は$${Vsource}$$の0.98倍になる。

$$
Vin = Vsource \frac {Zin} {Zin + Zout}
$$

$$
=Vsource \frac {1000000} {1000000 + 200000i}
$$

$$
=Vsource \frac {5} {5 + i}
$$

$$
|Vin| = Vsource \frac 5 {\sqrt {26}}
$$

 ギターの出力インピーダンスの大きさが一定で位相が0~90°の範囲でずれたときの信号の大きさをグラフにプロットすると以下のようになる。

インピーダンスの位相と信号の大きさ

 例では出力インピーダンスの位相がずれた場合を示したが、いうまでもなく入力インピーダンスの位相がずれた場合でも信号の大きさは変わる。このように、インピーダンスの大きさが同じでも位相の特性によって計算の結果が変わってくるため、上で行った位相を無視した計算は厳密には間違っていることになる。
 とはいえこのことが「ロー出しハイ受け」の原則を覆すことはない。位相のずれの影響が多少あろうとも、出力インピーダンスが低く入力インピーダンスが高い組み合わせたとき信号大きくなるという法則は変わらない。このため、「ロー出しハイ受け」の説明においてすべてのインピーダンスの値を実数とみなして計算することは「説明の簡略化のために許容できる間違い」と言えるだろう。

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