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愛子ちゃん

 笹の葉から垂れ下がる細長い紙面を見て、私は思う。こんな場所にも、こんなものがあったのか、と。
 湿った地面に這う指、薄汚く澱んだ緑色、時折混じる人間の体液は、赤。ぽたぽたと、滴る水の音、ごおん、ごおんとどこからか聞こえてくる鐘。お前も狂えと言わんばかりの重苦しい空気に、今にも飲み込まれそうで足掻いている淡い泥たち。何百人、ここで生命をみずから絶ったのだろう。きらきら星たちが、静かに見守っている樹海に、それは死んだように横たわっていた。
 盆は過ぎ、ゆだるような熱気は日に日に涼しい風へと変わり、風鈴を鳴らす。夏だからと馬鹿騒ぎしていた若者たちも、今の時期は小休止、夏の残量を使い切り、家でごろ寝しているか、期限の迫る課題を慌てて片付けているだろう。盆、線香の香りとともに、私は死者へと祈りを捧げた。車で一人親戚の家に赴き、挨拶をして子供たちとスイカを食べ、将来は、星を見る人になりたいと笑顔で語るすがたが、どこか切なくも、美しく見えた。硝子玉をそのまま埋め込んだような、きれいな目をしている。私たちは、墓前に果物を並べ、墓石に冷たい水をかけてきれいにしてやり、遺影の中でほほ笑む先祖たちに、親族一同、並んで手を合わせた。お坊さんの詠むお経、のなかで、ちりんと鳴る風鈴と、外で遊んでいる子供と犬の声と、風の音。私たちは元気にしていますよ、あちらでもどうか、健やかに日々を過ごされていますように。私の父は言った。厳格な性格の父だが、その性格を形成したのは、祖父の教育が大きく関係しているらしい。私は、祖父とは幼少期に数回会ったが、いつも笑顔を浮かべ、優しい人であると記憶していた。遺影の中でも、微笑みをたたえていた。縁側で父は、ハイライトの煙を吐き出しながら、隣で正座している私に昔の話をしてくれた。親父は頑固だった、特に家の中では、俺や妹にそりゃあ厳しくてよ、でもお前が生まれたら途端に、優しいおじいちゃんになっちまって。お前が小さい頃は、親父が着物とか、びい玉とか、ランドセルとかを全部買いあたえてやっていたんだぜ。ハイライトの副流煙が、青い空へとふわふわ、揺れながら天へ昇っていく。正座していた私は、足のしびれに気づき、やっと、その体勢を崩した。父はそんな私を見て笑った、煙を沢山吐き出しながら。奥から母の声がした、「ふたりとも、なんでそんな暑いところにいるのよ。今麦茶持っていくわね」と、どこか、久々にそろった家族を嬉しがるような声色。父は懐かしそうに、目を細めている。また、ちりんと風鈴が鳴る。ふと下に目をやると父の影と、私の影が長く伸びている。高く高く咲いたひまわりも、もうすぐ下を向くだろうか。親戚の子供が東京に帰ってしまって、ぽつんと置いてある、買いすぎてやりきれなかった花火の残りが目に留まる。来年までには湿気るな、ありゃあ。とたとたと、母がやってきて、ガラスのコップに入った麦茶を父、私の順番に、縁側に置いた。私はありがとう、と言う、父は何も言わない。

 「あんな親父だったけど、最後は親族みんなに囲まれて、眠るように逝ったんだ。大往生だったのもあってね、葬儀に集まった親族もご友人の方も、悲しむより、あの人はすごかった、ずいぶんと長生きをしたものだ、って思い出話で盛り上がっていたよ。おまえはそんなのおかまいなしに、従妹のねえちゃんとお手玉で遊んでいたな」

 先祖たちは、お墓の中で、安らかに眠っている。年に一度、こうして親族が集まり、宴を開き、死してなお、おじいさん、おばあさん、そのまたおじいさんおばあさんもこっちへどうぞ、と酒を注がれる。宴のあと、母は密かに、仏壇に向かって手を合わせ、涙を流していた。こうして盆は暮れ、夏も終わる。涼しい風がカーテンを揺らす。死者たちは冥府へと帰り、また来年会おうじゃないか、と約束して、親族もそれぞれの生活に帰っていく。

 「……短冊か」

 ぽたり、ぽたり。湖に落ちる雫の音が、不気味に脳裏まで響いてくる。世の中に嫌気がさして、人生を放棄する選択をした結果、ここ、日本一有名な自殺の名所、青木ヶ原樹海で、何人も、人間が死んだ。私がここへ来る途中も、変色しぶら下がった人間の腕や、引き裂かれた衣服の残骸や、荒らされた財布を見てきた。私の仕事は、樹海を掃除することだ。給料は良い。人間がたくさん、恨みつらみを抱えた結果、最期の場所に選んだこの薄気味悪い森。鬱蒼と茂る闇の中、いざ湖を前にすると、そこは別世界のように、しん、としている。時が止まったとさえ感じる。ここで何百人も死んでいる。樹海は迷路だ、湖までたどり着けなかった者もいる。仕事も決まらず、やりたいこともない私は、樹海の管理者に頼み込み、働かせてくださいと言った。この仕事、みんなすぐ辞めていくんだけど、君は大丈夫? と聞かれたとき、やっぱり、やっぱり普通じゃあできない仕事なんだろうなと思い、自分まで緑の泥に引き込まれてしまう気がして、最初はためらったが、大丈夫です、自信はありますと胸を張って答えた。その時は、どうしても金が必要だったので選んだが、なんだかんだで、もう半年ほどこの仕事を続けている。淡々と死んだ人間の「後始末」をしていく私に、管理者たちはそろって感謝した。だけど、こんな仕事を、こんな長い時間やるなんて、あいつはおかしいんじゃないか、と陰では気味悪がられている。
 死者の残した遺書や、衣類品、金目の物などはよく目にするのだが、笹と、それに垂れ下がった短冊を見たのは、初めてだ。どこか、公民館なんかで飾っていたのだろうか、人工的な笹に、何枚も、何枚もお願い事が吊るされている。それは無造作に藻や泥の上に散らかされ、数日もするとそのまま、樹海の中に、溶けていって、なくなってしまいそうだ。私はビニール手袋越しにそれを手に取った。人工的な笹の枝に、連なる葉っぱたち、ピンク、青、黄色。樹海の陰気にのまれ、その文字はほとんど見えないものばかりである。やはり、子供から大人まで利用する場所に置かれていたもののようで、幼児の字で「おひめさまになりたい」と書いてあったり、中高生か若いカップルだろうか、「ゆずと来年の夏も一緒にいられますように」とあったり、はたまた、母親だろうか、「息子が有名中学に合格しますように」、こっちはご老人か、「親族が健康でありますように」。こんなもの、こんなもの、どうして樹海にあるのだろう。私は気になって、何枚も何枚も短冊を見たが、手掛かりらしいものは掴めなかった。七夕なんてくそくらえ、と思った自殺志願者が、公民館から盗んできたのかもしれない。どれもこれも、日常の中にある、とても穏やかで、静かな願いだ。きっとこれを書いた人たちは、七夕の夜、天の川を見ようとして空を見上げたり、織姫と彦星の再会を焦がれたりしたんだろう。足元からは死臭のようなものが漂ってくる。ボロボロになった衣服や、苔の生えてもう読めなくなった遺書や、現金も何も入っていない財布でいっぱいのビニール袋に、私はその笹の葉たちを押し込んだ。「おひめさまになりたい」の短冊が、ぐしゃり、と歪んで汚い苔と、血で混ざる。彼女らの願いは、かなっていたらいいな。もう盆は明け、夏が死に、秋が来る。夏の終わりとは、どうやらセンチメンタルになってしまう人間が多く、樹海で首を吊る人間は、日々、後を絶たない。笹はぐしゃぐしゃになった。私はそのなかでひとつ、かすれた文字で、もうろくに読めもしない短冊を見つけた。

 「あなたが一生、私を忘れませんように」

 樹海。夜の星と懐中電灯だけが私を照らす。澱んだ空気、嫌な緑、這う虫、人の死体と苔の匂いが混ざりあって、脳内でうまく緩和できず頭痛がする。
 盆、子供たちとサイダーを飲んだ。親戚みんな集まり、先祖に向かって線香をあげ、手を合わせた。宴会を開いた、親父は大往生だったと父は、寂しげに、けれども笑顔を浮かべていた。
 ここで死んでいった人たちに、そんなふうに弔ってくれる身寄りは、いるのだろうか。行方不明のまま捜索が打ち切られてしまった人、家族や恋人から縁を切られ、もうどうしようもなくなった人、ここで横たわっているのは、みんな、自分で望んで死んだ人。盆、きっと帰らぬだろう、彼や彼女たちは。それでも私は、それでも私は、生き遂げた命に、盆が終わって初めて、膝をついて祈りをささげる。線香はない。お坊さんもいない。苔と泥と藻でぐちゃぐちゃの、ふやけた地面に座り込み、手を合わせ、目を閉じる。あなたたちの死だって、きっと、無駄じゃない。誰かがあなたに向けた花束を蹴り飛ばそうとも、私はその散らばった花をあつめて添えて、生き切ったことを、せめて、この仕事をしている私だけでも、みとめてあげたい。
 来年の盆も、かえってはこなくていいですよ。向こうで、今度はしあわせに、なってほしいですから。こんな現世なんか忘れて、ふつうの幸せを抱きしめること、それがどんなに素敵なことか、どうか、永らく時間は経ってしまったけれども、いつか、あなたにも知ってほしい。
 私はずっと、祈りをささげている。

 月だけがこの場所を見守っている。

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