昆虫本の書評(昆虫本編集者のひとりごと)02『昆虫は最強の生物である』
昆虫の進化4億年をストーリー仕立てで解説。著者はワイオミング大学昆虫博物館のキュレータ、教授。
全体の感想
日本では、生物進化の解説を、ここまでこなれた読み物として提供しているものはあまりないのではと思う。著者の個人的な視点や体験をまじえて、臨場感をともない、読み手を本の世界に誘う手法は、欧米のポピュラーサイエンスが得意としている手法だろう。
著者はワイオミング大学の教授で昆虫分類学の専門家。特に狩りバチを専門としていて、多くの新種も命名している人だ。
狩りバチの専門家とあって、寄生バチ、狩りバチの起源と進化が特に詳しく解説されている印象だ。
もちろんハチ以外も、昆虫の起源から進化のストーリーを総合的に、またアマチュアでもわかりやすく読めるように解説してくれている良書だと言えると思う。
気になるのは、もう少し昆虫の写真や図解イラストなどがあると、面白いし理解しやすくなるので入れてほしかった。
また邦訳タイトル『昆虫は最強の生物である』はどうかと。原題の『Planet of The Bugs』もやや抽象的かもしれないが。
ざっと内容について
冒頭は、一匹のカミキリムシとの出会いから、その昆虫を通して、進化の壮大なストーリーが展開されていく。
4億4400万年前の気門の獲得、4億1900万年前の三つの体節の出現、3億5900万年前の翅の獲得、2億6000万年前の役割がわかれた前後翅の獲得など、当時の自然環境、主な生物に触れながら解説している。
ただ、中には昆虫の分類の仕方、種とは何か、といった教科書的なものもある(少し退屈になる)。
第2章以降は、古い時代から時系列にそって昆虫の進化ストーリーを解説していく。
話はいわゆるカンブリア爆発の前史から。つまり節足動物の出現であり、その代表である三葉虫の出現を紹介。古生代の代表選手である三葉虫の栄枯盛衰をもとに、節足動物の進化が紹介される。
次に、生物の陸上進出のストーリーは、サソリ、多足類を中心に解説される。また陸上での生活に移ったあとでは、植物の進化と昆虫の進化についても詳しく解説されている。
進化ストーリーだけでなく、六本脚の利点の解説など、別の視点もあり、面白い。そこでは、体節の数との対応で本数が定まったのではとされている。体節の数はあまり多いと脱皮が大変になり、体の安定維持、移動スピード確保などの理由で六本脚になったとされる。
祖先的な昆虫には木を食べるものがいる。シロアリ、ゴキブリなどだ。彼らは腸内に微生物が共生していて、その微生物が消化してくれる。
三葉虫が主役だった古生代に、石炭紀という時期がある。文字通り、のちに石炭はじめ天然ガスなどを生み出す樹木が、豊富に繁っていた。
その石炭紀の前期では、豊富にあった樹木を食べて、栄養として利用できる昆虫はいなかったようだ。ゴキブリなど食材性昆虫は石炭紀の後期になってから出現したとされている。
また石炭紀の後期には、昆虫にとって大きな出来事があった。
昆虫といえば、飛ぶことが大きな特徴。初めての飛翔は、石炭紀後期、3億2700万年前とされる。飛翔するようになった理由はいくつか仮説があり、植物の種子や胞子が高い所に位置するように植物が進化したから、植物が巨大化して森林に日光が入りづらくなり樹木の上に行って日光を浴びる必要があったから、交尾相手が探しやすくなるから、などがあげられる。
どのように、翅が獲得されたかの決定的な理由はまだ決着がついていないようだが、翅が出現したのは石炭紀の後期、3億2700万年前ということは一致している。
一度獲得された翅は、急速に普及したようだ。とはいっても、数百万年という単位だが。
以降、1億年以上にわたり、昆虫は空中を支配し続けた。鳥類はまだ出現していない。
化石が残っているので、最初の飛翔する昆虫の紹介も詳しく紹介されている。大型の飛翔昆虫であるオオトンボ目が出現したころ、酸素濃度もピークをむかえ、飛翔するのに必要になる多くの酸素を吸引できたとされる。
しかし、捕食者なので素早く飛ぶ必要がなく、軽量だったから酸素も大量には必要としなかったとも指摘される。
同じ頃の石炭紀後期、最も反映したのはゴキブリ類で、石炭紀の昆虫の6割を占めた。今使っている石炭には、多くのゴキブリが含まれているのかもしれない。
石炭紀に出現した昆虫の祖先は、その後のペルム紀になるといろいろな種に進化していったようだ。
特徴のあるグループのひとつに、同翅目がある。セミ、ウンカ、ヨコバイ、アブラムシなどだ。彼らは注射針のような口器を使って植物から栄養の豊富な液体を吸い取ることができた。セルロースなど消化できない物質を避けて栄養がとれるようになった。
そのなかの一種、アザミウマは非対称の口器を使い栄養を獲得していた。一方の顎で植物を傷つけ、もう一つのストローのような口器で吸引した。
これに続く時期に、昆虫の最たる特徴、完全変態の獲得が起きる。
完全変態への進化の途中では、ある課題があった。成長途中に翅となる箇所が傷ついてしまうことだ。これを回避するために、翅の元となる部分を体内で発達させるようになったようだ。
また古生代の最後にあたるペルム紀には、糸を利用する昆虫も繁栄した。トビケラである。彼らは水中という他の昆虫が棲めない環境にも、糸を利用して生息するようになった。
糸の利用は、陸生だけでなく、彼ら以前に水中に棲んでいた昆虫よりも、幅広く生息できるようになったとされる。
トビケラ目と進化系統で近い関係にあるとされるのがチョウ目で、同時期に繁栄し始めたようだ。
またハエ目もこのころに繁栄し始めた。幼虫は水中に生息するものもいた。この頃は渓流に生息場所を拡大する昆虫が増えたようだが、そもそも渓流が出現し始めたのは、大陸同しが移動してぶつかり合い、高所にあった氷河が暖かい高さまでくだってくると溶け始め、それが渓流となったようだ。
次に出現し、繁栄するのは、昆虫のなかでもファンの多い、甲虫目だ。
甲虫ほど種数を増やした昆虫はいないが、その理由は、甲虫が硬い鎧と飛翔能力を兼ね備えたからとされる。なかでも前翅が硬い殻となって後翅を守るようになったのは、この昆虫だけだ。
ペルム紀後期にはまだ少なかった甲虫だが、繁栄し始めたこのころから、木に菌類を混ぜることによって消化しやすくできた。
古生代の最後であるペルム紀から、中生代の始まりである三畳紀にかけて、大量絶滅が起きたことが有名だ。その後の時期は、「三畳紀の春」とたとえられ、大量絶滅を生き残った昆虫が、さらに進化、繁栄していった。
三畳紀は中生代の幕開けであり、これ以降は「恐竜の時代」の始まりだ。恐竜は有り余るほどいた同翅目を好んで食べていたと推測されている。
また恐竜の目をかいくぐって生き残り、多様化した昆虫にナナフシがあげられる。おそらく恐竜の餌となって絶滅したといわれるオオバッタとは違い、ナナフシは巧みな擬態をするようになって、生き残ることができたようだ。
またシロアリモドキも独特の手法によって生き残りに成功した。彼らは絹糸を使って身を守るようになり、この時以来、2億5000万年近く穏やかに暮らしてきた。
この時期よりも以前から生息していたが、繁栄した昆虫に膜翅目が挙げられる。ハチ、アリのグループだ。
このグループの最たる特徴は産卵管の利用だ。これを利用して、植物組織に切れ目をいれて卵を産み付けたり、餌となる他の昆虫に刺して麻酔をかけたり、産卵以外の方法で大いに役立った。
また独特の性別の決定方法も大いにこのグループの繁栄に貢献した。
ハバチや狩りバチは、雌雄を生み分けることによって、餌の状況に応じて子孫を加減して残せるようになり、その結果、広く分散して暮らせるようになったとされる。
たとえば、狩りバチで最大の科であるヒメバチ科は、脊椎動物の合計よりも多い種数をもつ。昆虫に限らず、三畳紀に最も繁栄した生き物であり、その規模は恐竜を上回る。
三畳紀は昆虫にとって楽園になぞらえられるものだったらしい。
ジュラ紀といえば、恐竜の王国を想像するだろう。しかし、より「王国」の名にふさわしい繁栄をみせたのが、ハチとされる。
もともと植物食だったハチだが、このジュラ紀頃には甲虫の幼虫を餌とするようになっていた。ジュラ紀の終わりには、数百種に増え、現在では数十万から数百万種ともいわれている。
しかし、なぜこれほどまでに種数を激増させたのだろうか。それは、さまざまな種類の植物、そして植物の部分を自らの食料や住みかするために、多様化したためとされる。
葉っぱを食べるものがいれば、葉っぱの組織の中にみ身をひそめるもの、硬い樹木に穴をあけて暮らすものが出てきたという。
ハチの多様化に役立ったのは、中でも産卵管とされると上にも書いたが、さらに産卵管で利用される液体、つまり毒の獲得も重要とされている。
その毒で、あるハチは植物にコブを作りその中に卵を産んだり、木に産卵するハチは産卵と同時に木を腐食し、菌類の成長をうながす液体を注入する。それによって、幼虫が木の内部で繁殖する菌類を食べて成長できるようにしている。
さらにこの毒の画期的な使い方が紹介される。甲虫の幼虫にハチが自らの卵を産み付ける時、甲虫の幼虫を麻痺させるような毒を注入できるようになったことだ。
これによって、生まれてくるハチの幼虫は安全に甲虫の幼虫を食べて、成長できるようになる。
さらにハチの寄生方法の進化が解説される。ジュラ紀後期に獲得されたのが、内部寄生だ。
これは幼虫の内部に卵を産み付け、寄生相手の幼虫が生きたまま内部でその幼虫の栄養を体全体で吸収する方法である。この寄生方法によって、さらにハチは多様化を手に入れたようだ。
ジュラ紀には社会性昆虫の多様化も見られた。その一つにシロアリがいる。巣内で二世代にわたって棲み、成虫は幼虫のお世話をしたり、外敵から守ったりと、役割分担が進んだようだ。
また鳥類の大きな進化もこのころに起こったようだが、昆虫の進化と密接な関係があるとされる。
もともと地を這う昆虫を好んで食べていた鳥類が、やがて飛翔するように進化した昆虫のあとを追うように、飛翔という新しいスキルを手に入れたとされる。
以上のように、各地質年代ごとに、その時繁栄した昆虫と、他の生き物との関係を中心に進化のストーリーが解説されていく。
白亜紀は恐竜の時代が終わり、哺乳類が主役になる時代だ。
この時代には花咲く植物が出現し、急増していったようだ。それに応じて、花に群がる昆虫も増えていった。
花粉は栄養価の高い資源として多くの昆虫を惹きつけたようだ。ここから植物と昆虫の共生も発達していった。
同時に絹糸の重要性が高まった。植物を食する幼虫は、植物の上から振り落とされないように、体を固定するのに絹糸を利用した。
また、この時代でもハチの活躍が目立っている。この時期には狩りバチの出現が紹介されている。餌をとらえ、巣に持ち帰るハチだ。ジュラ紀の後期に出現したとされる。
餌を保護する巣も多様化していったようだ。なかには小石で巣の入り口を防ぐものもでてきた。地球で初めて「石器」を使った生物とされる。
巣に貯蔵することにより、社会性への移行がうながされたとされる。
また社会性を発達させた最たる要因に、性決定、血縁淘汰など、繁殖方法が挙げられている。
被子植物の進化は、ハナバチの進化をうながしたのは上にも触れたが、同時にアリの繁栄も促したようだ。被子植物の繁栄によって栄養豊かな種子手に入るようになり、広範囲に営巣できるようになった。
中生代末期には主だった恐竜は絶滅したが、その絶滅の一つの要因とされるのが、吸血性昆虫による被害も想定されている。
続く新生代はひとまとめに解説される。特に際立った特徴を指摘されているのが、成虫に寄生するハチだ。ちなみに著者は狩りバチの専門家で相当な数の新種命名もしている。
特徴
生物が初めて陸上に進出したことを、人類の初めての月面着陸にたとえるなど、生物史イベントを実感をともなって伝える手法がとてもいい感じです。
昆虫以外の生物、祖先的な生物や系統的に近接のものの進化にも触れられていて、進化の理由がわかりやすいストーリー解説になっている。
昆虫に詳しくない人向けの内容。多少、昆虫の進化について知っている人だと、例え話が多すぎ、やや冗長な印象だろう。
改行が少なく一段落がかなり長い。
多少の推測も入っているだろうが、昆虫誕生期の環境描写などが誰かが見ているかのようになされ、生き生きとイメージできる。