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【悩んでる女子必読🎶】セフレから本命になる方法【悪用厳禁🎶】

朝の東西線は嫌いだ。地下鉄なのに地上を走るから。人もまばらな始発電車の窓から馬鹿みたいに明るい光が差し込んで、皺だらけになった私のかわいいワンピースの裾を、あの部屋のドアの前でいつものように無理して笑ったせいで痙攣する口角を、まるで馬鹿にするようにまざまざと照らすから。

先輩と知り合ったのはもう3年前のことで、確かまだ社会人1年目の夏の金曜に、新卒同期の女の子と双日だかどこだかの合コンに参加して、二次会はバグースでテキーラを飲みながらダーツをやって、でも男性陣がイマイチだったのに変にしつこいから三次会はミューズに行って彼らを撒いて、これからどうする?と話している間に、女の子の一人が龍土町で飲んでいる大学時代の先輩からLINEが来たか何かで急遽合流することになって、タクシーに乗ってセブンイレブンだかの二階のバーに行ったときに出会った。確かそんな感じだった。当時はそんなことが掃いて捨てるほどにたくさんあった。新卒ブランドというのはひどく価値があったのだと今になって気付いた。
先輩は新卒でADKに入って、でもヤングカンヌを獲って博報堂に転職して、次は業界でやや評判の悪い元Hのクリエイターがやっているブティック系に転職する予定だと言っていた。事実、彼の家に初めて泊まったときには有給消化期間で、家には転職先の社長の顔写真が大きく載った趣味の悪いハードカバーの本がガラスのローテーブルの上に置いてあった。

早慶卒の生保総合職。当時の私たちには変なプライドがあった。せっかくいい大学に入ったのに学歴を無碍にして事務仕事をやる一般職たちを下に見た。女の子なのに偉いじゃん(笑)みたいな顔でガラスの天井の上から私たちを見下ろす総合職男子たちに敵愾心を持った。私たちは孤独で、だから手を取り合っていて、でもそれでも不安でたまらなかった。かといって同期の男たちを、おそらくは私たちほど苦労せず私たちと同じ地位を得た男たちを通じて安定を得ることはプライドが許さなかった。かといって外銀外コンのハイスペに選ばれるような顔面があるわけでもなかった。自意識と自意識の深い谷の中で、実のところ私たちはいつでも凍死しそうで、そこに降って湧いたような救いが「おもしれー男たち」だった。

彼らは皆、いわゆるクリエイティブ職だった。アドタイで連載を持っている人もいたし、ツイッターで何万フォロワーも持っている人もいた。でも大学は最低でも上智とかで、それなりに稼ぎがあって、案外顔も整っていて、それでいて服装や髪型は個性的で、よくよく聞くとお育ちなんかもよかったりして、その日私は記憶を無くして、朝起きたら代々木上原にいた。「ポカリいる?」そう言って昨晩の輪の中で一番静かに飲んでいたメガネの男は、冷蔵庫からイオンウォーターを出して手渡した。イオンウォーターなんて買う人を、何本も買って冷蔵庫に常備している人を私は初めて見た。初めて見て笑ってしまった。それが彼との出会いだった。

私はクラブに行かなくなった。コリドー街に行かなくなった。しょうもない合コンに行かなくなった。そんなものは飛び級で卒業したと思っていた。まだ「大豆田とわ子」をやる前の代々木上原のあたりは高感度層のソーシャルクラブの様相を呈していて、品の良いお店には品の良いお客さんたちが静かに集っていて、EDMなんて誰も聴いていないようだった。どこに行ってもNujabesやHaruka NakamuraやOkadadaのミックスなんかが心地よく流れていた。私も街に合わせて変わっていった。スナイデルを捨ててマメを買った。オリエンタルトラフィックを捨ててナイキのエアマックスココを買った。あの頃あれだけの仲間意識を持った同期の女性総合職たちを、相変わらずクラブやコリドーに繰り出す彼女らを少し見下すようになった。私は私のまま、私の価値を毀損することのないままに、彼女らとは違う幸せを、自分らしさを手にすることができた。当時はそんなふうに思っていた。

彼と私は互いに高め合う関係だった。少なくとも私はそう思っていた。土曜は昼過ぎから合流してシネクイントやワタリウムに行って、中途半端に時間が余ったらオンザコーナーでそれぞれ本を読んだりして、そのあと神泉あたりで飲んで最近の広告業界のトレンドなんかを聞いて分かったような顔をして、タクシーで彼の家に帰る。毎週土曜日はそんなふうに過ごしていた。金曜日に大学の友達と渋谷で飲んで酔っ払って、急に会いたくなって彼に電話をしたけど何度かけても出なくて、結局朝までクラブにいた。ゴミみたいな人しかいない朝の道玄坂を歩きながら、私は何かを察したような気になって、でもそれについて考えるのはやめた。まだ好きだよと言われたことはなかった。でもそれが大人の付き合いなのだと言い聞かせた。「ごめん今週仕事きつかったから寝てた」土曜の昼過ぎ、森美術館に行くはずの約束の時間を大幅に過ぎて彼からそんな連絡があった。「お疲れ様〜!そしたらごはんからにする?」いつでも出られるように家でメイクもばっちり済ませて、そのまま何時間も待たされた私は、理解のある彼女みたいにそう返した。何かを理解したふりをすることで、何か別に理解したことを覆い隠して、見ないふりをした。

金曜が来るたびそわそわと不安になって、でも土曜が来るたびそんな不安は溶けて消えて、日曜の朝に彼のマンションのドアの前でニッコリ笑ってドアが閉まって、無理して上げた口角がびくびくと痙攣して、その痙攣が収まらぬままに代々木上原の駅に向かう。寮のある西葛西までの決して短くはない乗り換えは気が重かったし、荒川を過ぎたあたりから地上に出て、スッピンが恥ずかしいからと落とさず寝てよれたまま直してもいないメイクが、乱雑に脱ぎ捨ててシワのついたスカートやブラウスが、もう朝日とは呼べない日差しに照されて、見せつけられるのが嫌だった。

「来月から会えなくなるから」彼は特に理由も付さずそう告げた。金曜が土曜までも塗り潰そうとしているのだと、もはや土曜の私はなかったことにされるのだと気付いた。私は最後まで物わかりのいい女のふりをした。今日は朝から用事があるからと、始発みたいな時間に家を追い出された。「じゃあね」彼は最後まで明るかった。ガチャリ。何事もなかったかのようにドアが閉まって、一年ほどの時間の積み重ねがまるで井ノ頭通りを転がるローソンのパンの袋みたいに軽く吹き飛ばされて、最後には私の口角の痙攣だけが残った。遠くでバイクの音がして、それがドアの残響を上書きして、すべてが終わって何もかも消えた。何も残らなかった。


朝の東西線は嫌いだ。
地下鉄なのに地上を走るから。人もまばらな始発電車の窓から馬鹿みたいに明るい光が差し込んで、皺だらけになった私のかわいいワンピースの裾を、あの部屋のドアの前でいつものように無理して笑ったせいで痙攣する口角を、まるで馬鹿にするようにまざまざと照らすから。無理して過ごした日々の無意味を、その中で得たものの無価値を、私という人間の無価値を、まるで慰めるように、ひどく優しく照らすから。

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