【実践編】ベースボール型ゲームのデザイン~Baseball5~
ベースボール型ゲームは、体育の年間指導計画に必ず登場する、つまり、毎年必ず指導しなければならない種目である。しかし、後述するようにベースボールという「高度な」ゲームは、長年叫ばれている投力低下や日常からの野球離れなどといった問題も孕み、たった数時間の単元でゲームとして成立させるのはかなり難しいと筆者自身も感じていた。ティーボールやキックベースなど、様々なベースボール型の簡易ゲームは登場しているが、どれもベースボールの特性やエッセンシャルスキル(技能的課題)を満たしているとは思えない。
そんな中で、2019年に日本に初上陸した「Baseball5」という新種目を見つけたとき、体育にもってこいだと感じ、今年度自分の学年で実施した。これまでのベースボール型ゲームとは全く異なる様子となり、今後の私には毎年恒例の種目となることを確信した。本稿は、今年度の私の実践を中心にBaseball5の特性と扱うポイントについてまとめる。
1.ベースボール型の競技特性を考える
ベースボール型ゲームとは、数あるスポーツの中でも非常に特殊な要素を持つ。より詳しい特性の分類は別稿を参照されたいが、要点だけをまとめると
ということがあげられる。まずは、攻守がターンで明確に分かれているという点である。多くのスポーツは攻撃と守備が混在し、めまぐるしく入れ替わりながら進んでいき、守備側が守備だけを専念するスポーツは、ベースボールの他にはアメフトかサッカーのPKくらいと数少ない。しかも、ほとんど場合が攻撃に対応して守備をする(攻撃→守備)という順序である一方で、ベースボールだけは打たせないように投げて、それに反応して打つ(守備→攻撃)という順序である点が特殊である。
まずピッチャー対バッターでは、当然ながら「駆け引き」が生まれる。相手がイメージする球種の「裏をかく」ように選択をする。そして野手(ピッチャー以外)は、バッターカウント、アウト数、ランナーの位置などによって、何塁に投げるかの判断が変わってくる。いくつかの選択肢を持ちながら、さらに打球コースによって1つを選択し、守備を行う。
つまり、
①ピッチャーは、投げる球種やコースを選ぶ → 実行
②バッターは、ピッチャーからくる球を予測 → 球種やコースへのリアクション
③野手は、アウト数・ランナーの位置・打者の特徴・打球コースなどからアウトの取り方を予測 → 打球コースに応じたリアクション
と「予測→反応・判断(リアクション)」の連続で成立するスポーツであり、ベースボール型スポーツは、予想を立て、瞬間的に判断することにより特化したスポーツであるといえる。この判断の成功率が、勝敗に大きく影響を与える特性を持つ。
2.体育がベースボール型を扱うときに生じる2つの課題
これを体育で扱うならば、やはり「判断局面」を大事にしたい。この場合は一塁に送球する、こっちだったら二塁ランナーにタッチするなどと、ある種「プログラミング的思考」に似たようなトライ&エラーを重ねることに価値があると考えられる。
しかし、従来の体育におけるベースボール型ゲームでは、2つの課題に直面することが多くあった。それは以下の2つである。
(1)アウトが取れない
ベースボールは、「3アウトで攻守交代」というルールがある。これはすなわち「相手の攻撃を3回妨害できたら、次は自分たちが攻撃できる」という意味である。そのため、守備が成功しないとゲームが進まない=守備側が優位な前提という根本的な性質があるのだ。
「アウト(守備の成功)」を取るためには、
①バッターの打球をノーバウンドでキャッチする(フライアウト)
②ボールを持ったまま塁間を走るランナーにタッチする(タッチアウト)
③ランナーが向かう塁に先にボールを届ける(フォースアウト)
のいずれかが求められるが、体育のようなボール運動初心者の集団ではまず①は多くの子にとって難しい。②や③に関しては、上述した「瞬間的な判断」を正しく行い、ランナーが塁に着くまでという限られた時間内に確実に実行する必要がある。
このように守備側には非常に高次元の判断とプレーが求められ、それを高確率で成功できることでゲームが進行するように設計されている。ベースボールとはそれだけ「高度な」ゲームなのだ。甲子園やプロ野球など、レベルが上がるほどピッチャーや野手のクオリティーが上がり、アウトの確率が高まり「守備側優位」が際立つようになる。3割バッターがすごいといわれるのは、裏を返せば7割は守備がアウトを取れることになる。
しかし、初心者が行う体育では、明らかに「攻撃側優位」になってしまい、バッターが思いっきりかっ飛ばし、守備側はその”球拾い”をしているだけという状況が多発する。これでは一向にアウトが取れず、ゲームが進行しない。苦肉の策としての「バッターが1巡したら攻守交代」のような設計も目にするが、これでは守備側に攻撃を妨害するインセンティブがなくなり、ベースボールの特性を完全に失してしまっている。
(2)「何もしない人」の大量発生
もう一つの重大な課題が、ゲーム中に「立っているだけ」の人が多くなることである。ベースボールは各チーム9人で構成されるが、攻撃側は1人ずつしかプレーせず、守備側も打球が近くに飛んできた時しかほとんどプレーに関与しない。守備側の大勝利である「ノーヒットノーラン」や「完全試合」が達成されたときには、自チームの大勝にも関わらず、野手はほぼプレーに直接関与せず「立っているだけ」である。
トップレベルでもそうなのに、これをそのまま体育で再現したらどうなるかは言うまでもないだろう。簡易化の1つとして、ダイヤモンドを作らずランナーをためないベースボール型ゲームも見たことはあるが、それは尚更プレーへの関与人数を少なくしてしまい、ただの「待ち時間」になる子が増えてしまうのだ。ランナーがいることで、複数人が同時に攻撃に参加でき、判断局面も増えることから「コーチャー」の役割も自然と必要になる。守備側にとっても、多少複雑化はするが、判断が正しくできればランナーがたまった方がアウトを取る確率は高まる。やはりダイヤモンドを進む設計にし、ワンプレーにより多くの人数が関われるようにした方がいい。
3.『Baseball5』のゲーム設定
これらの課題をしっかりと解消した「簡易版ベースボール型ゲーム」として登場したのが『Baseball5』である。Baseball5は、2016年にキューバで開発され、世界共通のルールで世界大会も開催されているほど確立したニュースポーツである。日本でも2019年に初めて上陸し、2021年秋に初めて一般向けの体験会が実施された。これを学級体育で実践したのは、おそらく私が全国初なのではないかと勝手に思っている。
(1)コートサイズ、人数、使用する道具
Baseball5は、1チーム5人で行うベースボール型ゲームである。次の図のように、2m四方のバッターボックスと13m四方のダイヤモンド、18m四方の”外野”にあたるエリアで構成されている。また、使用するボールは小さくて柔らかい専用球があるが、軟式テニスボールが最もそれに近いだろうと思われる。私の実践では、スポンジ製のティーボールを使用した。次の進め方を読めばわかるが、バットもグローブも必要ない。学級を6チームに分け、校庭に3面同時展開したため、ベースはフラフープで代用した。
(2)ゲームの進め方
コートの図を見て感じた人もいるかもしれないが、このBaseball5には「ピッチャー」がいない。バッターが「自分でトスして自分で打つ」ことからプレーが始まる。先ほど体育でのベースボール型ゲームでは「判断局面」を大事にしたいと書いたが、それらは「打った後」に発生する判断局面であることが多いため、プロ野球のような「守備→攻撃」の順序ではなく、打つこと(攻撃)から始めるようなルール設定でいいと思われる。
このバッターへのルールは公式のものであり、体育でもほぼこれに則って実施した(唯一、ファウルゾーンに落ちた場合は、アウトではなくやり直しとした)。このルール設定がバッターに何を促すかを考えたい。バッターは、「遠くに飛ばしたい」と「速く進みたい」という2つの欲求がある。まず、遠くに飛ばしたいのだが、「打球がフェアゾーンに落ちないと、バッターボックスを出られない」というルールがあるため、大きな打球を打つほどスタートが遅くなる。さらに、このBaseball5には「ホームラン」がない。外野エリアを超える打球も「ファール」の扱いとなり、バッターはアウトになってしまう。つまり、スタートも遅れ、フライアウトの可能性が高まるため、大きな打球を遠くに飛ばすメリットがほとんどないのだ。したがって、バッターは自然と「速いゴロの打球」を打つ心理になる。このデザインは実に秀逸だと感じた。
守備側には、ほとんど制限はない。次の図のような一般的な基本陣形を初めに子供に説明し、大まかな役割を伝えた(後述するが、これが子供に有効だったかは検討の余地がある)。ゴロが来る確率が高いため、ゴロを拾って各塁に送球するという流れが最も狙いやすいと思われる(この予測も外れたが)。
体育用にオリジナルルールで追加したのが、「アウトを1つ取ったら、メンバーが1人交代する」である。各チーム6~7人だったため、コートに入れないメンバーが必ず出てくる。出場機会を平等にするため、アウトを取るごとに1人ずつ入れ替わることにした。その順番も攻撃時の打順とリンクさせ、1番バッターから順に「コート外」につくようにした。コート外のメンバーにも「コーチャー」としての役割があることを伝えた。
(3)ゲームのねらい
このようなゲームデザインをみると、攻撃するバッター側に制限をつけることで「守備側優位」が起こりやすくなるように設計されているとわかる。守備側にとっては決して難しい打球ばかりが飛んでくるわけではないので、しっかりと拾って、②タッチアウトか③フォースアウトのいずれかをどこで取るかという「判断」の重要性が増してくる。今回の実践にあたり、終始強調したことが「どこでアウトを取れるかを考える」ということである。ベースボールというゲームの特性上、より高確率でアウトを取ったチームが勝つのであり、技能ハードルを下げながらもその戦略性を担保したゲームとなっている。
4.筆者の実践~授業のマネジメント~
では、全7時間の単元の記録を以下に記す。主な単元の流れは、
第1時 :ルールの説明・チーム分け・作戦会議
第2~7時:ゲーム(3イニング・毎回1試合・ラウンドロビン形式)
である。
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