
「300年前の写実的な風景画は、写真の代わりだったのか?」カナレットを通して考えた
楽しみにしていたカナレット展に行ってきた🚢
カナレットを知ったのは、まさかの「Notionの壁紙ギャラリー」です。かなりニッチな入り口で、カナレット初心者であることをまずお伝えしておきます。
彼が生きた時代は1697-1768年の、今から約250〜320年くらい前のヨーロッパ。日本だと江戸中期で、絶賛鎖国中の時代でした。思ったよりめっちゃ前の時代だった。
そんな時代に描かれた、執念すら感じるほどの精密で美しい景観画に惹きつけられました。そして、現代のヴェネツィアと大きく変わらない景色を見て驚いた〜〜。没入感のある絵にも、景観が損なわれていないヴェネツィアにも驚いた。興味が尽きないまま、学びや感じたことを記録していこうと思います。

サン・マルコ広場
ヴェドゥータ(景観画)の役割
カナレットはヴェドゥータ(景観画)の代表的な画家。美しいヴェネツィアを、カメラの前身となる「カメラオブスキュラ」を用いて得た構図をもとに、遠近法を用いて精密に描いて、都市の様子や旅行先の風景を伝える手段として人気を博していた。
特にイギリスの貴族たちは、教育のための旅行である「グランド・ツアー」でヴェネツィアを訪れ、記念品としてカナレットの作品を購入し持ち帰ったという。彼の絵は、現代でいうインスタや、記念のポストカードの役割 が近いのかもしれない。
展示を見ていると、300年前のヴェネツィアを感じられるだけでなく、現代の風景と繋がる瞬間がある。例えば、今回展示されていた素描に 現在も営業を続ける「カフェ・フローリアン」が描かれていたのを見つけたときに、思わずテンションが上がってしまった。

世界最古のカフェ・フローリアン
フローリアンには一度訪れたことがある。周りの風景が今とほとんど変わらない形で描かれていることが、当時の空気感まで伝えてくれるようで、時空を超えて共有された体験のように感じられた。
「ここに行ったんだよ!」なんて思いながら、当時の人々と同じような楽しみ方をできたことも嬉しい。
ただ、もし当時のカメラ技術が現代並みに発達していたとして、同じ感動を得られたかどうかはわからない。きっと全く違うものになっていた。
実際、カナレットのヴェドゥータは単なる記録ではなく、現実に少しのフィクションを加えて「理想の景観」を描き出す 役割も果たしていた。これこそが、作品をより特別なものにしている。
カナレットの写真的リアリズムとフィクション
カナレットの作品は、一見すると写真のような正確さを持っている。遠近法を使った建物や光の描写にこだわり、緻密に描かれている。まるで現実の風景をそっくり再現したかのようなリアルさである。

しかし、面白いのが このリアリズムは単に「見たまま」をそのまま描いたものではないところ。「理想的な景観」として完成させている。
例えば、こちらの作品。

(1732-1733年頃)
このサンマルコ広場はかなり広い上に、この視点の後ろ側には建物があるため、実際にはこの画角では収まらないそうだ。鐘楼の奥に描かれている新庁舎はもっと長さがあるはずだが、全体像が収まっている。サンマルコ広場のランドマークを一枚にまとめようとした意図がうかがえる。それでも見た目のロジックに破綻がなく、違和感のない仕上がりになっているのが驚異的だ。
こうしたアプローチは、東京タワーと雷門を同じ画面に収めるようなものだろうか。象徴的な要素を集めた構図にすることで、ヴェネツィアのアイデンティティを強調している。この手法は、カナレット作品の多くに共通して見られる特徴の一つである。
そしてすべての作品において、どの角度から、どの光の下で、ヴェネツィアのどの部分を強調して描いたのか、彼自身の意図や感情が濃密に反映されている。光や空の美しさを強調した作品では、彼がその情景を特に美しいと感じたのだろう。
さらに、作品には人の手による痕跡を伴っている。筆のタッチや下書きの跡、絵の具の微妙な盛り上がりなどが、鑑賞者に作者の存在を直接的に意識させる。こうした作品の意図や痕跡に触れることで、鑑賞者は 単なる現実の再現を超えた「理想的な風景」に心を動かされる。記録であり理想であるこの二重性こそ、カナレットの作品に惹きつけられる理由だ。
写真の瞬間的リアリティ
一方で、写真は「瞬間のリアリティ」を捉える力がある。現実そのものの記録が生まれ、「今ここにあったリアル」を感じさせるのだ。

メッセージ性のある写真作品においては、単なる記録にとどまらず、「自分ならどう見るか」「撮影者の意図は何か」を考えさせることで、鑑賞者にその瞬間を新たな視点から考える機会を与えることもある。
カナレットの作品が「理想化」によって感情を揺さぶるのに対し、写真は「瞬間の記録」によって現実の魅力を直接伝える。
ただし、写真のリアリティは カメラという機械・技術が「その瞬間」を切り取ったという信頼感が、写真を写真たらしめている。写真の加工技術が発達した現代では、そのリアリティが揺らぐ場面も増えてきた。
極端な色彩調整や構図の変更が加えられた写真は、絵画のように感じさせることがある。写真の加工やデジタルアートなどの技術が発展するとともに、絵と写真の境界はどんどん曖昧になっていくのかもしれない。この進化は表現の可能性を広げるとともに、鑑賞者に「何をどう感じるべきか」という問いを投げかける。
写真の代わりだったのか?
代わりであり、それ以上の役割も担っていた と言える。カナレットの絵画は単なる記録ではなく、理想の景観を描き出し、美しさと感動を届けるメディアだった。写真が普及した現代においてもその価値は色あせることなく、むしろその独自性が際立っている。
カナレットを追随した画家たちは、新たな表現や技法を取り入れながら都市の魅力を再解釈し、ヴェドゥータの可能性を切り開いていったのだろう。純粋な景観から、人々の生活を描くような風俗画や、裏路地を描くような作品も増えた。
しかし、カナレット没後の19世紀後半に写真が発明され 普及し始めると、ヴェドゥータの需要は次第に落ち着いていったはずだ。それでも、ヴェドゥータ的な美学や景観を描く伝統は消え去ったわけではない。
モネのように、絵画の特性を追求した印象派の作品も多く生まれて、写真が持つ写実性とは異なる、主観的で感覚的なアプローチも注目を集めるようになった。

(1908年)
写真の登場は絵画のあり方を大きく変えたが、むしろそれが絵画の新たな可能性を引き出す契機ともなってきたはずだ。カナレットが築いた基盤は、その後のクリエイターたちに新しい方向性を考えさせるきっかけとなっている。
ここまで書いて思ったことだが、今回の展示でカナレットの作品を写真におさめているのは、なんとも興味深い現象なのかもしれない。カナレットの作品が担っていた「記録としての側面」を、現代の人々はスマホの写真という手段を通じて拡張し続けている。
上手く言語化できないのだが、現代的な意味を付与したような、ロマンを感じるような、なんだかすごいことのように思える。
写真と絵画は、それぞれの技術と特性を生かしながら共存し続けてきた。
カナレットの作品を通じて、この二つの表現が補完し合い進化してきた歴史に、思いを馳せることができてよかった。
ちなみに [ディズニーシーとカナレット]
今回の記事とはあまり関係ないのだが、東京ディズニーシーにある「リストランテ・ディ・カナレット」というレストラン。お店の名前はカナレットにちなんだもので、彼の肖像画や作品が店内の壁に飾られている。
ヴィネツィアの街並みを感じさせる運河沿いに位置していて、テラス席からはカナレットの作品のような景色が楽しめるそう。こうした形で、カナレットの影響が身近な場所に感じられるのは感慨深い。
まだ行ったことがないので、シーに行ったらぜひここで食事してみたいな。
