戦争反対
「戦争反対」と書かれたプラカードを掲げて立っている男がいた。
口元に笑みを湛えているが、特に言葉は発していない。
道行く人は彼の微笑みと、掲げられた「戦争反対」を一瞥するだけで、特に顧みるものはいなかった。
しばらくすると、スーツに身を包んだ男がやってきた。
スーツは「戦争反対」の正面に立つと、足先から頭上のプラカードまでゆっくりと視線を送る。
すると突然右手で「戦争反対」のTシャツの襟をつかむとこう言った。
「戦争反対?だから何なんだ?」
「戦争反対」は、表情を少しも変えることなく、スーツと目を合わせた。
それでも言葉を発しなかった。
「なんとか言え!どうせ平和だ愛だと甘っちょろいことほざくんだろうが!」
スーツが語気を強めるが、それでも「戦争反対」は微笑むだけだった。
その二人を見て、学生風の男性が止めに入ろうとした。
スーツと「戦争反対」の間に入ろうと歩みを進めた。
しかし、その男子学生は二人の近くまで来ると、伸ばしかけていた手を引っ込め、バッグからノートと太い油性ペンを取り出すと、見開きいっぱいに何やら書きだした。
「戦争反対」
男子学生も、最初にいた「戦争反対」と同じように、言葉を発することなくただ微笑んでいる。そして、胸の前にノートを見開きに掲げている。
「お前まで何なんだ!あ!」とスーツが気色ばんだ。
すると、そこを横切ろうとした白髪の淑女が3人に近づいてきて、バッグから小さくおしゃれな手帳を出して何か書き、開いて掲げた。
「戦争をなくしましょう」
スーツは言葉を失った。
3人になんて声をかければいいかわからなくなってきた。
そのうえ、すこし気味悪くもなってきたのだ。
捨て台詞もそこそこに退散しようとしたら、退路にOLが立っていて、ビジネス手帳を開いてこちらに向けている。
「No War」
スーツは目線を移す。
社長然とした男性が大判の手帳いっぱいに書かれた「戦争反対」を掲げてこちらに来るのが見えた。
子連れの夫婦が、スケッチブックに書かれた「平和をこの子に」を掲げて外の輪を形成していた。
小学生の二人組が、それぞれの連絡帳に「せんそうをなくそう」「せかいへいわ」と書いてあるのを掲げて立っていた。
スーツはその場に座り込んだ。
力が入らなくなった。
そこで初めてプラカードの男が口を開く。
「Peace!」
誰からともなく、戦争を反対する人々はその場を散り散りに去っていく。
後には、スーツの男だけが取り残された。