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【中編小説】金色の猫 第27話(全33話)#創作大賞2024

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読了目安時間:約4分(約2,000字)

「え! なにそれずる! めっちゃたのしそうじゃん!」
 レジカウンターでタブレット型端末を操作しながら阿村が喚声を上げる。頭上でヨウムのギーコが灰青の羽をばたつかせ、メッセージアプリの通知音そっくりの声で鳴いた。はじめの十日間は気になって仕方なかったが、気儘でお喋りなこの巨大な鳥にもずいぶん慣れた。
 俺は店の奥にある長机の前へ立ち、昨夜注文の入った分厚い妖怪の本の発送準備をしていた。送り状を作るためにノートパソコンで顧客情報を確かめ、五日前も同じ人へ魔術の本を送ったのに気づく。
「また、名古屋の鬼頭きとうさんだ……」つぶやいたら阿村あむらが振り向き、「ああ、プリンスね」と声を弾ませた。「プリンス……?」「鬼頭桜士龍きとうおうじろうの、おうじ、で、プリンス。店長がそう呼んでる。すごい名前だよね。鬼に、桜に、龍!」そう力強く片手を上げ、宙へ漢字を並べていった。
「店へ来てくれたことはないんだけどね、会ってみたいな、プリンス」
 阿村のタブレット端末からSNSの更新音が聞こえる。月浜亭つきはまていはSNSのプラットフォームを三つ持っており、そのすべての更新は阿村に一任されていた。けっこう感覚が良いようで、あるひとつのプラットフォームなんかは登録者が五万人近い。プリンスのように一度も店へ訪れていなくとも、そこからネットショップへアクセスして本や雑貨を購入してくれる人も多くいた。だからこのように客足の少ない日でも、月浜亭はわりと忙しいのだった。

「え、で、それでさあ……」
 ひと通りSNSの更新を終えた阿村が、うずうずしながら俺のいる長机へ来た。積み重なった本日発送分の山からアンドレ・ブルトンを取り、パソコンを覗き込む。「ヒモは? 卒業?」つい住所の〈しめすへん〉を〈ころもへん〉に書き損じてしまい、「ああ、もうちょっと!」阿村へ八つ当たりする。
「せっかくいい女見つけたのにもったいない」
 ゆよんの巨体が長机を揺らし、俺は慌てて荷物へ手を添えた。「いい女……?」体勢を崩しつつ阿村を見上げる。「都合のいい女」紫に艶めくゆよんの背を撫でながら、彼はあっけらかんと言い放った。
 次の注文品は店頭へ並んでいる彫刻家のブローチだったので、俺は長机から離れた。「お前……最低だな」苦笑いで振り返れば、阿村がきょとんとした目でこちらを見ている。
「なんで? 彼女にとって、桂一くんも、都合のいい男だったんでしょう。なかなかいないとおもうけどな、すべて合う人なんて」
「はは……そうか、都合がよかった。そうだな。でも、んん……それがいやだったのかもしれない。なんか勘違いしちゃってたんだよ、俺のくせに」
「よくわかんないけど……都合がよくても、勘違いでも、僕はいいとおもうけどな。合わなくなったら適当に、やりくりしたらいいじゃん。ほら、こんな感じに」
 阿村は先ほど俺が書き損じた送り状を掲げる。近づいてよく見ると、「石川県七尾市ななおし」のあとに〈神明町しんめいちょう〉と続けたかったのが、「石川県七尾市袖ケ江町ななおしそでがえちょう」に書き換えられている。「そこから注文入んなかったら意味ないだろ」笑ったら、阿村は満足そうに後ろの棚へ送り状をしまった。「でも注文してもらえたら、都合がいい」

 店内へコンビニの入店音が響き渡り、俺たちは「いらっしゃいませ」と声を合わせた。だれが教えたのか、ギーコは機嫌がいいとこうして客が来たのを知らせてくれる。赤いダッフルコートの女は音の先へ大きな鳥を見つけ、持っていたスマートフォンを落としていた。いつになく軽やかな身の熟しで長机から出て、阿村は謝りながら客へ歩み寄る。
「……えっと、オウムじゃなくて、ヨウムです。ま、どっちでもいいんですけどね」きのこ頭に手をやって阿村が高らかに笑う。
「へーーヨウム! はじめて聞きましたーー! SNSでねこちゃんがいるのは知ってたんですけど……ゆやちゃんと、ゆよんちゃん……? ふたりのアカウント、ありますよね」
 女は舌足らずな甘い声で話した。眉上の明るいショートヘアに黒いベレー帽をかぶった阿村好みの女だ。段ボールハウスの上で澄ましているゆよんのふとましい尻を叩きながら、「なるほど」小さくつぶやいた。
 今朝から店の入口へ影が見えるたび、にわかに心臓が跳ねるのを感じていた。我知らず琴乃を待っているのに気づき、暑くもないのに背中へじんわり汗が滲む。ついスマートフォンで誰かと話す羽衣石を目で追ってしまうのも、その相手を知りたいからだった。通信手段を持たない俺はもしもの連絡先として、羽衣石の番号を琴乃へ伝えてあるのだ。そのときふいにガレージへ花のワルツが鳴り響き、俺はレジカウンターへ急ぐ。注文品の本が雪崩れ落ち、驚いたゆよんの逃げる音が背中に聞こえた。
「も……あ、はい、こちら月浜亭でございます」
 受話口から聞こえてきたのは年老いた男の嗄れ声だった。

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