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終末融解少女

KIBAKOの曲を作る際、ユウキシロは同時に小説も書きあげており、このnoteはその作品をまとめて置いておくための場所です。

あくまでも世界観を共有するためのものですので、誤字脱字や文才の無さが垣間見える瞬間があると思います。ご容赦ください。

少しでもKIBAKOでやろうとしていることが伝われば嬉しいです。

終末ランデブーfeat.9Lana

終末融解少女

地球時間 : 2007.09.25 9:00
場所 : 冥王星 アルキオニア湖の畔

地球はもう9月が終わる頃だろうか。結局今年の夏休み、あいつからの連絡は1度も無かった。多分きっと、部活で忙しいんだ。正直もう顔も思い出せないしどうだっていい。

この星は快適だ。あの夏の暑苦しさも、煩わしい人間関係もここには無い。
リアンが沙織のために用意した木造の一軒家で、遠く離れた太陽の僅かな朝日で、沙織は目を覚ました。
窓の外には地平線まで続く小麦畑が、こちらに手を振るようにその体を揺らしている。

沙織は大きな伸びをしてリビングへ向かった。

食卓にはすでに用意された朝食。この星に自生する生き物から作られたらしいが、味は牛肉に近いのにゼリーのようなような見た目と食感で、美味しいけれど未だにこのギャップには慣れない。

食事を済ませると、今はもう存在しない母校の制服に着替えた。

今日はリアンとのデートの日だ。
彼は高校の同級生で、冥王星に来てからの2ヶ月を共に過ごした最愛のパートナーだ。

彼を想うと自然と頬が綻ぶ。食事にお酒でも入っていたのだろうか。無意識にふふふ、と声が出ていることに気が付いて、沙織は一人恥ずかしそうにしてみせた。

デートの場所は冥王星第二衛星。
名前をニクスと言うらしい。

身支度を済ませ外に出ると、沙織は家の裏の小麦畑を抜け、アルキオニア湖の波止場に小さな木製のボートを見つけた。

沙織はボートに乗り込むと、グラグラと揺れる船体の揺れが収まるのを待ち、湖へと漕ぎ出した。

この湖は宇宙と繋がっている。

漕ぎ始めてしばらくすると、ボートは湖を離れ、少しづつ宙に浮き始めた。それでもオールが掴む波の手応えは変わらない。
沙織は、宇宙を漕ぐのが好きだった。凪いでいた宇宙に水面のような波紋が広がり、星空もそれに合わせて歪み始める。この、誰もいない星空を一人漂っている時間には、何ともうっとりとしてしまう。

漕ぎ始めて10分ほど経っただろうか。
沙織はニクスに到着した。

そこは月面さながら、灰色の砂で埋め尽くされた殺風景な場所だった。小さな星に小さなベンチ。リアンはそこに腰を降ろして待っていた。

ニクスの波止場にボートを付けると、沙織はリアンが伸ばしてくれた手を取り、初めてニクスに上陸した。

「リアン、待たせたよね?」
「いえ。私もさっき来たところです。」

彼は冥王星で産まれた異星人である。
いや、今この星においては私が異星人か。
彼の見た目はほとんど人間そのもの。唯一違うところと言えばその整いすぎた顔立ちと、青白い肌くらいのもの。

「今日はその、来てくれてありがとう。」
「いえ、呼び出したのは私の方ですから。」
「?、、そうだった??」
「ええ。」
落ち着き払った表情で優しく微笑むニクス。沙織は話の食い違いも気にならないほどに彼の美しい横顔に見とれていた。

「座りましょうか。」
「ええ。」
ベンチからみえる冥王星はとても綺麗だった。小麦畑が黄色く輝いている。

「それで、どうですか。冥王星での暮らしは。」
「まだ食べ物には慣れないけど、めんどくさい事は何も無いし、暇な時は映画とか見れるし快適だよ。」

「そうですか。」
リアンと居ると心が安らぐ。でも確かに高鳴っている。そんな矛盾も愛おしく感じていた。
「症状の方はどうですか?」
「あー、まぁ、大丈夫じゃないかな」
ははは、と乾いた笑いが喉からこぼれた。

沙織は冥王星に来てからずっとある症状に悩まされていた。ふとした時に頭が割れるように痛みだし、強い吐き気と寒気に襲われる。それがもう何度も続いていた。「今日は?吐き気とか、頭痛とかないですか?」心配して顔を覗き込んでくる。

「うん。大丈夫。」
「そうですか。」

リアンは目を伏せると、改めて私に向き合った。綺麗で、真剣な瞳。自分の頬が赤くなっていくのを感じる。
「今日は大事な話があってきました。」
「な、なに?」

「あなたとxxxxの話です。」

xxxx??
「な、なに?もう1回言って?」
「あなたとxxxxの話ですよ」
どうもそのxxxxの部分が聞き取れない。
音として鳴っているのは分かるけど、言葉として認識できない。いや、出来ているはずなのにそこにモヤがかかっているような感覚。途端

「あれ、ごめんなさい...」
「沙織?」
視界がぐるぐると回り出す。ドロっとした汗が体から吹き出し、呼吸が荒くなる。ああ、またこれだ。

目の前にハンカチが差し出された。
「へ...」
顔に手をやると、私は泣いていた。
「あ、れ、変だな。勝手に涙が、、止まんないや。」
「...。」
リアンはその様子を黙って見ていた。

「リアン、はやく何か、冥王食を、、」

「やはり潮時ですかね。」
リアンは小さく呟いた。
「ねぇ。なんで見てるだけなの。涙止まんないし苦しいよ。助けてリアン」
行きも絶え絶え、涙と汗で顔をぐちゃぐちゃにしながらリアンに縋り付く。
リアンは x心xxx呆x配xxた顔 で私を見つめている。
「リアン、お願い、抱きしめて。私を不安にさせないで。」
沙織はリアンの体に手を這わせ、首筋に息を吐いた。早く私を大丈夫にしてほしい。私の心を埋めて欲しい。

「もう冥界の食べ物では、君を救う事は出来ないんだね。」
彼はそう言いながら何かを取りだした。
「食べて。」
キラキラした小さな星のようなものを、無理やり口の中に入れられる。

忘れていた、夏が広がる。


地球時間 : 2007.07.21 12:25
場所 : 都内某所

夏休みを目前に、テレビでは信じられないニュースがやっていた。確かに朝の緊急速報で起こされたけど、夢だと思い二度寝してしまった。

「本当だったんだ...」

【本日夕刻隕石飛来。終焉ニ備エヨ】

なんでも、この世界は終わるらしい。
専門家らしき人がその隕石について解説している。画面上部には「最後の瞬間を誰と過ごす?」の文字。受け入れるの早くない?

家族が最初に思い浮かんだが、私の両親は単身赴任で家には居ない。それに、連絡の一つも寄越さないということは、それぞれ大切な人と過ごしているのだろう。

は。と雑念を払うようにに笑うと、沙織は考えた。死ぬまで家にいるのもな。かと言って会いたい人も特には、居ない。クラスメイト、と呼べるものは居るがこの局面でわざわざ会いたいと思える人間はいなかった。

「あいつは...」

いや、あいつも家族とすごしたいに決まってる。最期の時間を奪ってまで会いに行けるほど私は傲慢になれない。

「はぁ。」

今しがた傲慢なんて言葉で自らを擁護したが、こんな状況でさえ我を通せない性根の情けなさにため息が出る。
沙織は制服に着替えると、玄関でローファーを履き、おそらく今日で最後になるであろう「いってきます」を家中に響かせて学校に向かった。

ニュースに映し出されていた都心部は結構荒れていたけど、この辺りは寧ろいつもより静かで穏やかだった。

みんな、どうやって最後を過ごすのだろうか。

ふと空を見上げてみる。が、そこには乱暴なほど眩しく暑苦しい太陽様が見下しているだけ。隕石らしきものは見当たらなかった。
「ほんとに来るのかな...隕石...」
天体のことは知らないけど、多分あれだ。
月と同じで、周囲が明るすぎると見えないっていうあれだ。暗くなったら見えるのかも。
「その頃には死んでるのか。しかしまあ、」
暑い暑すぎる。今日も外の気温は38度を超えている。隕石なんか来なくてもこの灼熱で今にも死んでしまいそうだ。

そう思った途端、「死」という言葉にハッとした。実際目前に迫っているというのに、軽々しくそういう言葉遣いを選ぶ自分に腹が立つ。
でも、高校最後の夏休みを全て受験勉強に費やそうとしていたことを考えると少しだけ有難いかも。
もう、受験も就活も、めんどくさい人間関係も何も考えなくていい。全部終わるんだ。良い事じゃないか。

おや。学校に着くと、何故か門が開いていた。今日は土曜日だし、そもそもこんな日に学校なんて誰も来ないだろうに。しかし、駐車場には見慣れた車が1台停まっていた。

「もしかして」

生徒指導室に向かう。2階へ登る階段の踊り場で、5組のエイリアンとすれ違った。青白い肌と、異常なまでに整った横顔、銀髪。この世のものとは思えないその外見は、宇宙由来のもの。

こんな時に何しに来たんだろう、なんて不思議に思いながら生徒指導室に入ると、そこには天国が広がっていた。

「涼しー!」
全身でその冷気を感じていると、奥の方から声がした。
「おい早く閉めろよ橘ぁ。」
「あ!土井セン!」
生徒指導がいちばん緩い35歳バツイチ独身、土井先生。

1年生の時担任だったことがきっかけで、この3年間将来のことも、恋愛のことも、なんでも話せる大好きな先生だった。

「なんで来てるの?」
沙織は学校イチおっかない阿部先生の椅子に乱暴に腰掛ける。ふかふかだ。
「そりゃお前。先生だからな。」

「とかいって。最後に一緒に過ごしたい人の時間を奪ってまで連絡する度胸はなく、家で孤独死なんて自分が可哀想過ぎるし、もしかしたら誰かいるかも!なんて微かな望みをかけて仕方なーーく学校に来たんでしょ。」
「的確すぎて辛い。」
「ま。私がそうだからね。」
2人して苦笑い。

椅子から立ち上がり窓の外を見上げる。
微かに、東の空に隕石が見えてきた。
少しだけ、夢かもと思っていた。ドッキリなんじゃないかって。こりゃダメそうだ。
万事休す!

ふっと、脳裏にあいつの顔が浮かぶが、すぐさまそれを振り払うように隕石から目を逸らした。

備え付けのブラウン管テレビでは
〝最後は大切な人とすごしたいですよねぇ〟
なんて呑気なことを喋っている。カメラ相手に今この時も仕事をしてる身で何を言うかね。

「最後に過ごしたい人、お前はいるだろ。」
先生は、どっぷりと深く椅子に腰かけて、テレビを見ながらそう言った。
「えー。」
「いい加減最期なんだ。ハッキリしたらどうだ?」
窓に背を預け、沙織はモジモジモゴモゴした。

「別に、この世が終わるからって自分の気持ちが明確になるわけじゃないし、相手の気持ちだって同じだと思うんだよね。
いわゆる吊り橋効果?に振り回されるほど子供じゃないっていうか、」

土井センの方を見ると、「呆れた」と顔に出ている。

「いやだからー、私たちは、互いの気持ちも自分の気持ちも分からないまま、ただ「ありのまま」で死んでいくのです。悪あがきしたくなーいの!」

べーっと舌を出してやった。

「マセガキ。なにがありのまま〜だ。」
土井センも同じように舌を出す。
2人は笑って、すこしの間を跨いでから

「別に深く考えなくていい。シンプルな話だ。」

土井センはその言葉を、まるで自分に突きつけるかのように零した。

「もう、会えないんだぞ」


⋯。


「それは、そうだね。嫌だね。」
ふんっと笑うと、土井センはまた、テレビに目線を移した。

おもむろに折りたたみ式の携帯を開くと、竜彦から不在着信が何件も来ていたことに気がつく。

折り返すべきだろうか。
このタイミングで果たして、竜彦に会って、私は無事で済むのだろうか...

そんなことを考えながらも、沙織はおもむろに折り返しの電話をかけていた。
「沙織?今どこ?」
竜彦の声。引くほど通常運転だ。
「学校。なんか土井センきててさ。」
「え何で笑 でもちょうどいいや。屋上で待っててよ。俺らも今から行くから。」
そこまで言われて、乱暴に切られた。

おれら?と呆然としていると、先生は「ん。」と親指を出口に向かって突き立てた。

「うんわかった。ありがと先生。」
先生とも、もう会えなくなる。

「土井センも、最後くらいカッコつけてないで別れた奥さんに電話くらいしなよ!」
「やかましいわ。」
あ!と思い出して。
「さっき5組のエイリアンとすれ違ったよ」
「あー。あいつ転校届もってきやがった。」
「転校!?」
「なんでも故郷の星に帰るんだとー。呑気なもんだよなぁ異星人は。」
「ふーん。じゃ!」
土井先生はこちらではなく、隕石を眺めたまま、ヒラヒラと手を振ったのだった。


屋上に着くと、そこにはエイリアンがいた。
「なんでエイリアンさん!?」
「沙織。」
その声は私の頭上から降ってきた。驚いて振り返ると、そこには階段の屋根の上に胡座をかく竜彦がいた。
隕石を背にニヤリと笑う。口の中にはいつものように金平糖が転がっていた。
「来るの早くない?」
「まぁな。」
竜彦はよっと屋根から飛び降りた。
「なんか、世の中すごいことになってるな。」
そう言いながら体を起こし、ゆっくりと私をみる。「そうだね。」日が沈みつつある。風も強い。髪も服も乱れて、2人をかき混ぜはじめた。

「あ、おじさんたちは?」
「朝一緒に飯食ったよ。あとは2人で過ごすからお前も大切な人に会ってこい言われてさ。」
「だれ?」
「お前。不満か?」
よくもまぁ、恥ずかしげもなく。
「ううん。私も会いたいって思ってた。」
最期だから素直なのか分からないけれど、今までなら言えなかった言葉がスラスラと出てくる。
吊り橋効果侮れない。

少し談笑したあと、沙織は空を見上げた。
もう隕石が、すぐそこまで来てる。
東の空が赤い。
先生の言葉を思い出す。途端。
「あれ、あ、違うの、ごめん、」
涙が溢れてしまった。
竜彦が駆け寄る。

私は別に死ぬのは怖くない。痛いのだって一瞬だろうし。やり残した事への後悔とかは、確かに少しはあるけど。そういうんじゃなくて。ただただ本当に、シンプルに。

「竜彦ともっど遊びだがっだよぉぉぉ...」

それだけだった。
ふぇぇんと、情けなくも泣いてしまった。
竜彦は「遊びって...子供かよ...泣くなよぉ...」と沙織の背中をさすった。沙織は竜彦の袖を掴んで、ボトボトと涙を落とした。
「大丈夫。大丈夫だって。」
竜彦は笑っているような困ったような顔をしていた。私は、その表情の陰りには気づけなかった。

「リアン。」
竜彦がエイリアンのことを呼ぶと、彼はその手を空にかざした。

すると彼の手の先に、今までそこには無かったはずの大きな大きな物体が現れた。

「す...ご」
その銀色の円盤の縁をリアンが指をなぞると、それはたちまち空に浮かび上がり、SF映画宜しく円盤の底部分が丸く開き光が降り注いだ。これは、UFOすぎる。

「俺たちこれに乗って学校まで来たんだよ」
なるほど、だから私より早く屋上に。

「リアンが俺たちを冥王星ってところに逃がしてくれるんだって。」
「え。そうなの?」
「⋯。」
彼の方を振り返るが、何も喋らない。もともとリアンは寡黙だ。1年ほど前にこの星にやってきた異星人だが、竜彦以外と口を聞いているところを見たことがない。確かに出身は冥王星だとかなんとか、聞いたことがある。

「こいつ照れ屋さんでさ、俺とふたりだともっと喋るしおもろいんだけど...」
と、竜彦はどこか居心地悪そうにリアンの顔色を伺いながら、不器用に笑った。

そんな様子を不思議に思っていると。
「時間が無い。」
と、リアンが東の空を見上げて言った。
たしかに、隕石はさっきよりももっと大きくなっている。本当に、もう時間が無い。
風はさらに吹き荒れ、心無しか暑くなってきた。大気が震えている。

「いける??」
と竜彦がリアンに聞くと、リアンは小さく頷いた。

リアンは竜彦の方を一瞬だけみて、また背を向けて光の中へ入っていった。その光の加減のせいかリアンの瞳に涙が見えた気がした。その次の瞬間にはもう、リアンの姿は光の中に消えていた。

「次、沙織の番。」
「うん。」
沙織は竜彦の袖を掴んだまま、恐る恐る光の中に入ろうとした。
「沙織、1人ずつ、ね」
竜彦は袖を指さして笑った。
仕方なくその袖を離し、1人で光に近づこうとしたその時。

後ろに強く手を引かれた。

目の前に、竜彦の短いまつ毛。
体の力が抜ける。瞼が落ちる。




「     」




体の全神経が唇に集中しているのが分かる。
ゆっくりと体を抱きしめられた。頭は真っ白だけど、ただの抱擁と違う事だけは分かった。愛情と、その中に少しだけ寂しさを混ぜたような、優しくて切ない抱擁だった。

竜彦の唇が震えていることに気づきゆっくりと目を開ける。竜彦が泣いていることに気がづいた。

え。

いや。嫌だ。
「まって竜ひ...」

言い終える前に、私は竜彦に突き飛ばされ、光に包まれた。次の瞬間には私はもう船内に居た。
「う、」
せまい。操縦席と助手席。それ以外は見たこともない機械で埋め尽くされて、眼前のモニターには地上からこちらを見上げる竜彦が映し出されていた。
明らかに3人は乗れない。
「まってよ!!!」
風が吹き荒れ、彼の服を激しくはためかせている。
「竜彦!!!!」
殴りかかるようにモニターに縋り付く。

「沙織!急にキスしてごめん!!でも、他にやり方思いつかなかった!!!!」
スピーカー越しに、風にかき消されそうなアイツの声が確かに聞こえてくる。

「好きだった!!!!愛してた!!!!」

そんな。嫌だ。アイツ無しで冥王星なんか行ったってなんの意味もない。
「出発する」
隣で、怖いくらいに落ち着いたリアンの声がそう告げた。
「リアン!!私をおろして!!」
その声はもう叫び声に近い。彼はこちらを見向きもせず、操縦桿を握り、機体を浮かせる。
沙織は止めようと必死に手を伸ばすが、あまりにも狭くて届かない。
「お願い...」

「リアンありがとう!!!本当にごめん!!!
沙織を頼んだ!!!」

「ちょっと....まって.....」
涙がただ溢れてくる。何も出来ない。

その時、遠い東の空が燃えた。隕石が落下したんだ。
UFOはグンッと急上昇した。
竜彦が笑っているのが見えた直後、爆風が彼諸共学校を吹き飛ばすのを目の当たりにした。

瞬間、体感にして10秒ほどの強い衝撃が走った。頭痛、耳鳴り、叩きつけるようなG。
もはや呼吸もままならない。意識が飛ぶその直前。やっと開放されると、モニターには野球ボールほどの大きさの地球と、そこにめり込む隕石が見えた。

涙ばかりが溢れてくる虚ろな目をリアンに向けると、彼は俯き、膝を抱え、その体を小刻みに震わせていた。沙織はもう何も考えられなかった。地球が爆煙に覆われていくのをただ眺めていた。

口の中の、竜彦から貰った金平糖は溶けて無くなった。



地球時間 : 2007.09.25
場所 : 冥王星第二衛生ニクス

「カリッ」
リアンが無理矢理食べさせたのは金平糖だった。全身に、忘れていた夏が広がる。
「う。」
ベンチから崩れ落ち、沙織は吐いてしまった。頭を駆け巡る、忘れていたはずの苦しみに体が耐えられなかった。

リアンは髪をかきあげ大きく息を吐いた。
「聞こえますか。あなたと竜彦の話をしようと言ったんです。」
気分は最悪だけど、さっきより意識も聴覚もハッキリしている。

目がチカチカする。四つん這いで息を整えている私の隣に、リアンが腰を下ろした。顔をのぞき込む。

「竜彦はこの約二ヶ月、部活で会えていないわけじゃないですよね。」
いつもよりも残酷な声で淡々と告げる。いや、もしかしたらいつもそうだったのかもしれない。冥界の食べ物はここまで認知を歪めるのか。

「それに私はあなたの心の穴を埋める代理をするつもりは無い。」

きつい言葉。分かってる。でも耐えられないから、この星の食べ物を口にして、記憶に蓋をしていた。

リアン曰く、冥王星は冥界と呼ばれ、この世で最も浮世に近い場所らしい。それ故に、冥王食は食べ続けると常世での記憶が少しづつ閉ざされ、その魂は冥王星に癒着してしまう。

沙織は7月の最後、地球を離れたあの日からの2ヶ月間はずっと冥王星の食べ物のみを口にしていた。地球から持ち込んだ食材は存在していたし、あの小麦は地球由来のもの。冥王食を避けることは出来たけど、沙織は敢えてそうはせず、リアンもそれを許していた。

「金平糖、あなたは地球から持ち込んだ食料のなかでもこれにだけは目にも触れようともしなかった。まさかこれ程まで記憶のトリガーとして効果があるとは。なにか思い入れでも?まぁ、大方予想は着きますが。」

このリアンという男は今、明らかに悪意を持って沙織に接している。それだけは分かる。
沙織が口の中に残った吐瀉物をペッペッと吐き出す最中も彼は続けた。

「ここの食べ物を口にしても、あなたの心の傷は癒せなかった。もうきっと、蓋をしてどうにかなるものでは無いのですよ。それほどまでに、膿んでしまっている。」

リアンは、沙織の口をハンカチで拭って、地面に広がった吐瀉物を掃除しながら

「同じように、私でその寂しさを埋めようとしても、もう無理がある。」と告げた。

沙織はリアンを睨みつけ、言葉を吐きつける。
「それでも痛みの理由が分からないだけまだ楽だった。あなたが抱きしめてくれさえすれば全部忘れられた。なのになんで、、」

「いい加減、あなたの涙を拭うのも、哀れな女の子の世話をするのも、もうウンザリです。」

「少しくらい言葉選んだら??」

「お断りです。まず第一に、私はあなたを恨んでいます。」

思っても無い言葉。しかし、当然と言えば当然。「そりゃ、、そうよね。」

「えぇ。元はと言えば、私は竜彦を救う手筈でしたから。彼は、私にとっての最初で最後の友人です。しかし彼は自らの命と引き換えに貴女を差し出した。」

目を伏せながら、彼は私に水の入ったグラスをくれた。口の中を濯ぐ。

「最初は断りました。あなたを助ける義理なんかこれっぽっちも無いですから。それでも彼はどうしてもと、あなたを連れ去るようにと懇願しました。自分はどうなってもいいからと。だから。」

言葉の圧が、だんだんと強くなる。

「あなたをここまで連れてきた。最初は彼の言葉を尊重して丁寧に扱っていました。言われたことには全て答えてきたし、、、」

「ですが。」と、吐き捨てるように続けた。

「あなたがここまで惨めで情けない女だったとは思いもしませんでした。」

「はあ、?」

2人は今にも殴りかかりそうな勢いで睨み合っていた。

「今の私が!どれだけ辛いか...あんたに想像出来んの...!!!」

本当にさっきまで告白をしようとしていた相手なのだろうか。2ヶ月生活を共にした仲なのだろうか。ずっと恨まれていたとしたら、心底笑えない。

「可哀想なら何をしていいわけではないでしょう。そもそもあなたは、その辛さに向き合ってもいない分際で被害者面をしないで頂きたい。」

「な...」

「この星にきて、いや、私の船に乗ったあの瞬間から、あなたは固く心を閉ざしました。
冥界の食べ物に依存し、都合よく記憶を改ざんして、泣くことも、笑うことも、なにより悲しむこともしなかった。傷つくことから逃げたんです。」

事実だ。

「そのために貴女は私を利用した。竜彦を忘れるために色仕掛けまでするようになりましたよね。私は生殖機能を持たない。だから振りだけでも、できるだけ応えたつもりです。
きっと竜彦の願いでもある。貴女の心が癒えるのならばと...」

彼は歯ぎしりをしながら自らに訴えかけるように続けた。

「しかしそれだけではあなたの悲しみや痛みは抑えられなかった。最近の貴女の体調の悪化とその涙が何よりの証拠でしょう。」

言葉は丁寧で、静かだが、そこには確かに熱がこもっていた。

「貴女がすべきことは逃げることでも、代わりを探すことでも、受け流すことでもなかった。」

「じゃぁ一体、、、」

「もう向き合うしかないんです。私も対応を間違えた。甘やかしてしまった。」

「そんなの無理に決まってる。いままで、、、18年間過ごしてきた故郷も、家族も友達も、全っ部失ったのよ!甘やかされて当然!向き合っても傷つくだけ!逃げてることの何が悪いのよ...!!!!!」

「もう、何より私が限界なんです。貴女は私を私としてではなく、自分の心の傷を埋めるための道具として扱っている。この2ヶ月でようやく理解しました。」

「っ...!!!!!」

「その苦しさから、私ももう解放されたい」
たしかに、リアンは疲弊しきっている。
でもそれは、私だけが理由じゃない。
多分だけど、私と同じだ。

「ちゃんと、思い出して、正しく傷ついて下さい。そこにあるのは辛さだけですか?痛みだけですか?18年というあなたの過ごした歳月は、あなたを傷つけることばかりでしたか?
竜彦があなたにもたらしたものはそんなものなのですか?」

いつの間にか、リアンは泣いていた。

「私は、たった1年でとても沢山のものを貰いましたよ...?」
リアンは悲しく笑った。

「冥王食を持ってしても、その痛みは消えなかった。ならもう、向き合うしかないじゃないですか。出来ることなら満たしてあげたかったけど、もう私や冥王食で埋められるほど、貴女の痛みは安いものじゃないんです。」

涙を拭い、最後まで言葉を尽くしてくれた。

「その傷の深さは、私たちが彼から貰った、愛の深さそのものですから。」

⋯。

ああ、この人は、もしかして。

リアンは深くため息をついて、私の横に腰掛けた。頭を抱えている。

「落ち着いて話をしましょう。大人気ないことをした。申し訳ない。」

リアンは頭をポリポリとかきながら謝った。

「いや、別に。」

少ししてから、リアンは調子悪そうに口を開いた。

「約一年前、私が地球に訪問したのは、あの星に生まれたあらゆる種を後世に残す、方舟の役割を担うためでした。」

「そう。。。前から知ってたなら、なんかやれたんじゃないの?隕石止めるとか。」

「私に出来ることは何も無いです。そもそも人を助けるなんて本来しては行けないこと。自然の摂理に反していますからね。」

「じゃあなんで...」

「竜彦だったからです。」

リアンは、竜彦を思い出すと、本当に穏やかな表情になる。

「私はあの星で、いや、竜彦と過ごす中で、本当にかけがえのないものを受け取りました。歩み寄る心や、人と心を通わす楽しさや、そして、愛そのもの。」

「そう、好きだったのね。」
「ええ。おかしいですよね。」
「全然。仲間ね。」
「⋯。」
彼は頭を垂れて、それから、私の目を見て言った。
「竜彦は、私ではなくあなたを愛していました。私ももちろん友愛を感じていましたが、あなたに向けられるそれは、もっと深く、特別で尊いものでした。」

「⋯そう。」

「嫉妬しました。何度自分の体のフォルムが女性になるように願ったことか。あの日から今までも、あなたの前で口数が少なかったのはそのせいです。」

「え、えぇぇ、、」

2人は目を合わせて、やっと笑った。
冥王星第二衛星ニクスという小さな星の小さなベンチで、2人は互いが知るそれぞれの竜彦について、沢山話した。

真っ直ぐで、馬鹿で、誰よりも人を愛していた。その性格故に、その愛を搾取するだけの悪い友達もチラホラいた気がする。
それでも彼は、人はだれでも正面から歩み寄ればいつか同じものを返してくれると信じて、傷ついてでも人に向き合っていた。

人に与えることでしか愛情を表現できないからこそ、誰とも対等になれず、どこか孤独だったように思う。

明け方、沙織はやっと、やっと大きな声で、赤ん坊のように泣きわめく事ができた。沙織だけじゃない。リアンも泣きじゃくっていた。

返したかったんだと思う。
最後まで貰ってばかりで、愛されていることを実感していたから、彼にそれを返してあげたかった。あの人の奥底に眠る孤独や寂しさに少しでも寄り添いたかった。でももう、それも叶わない。
返せないまま、独りにしたまま、私たちは生きながらえてしまった。それが悲しくて、寂しくて、仕方ない。

この痛みは、正しい痛みだ。

2人は泣き疲れると、兄妹のように寄り添って眠りについた。

次の日。沙織が起きると、食卓には白いご飯と、味噌汁と、ほっけの塩焼きが並んでいた。
地球から持ってきた食材を、リアンが調理したらしい。

「地球に行こう。」
その提案はリアンからだった。
「え、でも5年は無理だって。」
「人が住める環境じゃないってだけだ。防護服を着てちゃんと準備さえすれば、場所によっては降りて探索することも出来る。」
「そう。。。」
「怖いかい。」
たしかに少し、怖い。竜彦が暴風に攫われた瞬間を、きっと思い出してしまう。でも。
「ううん。大丈夫。」
「どのみち、僕は仕事として地球の状態を確かめる必要がある。是非、君とその旅を共にしたい。」
嬉しい言葉だった。
「私、ちゃんとリアンを理解したい。少しづつでいいから、貴方と私の関係を、もう一度始めたい。」
「ええ、是非、そうしましょう。」

味噌汁は、とても暖かくて、懐かしくて、また泣いてしまいそうになった。

食器を2人で片していると、急にリアンの口数が減ったことに気が付いた。
不思議に思いリアンの方をみると、頭をかきながら調子悪そうにしている。

「どうしたの?」
「いや、実は、昨日話しながら気づいたんだけど、僕も君と同じ状況だったみたいなんだ。」
「そうなの?」
「竜彦から君を託された使命に酔って、自分のことを放ったらかしにしてた。好きな人が死んだって言うのに。僕自身、自分の痛みに向き合わず、君の世話という大義に逃げていた。君のせいで疲弊したみたいな事を言ったけど、多分こっちが本命。正しく傷ついていなかったのは僕も同じなんだ。」
「そっか。」

「竜彦の事を好きだという気持ちにも、ずっと蓋をしていたからね。」
「そう...彼には?」
「もちろん伝えてないよ。それで良かったと思ってる。」

リアンは微笑んだ。
「この痛みは、誇るべきだと思うんだ。」
「というと?」
「僕達は失う度、何か代わりを見つけたり、受け流したり、上書きすることでその痛みや苦しみを忘れようとするだろう?」
「私が貴方にしたようにね...」
はは。と乾いた笑いが喉を抜けた。

「それでも昨日、僕達は逃げずに正面から傷ついた。それは、竜彦が代わりの効かない、受け流すことなんか出来るはずもないほどにかけがえ無い人でだったことの証明でもあると思うんだ。」
「...そうだね。」
2人は地球へ向う準備を始めた。
金平糖を鳴らしながら。

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