優しくしてほしい話

私はカジノにいた。

「カジノ」と言っても、ラスベガスとかマカオにあるような煌びやかなものではなく、ただ机や椅子が並べられて数人の大人たちがゲームに興じているだけの、むしろ「雀荘」、ないし「地域の将棋教室」みたいなもので、ジョージクルーニーやらブラピやらがどやどややってきて一悶着起こしそうな場所では到底なかったが、とにかく私たちはそれを「カジノ」と呼んでいた。

ぼちぼち人数が集まりだして、さあ、そろそろゲームを始めようかという段になり、私たちは乱雑に置かれた机や椅子をガタガタと移動させて互いにくっつけ、「給食食べるときみたいな形」に並べ始めた。


......あっ、先に言うときますけど、これは私が昨日見た夢の話です。


だんだんと給食食べるときの班の形ができあがり、でもあと一個ほしいなと近くの机に手をかけたが、その机には誰かの鞄が置いてあり、椅子にはデニムジャケットが掛けてあり、明らかに「私この机使ってますよ」とアピールされていた。

私は一瞬迷ったが、「まあ後で荷物取りに来たときに言えばええか」と思い、荷物の持ち主に断りを入れることもなく、そのままガタガタと机を動かし始めた。

そのとき、後ろから、「すいません、それ、僕のです。」という声が聞こえた。

少しギクッとした私が振り向くと、そこには若い男性が立っていた。しかしこの男、ただの「若い男性」ではない。

180㎝は優に超えているだろうという背丈で、細くしなやかながらも男性らしい骨格を強調するような、ややオーバーサイズの、いかにも質のよいワークシャツとチノパンを身に付けている。自然なカールのかかった柔らかそうな栗色の髪はピタッとまとめ上げられ、それが端正な顔立ちをよりいっそう際立たせていた。

この喩えが合っているんかわからんが、「メンズノンノの権化」のような男性だった。

明らかに見目のよい男性に一瞬ひるんだ私だったが、すぐに我に返り、「あっ、すいません、ちょっと机動かしたいんですけど…」と言った。

するとメンズノンノは目を細めてフッと笑い、「全然いいですよ。どうぞ使ってください。」と言って、机の上の鞄を持って立ち去った。

「あっ、ジャケット…」という声にならない声は届かない。私はメンズノンノのジャケットがかけられた椅子の背をギュッとつかんだまま、彼の広い背中が人込みに消えるのを見つめていた。


その後、私は仲間たちとゲームに興じていた。一体何のゲームをしていたのかはまるでわからんし、ひょっとしたらそもそもゲームなんてしていなかったかもしれない。とにかく私は仲間たちと机を囲んで座っていた。私は数十分前までメンズノンノが着席していたであろうまさにその椅子に座り、その椅子に忘れられていた彼のデニムジャケットをなぜか勝手に着ていた。

ゲームに参加しているようでもなんとなく上の空で、ただひたすらにぼんやりとしていたら、誰かが私の肩をちょんちょんと小突いた。

振り返ると、メンズノンノが立っていた。

私は罰の悪さでバネが弾けたように立ち上がったが、メンノンはそれを制して私を座らせ、黙って微笑んだ。

突然、彼の細くて長い指が私の方に伸びてきて、私は思わずゴクリと唾を飲む。

メンノンの手は、そのまま私の手首の方まで伸びていき、私には大きすぎたデニムジャケットの袖口を丁寧に捲って、私の手が出るようにしてくれた。

意図を図りかねた私がおずおずと彼の方を見やると、彼はとんでもなく優しい目で微笑んでいた。それはもう、初孫を見守るかのような優しくて温かい眼差しだった。

メンノンは次に、お尻のポケットから何かをゴソゴソと取り出した。小さな箱だった。その中から棒状に巻かれた何かを取り出し、先端にライターで火をつけ、それを私の顔の前に差し出した。どうやらタバコのようだった。

私には喫煙の経験がないので正直ものすごくとまどったが、メンノンの方を見ると、やはりめちゃくちゃ優しい目でこちらを見つめているので、なんともいたたまれなくなり、おずおずとそのタバコをくわえ、煙を大きく吸い込んだ。

甘ったるい。作り物の果実みたいな匂いが体中に広がる感じがする。私にとっては初めてのタバコだったので、「タバコってこんなんなんやなあ」と思った。

夢の中ではとにかくそれはタバコだとされていたからタバコだと信じていたが、たぶんタバコではなかった気がする。だってなんかすごい紫色やったし。やわらかくてグデグデやったし。葉っぱを紙で巻いたものではなくて、なにかテープ状のやわらかい紫色の物質をぐるぐると巻きつけてまとめたものだったと思う。

これはあれだ、「バブルテープガム」だ。

画像1

メジャーみたいな容器に入った長いガム。テレビ大阪でポケモンとか見てたらよーコマーシャル流れてたやつ。着色料いかついからってお母さんはあんまり買ってくれんかったやつ。

なぜだかわからないが、メンノンはバブルテープガムを丸めたやつに火をつけて私に吸わせたのである。

冷静に考えてみると相当バグっている。バグりたおしている。しかし、素敵な異性がとにかく優しい目で私を見つめながら甲斐甲斐しくかまってくれるというのは私の人生ではめったに起こり得ないことであるため、私は妙なくすぐったさを感じると同時に温かい心地よさも感じ、その状況にただ甘んじていた。


なんかわからんけど、ちょっと幸せかもと思っていたら、目が覚めた。少し汗をかいてジトッとした自分の肌に触れる。メンノンは、いない。

夢の中で得られたささやかな幸福感と、それは現実のものではないんやぞという虚しさ&切なさが、かわるがわる私の心を駆け巡る。

見ず知らずの人に優しく扱われる心地よさ。自覚はなかったが、私はあんなふうに優しくされたいのか?と思って少し恥ずかしくなる。


ぼんやりとしながら朝の支度をしつつ(朝ではなくてすでにだいぶ昼だったが)、ふと考える。

結局のところ、メンノンとは誰だったのだろう。

夢というのは自身の潜在意識を投影したものなのだから、夢に出て来た以上、私がまったく知らない人物ということはないだろう。私がどこかで出会った人、あるいはその断片的な記憶や私の理想を組み合わせて創り上げられたキメラのような存在かもしれないが、いずれにしたってモデルになった人物がいるはずなのだ。

私はだいぶメンノンのことが気になってしまっていたし、彼に対して淡い恋心を持ち始めていたと言ってしまってもいいかもしれない。しかしその対象はいったい誰なのか、そもそも実在するのか。この気持ちをどこにやればいいのかとモヤモヤしていた。

これはナイトスクープに送るしかないかもしれんぞ、と関西人の入門書第3講に書いてありそうなことも考えていたが、戯れにGoogle先生に相談していたら、答えは案外簡単に見つかった。


宮沢氷魚さんに似ている気がする。

……うむ。確かにそうだ。首長い感じとか、色素薄い感じとか、かなり似ている気がする。もともとあまり知らなかったが、なんかで見かけてちょっといいなと思ったことあったし、きっと彼がモデルになっていたんだ。なるほどなるほど。……えっ、何この子、お父さんTHE BOOM……?!天国じゃなくても、楽園じゃなくても、あなたに会えた幸せ感じて、風になりたい?!?!しかもサンフランシスコ出身で英語ペラペラ?!なんやそれは!……やはりあれは完全に宮沢氷魚だった。もうモデルとかやない、本人や。そんな気がしてきたぞ。もうそういうことにしておこう。

そうして、私は宮沢氷魚のインスタをそっとフォローした。

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