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視覚的な構図

以前から葛飾北斎作の浮世絵 冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の構図が気になっていたので少し深掘りしようと思います。

葛飾北斎 作 冨嶽三十六景 
「神奈川沖浪裏」 

小学生のころ、浮世絵三大巨匠展という博物館の特別展示で実物を見たことがあります。北斎の「冨嶽三十六景」(全46枚) や歌川広重の「東海道五十三次」(全55枚) などが一度に見れて、とても豪華な展示でした。

身近なものでは、2024年7月より発行された新しい千円札の裏側デザインに起用されています。財務省のHPにデザインの選定理由が記載されていました。

青色の千円券には、日本を代表し国民にも馴染みの深い「富士山」をモチーフとした富嶽三十六景・神奈川沖浪裏としています。本図は、江戸時代の浮世絵師葛飾北斎の代表作で知名度も高く、世界の芸術家に影響を与えた作品でもあります。

https://www.mof.go.jp/faq/currency/07aq.htm より
https://www.npb.go.jp/ja/n_banknote/design01/より引用

また、日本のパスポートの査証ページにも冨嶽三十六景が採用されています。セキュリティ対策に初めて芸術作品として採用され、2020年版から登場しています。私は2018年にパスポートを更新したので、このデザインのものは所持していないのが残念です。

【世界最強】日本のパスポートの歴史や冨嶽三十六景の新デザインの特徴を外務省に聞きました -OnTrip JAL

何故この北斎の浮世絵は過去から現在に渡ってたくさんの人々を魅了しているのでしょうか?きっと黄金比も関係するだろうなと思い図書館で本を探してみたところ、「新装版 続 黄金分割 日本の比例 法隆寺から浮世絵まで」という書籍に詳しく記載されていました。この本をメインに引用しながら検討しようと思います。


黄金比は線分を2つに分け、短い部分と長い部分の長さの比が、長い部分と全体の長さの比に等しくなるようにしたときの比で「1:1.618」という比率です。

自然界や絵画、建築物、企業のロゴなどにも見られる黄金螺旋

話は少しそれますが、日本では6世紀仏教伝来の頃に、寺院の建築に必要な技術として1:√2の比例法が適用されていました。黄金比が日本へ流入したルートについて詳細は不明ですが、室町時代に中国を経由して日本へ伝来されたのではないかとのことです。(ヨーロッパ→ペルシア→中国→日本へ)
次は北斎の浮世絵の構図に着目したいと思います。

富嶽三十六景のいちじるしい特色の一つは北斎の独特の空間構成であって、空間概念の無限界な東洋画の伝統的なそれとも異なり、また視覚的な遠近法の約束に縛られた西洋画の透視的空間とも異なる、極めて自由な、強いていえば両方をたくみに折衷利導した、一種の合成様式である。特に空間の3次元的ひろがりについては深い配慮がめぐらされ、そのため種々の技巧を用いている。

柳亮「新装版 続 黄金分割 日本の比例 法隆寺から浮世絵まで」P127 

また、コンパスと定規で明確に測ることのできる北斎の作品の具体例として、図を用いて「神奈川沖浪裏」が説明されていました。

北斎は前述したとおり、大小の円弧の複合で牛馬の形態を簡単に描く法を、彼の絵手本の中で教えており、コンパスの使用も自由自在であったに違いないが、肝要なのは定規やコンパスの使用そのことでなく、それによって作りだされた幾何学的フォルムの端正な美しさを熟知していた点で、冨嶽三十六景の図取りに黄金率を導入した意図も、この比例のもつすぐれて美しいダイナミックな性格を、主題の富士の表現に最もふさわしい最高の比例を感じとったためであろう。北斎の偉大な直感力が、そこにはっきり看取されるのと思うのである。

柳亮「新装版 続 黄金分割 日本の比例 法隆寺から浮世絵まで」P143

黄金比が日本に伝来したと推測されるのが室町時代、北斎が浮世絵を描いた時代が江戸後期と考えると、北斎は何らかの形で黄金比の知識を習得し、浮世絵に反映させたと思われます。この本は浮世絵以外にも能面や五角形と家紋、茶道の茶席等が取り上げられ、日本の生活様式にも黄金分割が浸透していることが分かるので興味深かったです。ちなみに同じ著者で西洋の比例の構図を考察した本もあり、人々を魅了するものには黄金比のような比例が多用されているのだと改めて実感しました。



【余談】

ここからは完全に余談です。
この富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」を少し深堀りしようとおもったきっかけは、好きな曲《摩天動物園 City Zoo》のミュージックビデオに「神奈川沖浪裏」のデザインが取り込まれていたことが理由です(一瞬ですが0:35あたり)。やけに目を引くなと思ったので構図を調べてみたら黄金分割が使われていました。

G.E.M.鄧紫棋は香港出身で、中華圏を中心に活躍しているトップ歌手です。高音ボイスが美しく、ラップもできて歌唱力抜群で作詞・作曲も自身でこなします。《光年之外》という映画「Passengers」の中国語主題歌はyoutubeで2.8億回も再生されています。

今回取り上げる2019年12月に発表された《摩天動物園 City Zoo》という曲ですが、ミュージックビデオの監督に世界的な賞を数々受賞している廖人帥を起用しています。有名なロケーションや絵画、映画、童話、建築物、歴代のアーティストに敬意を示す形でアルバムジャケットのオマージュをふんだんに使っている映像で、そのインスパイアされた作品は以下のように発表されています。

・有名なロケーション
《金字塔》ピラミッド
《HOLLYWOOD》
《大笨鐘》ビッグ・ベン

・トリビュート作品
Joy Division《Unknown Pleasures》
《Apple Logo》
Nirvana《NEVERMIND》
葛飾北齋《神奈川沖浪裏》
Ang Lee《Life of Pi》
Pink Floyd《The Dark Side Of The Moon》
Grant Wood《American Gothic》
Charles Lutwidge Dodgson《Alice in Wonderland》
Movie《King Kong》
Green Day《American Idiot》
Marilyn Manson《Holy Wood》
Movie《The Texas Chain Saw Massacre》
The Beatles《Abbey Road》
Sculpture《Athena》
Aesopus moralisatus《The Tortoise and the Hare》
Michael Jackson《Dangerous》
Nirvana《In Utero》
Movie《神さまの言うとおり》
Metallica《Master Of Puppets》

https://youtu.be/gjts8jLn3Xw?si=g1A-_qM4Mf1S620Rより引用

4年前に初めてミュージックビデオを見たときの感想は映像がきれいだな程度だったですが、今もう一度見てみると気になる点がたくさん出てきました。知識が増えて視点が少し変わったのかもしれません。


「神奈川沖波裏」の他にもAppleのロゴやピラミッドは黄金比と関係がありますし、なぜか不思議の国のアリス、映画「ライフオブパイ」、女神アテナも使われています。紫色の旗を持っているのは おそらく"鄧棋" だからでしょう。
Michael Jacksonの《Dangerous》のジャケットのデザインは中華風にアレンジされ、中央には鳳凰(フェニックス?)が目立ちます(3:27〜)。3本の柱も見えるような。

歌詞にはエデンの園や多くの動物も登場、社会風刺やブラックユーモア溢れる部分もあり…

これは自分の考察ですが、終盤にG.E.M.の顔の周りを蛇が回る映像は、歌詞の ”終わりのない円を描く” を表していて、この蛇は歌詞の序盤にでてくるエデンの園にいた蛇だったのでは?など勝手に推測しています。

他にも気になる点がいくつかあってまだ書けそうですが、長くなりそうなのでこの辺で終わります。気がつくと面白いですね。