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匂いと嗅覚

「匂いが命を決める」という本をタイトルに惹かれて読みました。個人的に気になった文章を引用していくつか紹介します。

視覚に関しては、人はたった三種類の受容体だけですべての可視光線を識別している。すべての光は、素早く、あるいはゆっくり振動する波形からできていて、それが異なる色のイメージを作り出している。
ところが嗅覚の場合は事情が大きくちがっている。匂い分子は一つひとつが、ほかの分子とはまるで異なる特殊な化学構造を持っている。人の嗅覚受容体が、たったの三種類どころか四〇〇種類近くあるのはそのせいだ。さもなければ、何百万種類もの異なる匂いを識別して嗅ぎ取ることはできないだろう。そして嗅覚受容体の大部分は、さまざまな匂い分子を検知することができる。

ビル・S・ハンソン 「匂いが命を決める」P6~7

興味深いことに、研究対象とした生物のほとんどの(植物は除く)嗅覚系の基本的構造はたいへん似通っていた。嗅覚受容体をもつ抹消神経はほぼ例外なく神経細胞の小さな球体へ収束し、最終的に情報は脳の特別な部位へと伝えられる。ハエと人のように、明らかに異なる動物が、まったく同じ構造の嗅覚系をもっている。

ビル・S・ハンソン 「匂いが命を決める」P8

自分の匂いを消しー別の香りをまとうためにーわたしたちが年間にかける金額の大きさから考えても、適切な匂いを放ち、その匂いを嗅ぐことが、多くの人たちにたっていかに重要な意味を持っているかがわかる。重要だからこそ、香料産業は年商数十億ユーロ規模の産業に発展したのだ。おそらくあなたは、自分で購入する香水やスキンローションの香りにはいつも気づいているだろうが、その背後でずっと稼働し、ほぼすべての消費財やあなたを取り巻く環境に、かすかな匂いをつけている巨大産業はほとんど気づいていない。

ビル・S・ハンソン「匂いが命を決める」P40

世界最大の産業の一つが目指す唯一の目的は、人に人間以外の匂いをまとわせることだ。

ビル・S・ハンソン「匂いが命を決める」P294


ヒトだけではなく、犬や鳥、昆虫、魚といった生物の嗅覚の様々な事例がたくさん紹介されています。特に私は12章の植物は匂いがわかるのか?に関心を持ちました。

また、この本ではEノーズという言葉が取り上げられています。Eノーズとは人の嗅覚に近いセンサーシステムのことです。ネットでも検索すると分かり易くまとめられていました。

「電子鼻(e-Nose)」の目指すところは、ヒトと同様に「におい」を識別する機能を備えており、なおかつ「悪臭」や「香り」などの臭気をリアルタイムで検知して認識するシステムである。もちろん、ヒトの嗅覚と類似の高度な機能を備えたシステムはまだ実現されていない。

 現在の主流となっている電子鼻は、ガスの種類によって応答の異なるセンサーをアレイ化したセンサーアレイ集積化チップと、センサーアレイチップの出力を分析して「におい」として認識するコンピューティングユニットで構成したシステムである。分析と認識には、多変量解析や出力アレイのパターン認識などが使われる。また最近では、多変量解析やパターン認識などに機械学習が活用されている。

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2305/23/news067.htmlより引用

市場シェアをみても、今後さらに成長する可能性のある分野であるそうです。


<Eノーズの市場>
・飲食産業(品質管理)
・農林業(品質管理、害虫・農薬の検知)
・医療(がんや感染症の診断)
・屋内外の環境監視 など

しかしそんなEノーズにも課題があります。

いちばんの問題は、自然界の本物の嗅覚系に匹敵するほどの感受性はまだ実現できていないということだ。もう一つの問題は、科学的に類縁ではないが関連性が非常に高い多数の分子を検知するシステムの実現が困難であることだ。

ビル・S・ハンソン「匂いが命を決める」P294

AIと組み合わせることによる将来性についても記載されていました。

Eノーズについては、機械学習とAIが将来的に重要な役割を果たすことになるだろう。ひょっとすると、それらのシステムを利用することにより、非常に多くの情報源(嗅覚受容体)からの情報を組み合わせて、特定の匂いの形態を作り上げる脳の働きに似せた機能を、Eノーズも持つようになるかもしれない。
匂いによる行動操作に関しては、香料産業と食品の匂い産業が将来の成長を続けると確信している。

ビル・S・ハンソン「匂いが命を決める」P306


五感の中では視覚や聴覚が何かと話題になることが多いですが、嗅覚も結構大事だと思いました。駅前のパン屋の美味しそうな香りにつられて、買うつもりがなかったのについクロワッサンを購入してしまったことがありますし、匂いが人の行動操作に利用されるのも納得です。これは実体験かつ余談ですが、ファスティングを3日間ほどした時、その間は嗅覚がかなり敏感になりました。

五感のうち嗅覚による刺激は、他の感覚とは異なり、視床を経由しないで感情や本能を司る大脳辺縁系に直接送られるため、嗅覚は原始的や本能的な感覚と言われることがありますね。Eノーズが疾病の診断やセキュリティーシステムなどで役立つのは良いことかもしれません。しかし、今後さらに技術が向上して、ヒトと似たような高度な機能を持ち合わせるくらいにEノーズが到達した際、何かに悪用されることもあるのではないかと私は少し心配にもなりました。まだ匂いをデジタルで転送する方法が無いため、当分先の未来の話であるとは思いますが…

生物が生きていくうえで嗅覚はなくてはならない感覚であるとより考えさせられる一冊となりました。