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信じやすい夫と桃白白と骨が折れた話

 うちの夫くんは人の話をすぐに信じる。これを覚えておいた上でぜひこの話を最後まで読んで欲しい。

 例を挙げよう。先日夫くんが地域限定のじゃがりこをもらってきたのだが、もらってきたことすらすっかり忘れている様子だった。そしてしばらく経ったある日「そういえばあのじゃがりこどうしたっけ?」と聞いてきたのだ。妻は平然と答えた。「やだあ~、この前映画見ながら一緒に食べたじゃん! 美味しかったよねっ!」「あ~、そういえば食べたね! 美味しかった美味しかった」
 ……皆さんもうお分かりだろう。この話のオチはどうせ夫くんは忘れているだろうと思って妻が一人でバリバリと食べてしまったというやつだ。しかしこの夫くんは自分も食べたという事実を疑いもしない。かわいそうに。私はそんな夫くんに起こった悲劇を誰かに聞いてもらいたくてこの話を書いている。

 さて、本題に入る。皆さんはバランススクーターに乗ったことがあるだろうか? あのセグウェイの棒がない感じのやつ。ハンドルとかはなくて自分の重心を移動させることで走行してくれるやつだ。数日前のこと、都内某所に住む某家族はそのバランススクーターで遊んでいた。

 コツさえ掴めば子供でも簡単に乗れるこのバランススクーター。しかし初めて乗る時は勝手がわからない。今回初めて挑戦するうちの夫くんはへっぴり腰で手すりにしがみついていた。まるで初めてのスケートで「一人じゃ転んじゃう~~! コワーイ!」と脚を震わせる少女漫画のヒロインのようだ。

 これが本当に少女漫画ならばこの後イッケメンが颯爽と登場して「大丈夫?」とヒロインに手を差し出し、さらには倒れ込んだヒロインを抱き留めるなどのドラマチック展開が目白押しだろう。しかし残念なことにこの夫くんが一緒に来たのは妻だった。しかも無駄に煽る系ニヤニヤ妻。煽り妻は言った。
「あらあら、そーんな赤ちゃんでも乗れるようなオモチャにも乗れないのお? プークスクス」

 妻に煽られた負けず嫌いの夫くんは背筋をピンと伸ばし直立の体勢で手を後ろに組んだ。バランススクーターはそのまま真っ直ぐに進む。おっとなんだか既視感があるぞ、その姿。妻はハッとした。桃白白……これは自分の投げた円柱に乗っているタオパイパイでは!?

 皆さんはご存じだろうか、ドラゴンボールに出てくる世界一の殺し屋のことを。長い三つ編みに鼻の下にひげをたくわえたピンクの服を着たオジサンのことを。自分が投げた円柱に飛び乗って移動するのは物理的にありえるのか? という話でも有名なあのシーンのことを。ちなみに「若者にDBで例えても通じないからやめろ」というツイートが最近バズっていたが私はやめない。それがオーバーサーティのアイデンティティだからだ。

 話がズレたが、円柱のごとく安定して水平に動くバランススクーター、そして桃白白氏スタイルの夫。顔は悟空の元へ向かうタオパイパイのごとく真剣そのものだがスピードはかなり遅い。
 だめだ、うwwwけwwwるwwwwwwwwwwwww煽り妻は腹を抱えながら「大丈夫ですかぁ、タオパイパイさーん」「その調子で孫さんの所に到着するんですかあ~?」と声をかけた。悔しそうな夫くん。「クソッ、動力なんていらない。俺は自分の力で風になる! タオパイパイだって本当は円柱に乗る必要などない!」とバランススクーターを乗り捨て、インラインスケートに履き替えると得意顔でシャーシャーと走り始めた。小学生に混ざって気分は風になっている。しかしおじさんはどうして後ろ手に手を組みたがるのだろう。結局履き替えた所でタオパイパイに見える。まあ、いいか、と妻はしばらく放っておいた。

 そしてここから物語は急展開を迎える。しばらくすると、夫くんは神妙な顔をして帰ってきた。

「どうした? 風はもういいの?」
「うん、ヤッチャッタ……」
「ん?」
「手首、やっちゃった」

 見ると夫くんの手首が変な形になっているではないか!!! 獲物が喉元でつっかえている蛇みたいに手首が膨らんでいるのだ。妻の目玉は飛び出した。
「ナニコレ!!!!!?」
「指が動かない……超痛い」
「なんでそうなった!?」
「転んじゃった………あとなんか立ちくらみもする。折れてるかも」
「座れ!!!!!」

 さっきまで内股でプルプルしていたヒロインはとんだドジっ子だった。まったく、お前は目が離せないな、コツン☆いった~いテヘヘ☆★  ではすまない事態だ。いい大人なので泣くにも泣けず平静を装っているが夫くんの顔は青ざめ、指先も震えて青黒くなっている。これは即病院案件だろう。すぐに連れていかなければ!! えっとえっと、こんな時まず最初にどうしたらいいんだっけ? 無知のためネットで応急処置について調べる妻。
 そうか固定だ、固定!! と、とりあえず車にあった救急袋から包帯を取り出し夫くんの手をグルグル巻きにする。妻は幼い息子二人と夫くんを車に詰め込み休日診療を行っている病院を探し電話をかけまくった。

「うちの夫くんの! 手首が!! 大変なんです!!!! 見てもらえませんかあばばばば」
『落ち着いて、状況を教えて下さい』
「えっと、えっと」

 ちらりと見ると、夫くんは痛みのせいなのか険しい顔で包帯を巻いた腕を顔の前に掲げ、もう一方の腕でそれを支えながら苦悶の表情を浮かべている。心臓より高い位置に上げた方がいいという情報を読んだ私がそうしろと言ったのだが、その姿にもなんだか既視感がある。
 あれだ、『鎮まれ!  我が封印されし左手よ!!』のポーズだ。漆黒の闇から煉獄の炎を纏いし龍を召喚しそうなやつだ。でもツッコんでいる余裕はない。そしてここで満を持して二匹の龍が登場してくる。
 「ママーおなかすいたー! ごはんはー?」
 「パパどうしたのー?」
 事態がよくわからない状態で遊びを中断された幼い息子達……。彼らの不満と無邪気な好奇心が夫くんを襲う。
 子「ねえねえ、ママだれとでんわしてるのー?」「この白いのなんでまいてるのー?」「パパーーー! ねーパパーーー!!」
 夫「ぎゃあああああーーーー!!!!!!」
 多分手首を触られたのだろう。自ら召喚した双龍に襲われた夫氏の雄叫びが車内に響く。もううるさすぎて電話が聞き取れない。電話が終わっても双龍の勢いはとどまることを知らなかった。
 子「おーなーかーすーいーたああああ!!」「もっとあそびたいーーー!!」
 母「ごめん、パパが怪我しちゃったんだよ。グミあげるからちょっと我慢して」
 子「わかった」「ずるいーー! にいちゃんのグミの方が大きい!!」
 母「いや、二人ともおんなじ袋だから!!!」

 子「グミだけじゃ足りない!!」
 母「じゃあポテコもあげるから」
 子「わかった」「ずるいーー!! 弟の方がぐーだ! ちょきだとまけちゃうじゃん!!(外袋がじゃんけんのデザインだった)」
 母「いや、中身はおんなじだから!!!」

 もう駄目だ。阿鼻叫喚とはこのことだ。この双龍はとにかくすぐ喧嘩するのだ。先ほどの電話でなんとか診てもらえる病院を見つけたが、このパワー漲る暴れ龍を連れて病院に行くかと思うと背筋がゾッとする。妻は夫くんに言った。
「ねえ、この子達連れて病院で待つのは無理じゃない……? 病院の前まで行くからなんとか一人で行けない?」
 しかし、攻撃をまともに食らい意気消沈している夫くんのライフはもうゼロだった。
「いや、無理。この手では扉も開けられない……」
 と首を横に振る。そうか……そうだよな…………

 いや、なんでだ。

 怪我をしているのは片手だけなのに。病院は自動扉だし診察室だって看護師さんが開けてくれるだろうに。扉は扉でも、お前は封印されし魔界の扉でも開けるつもりなのか? しかし優しい妻は心の中でツッコミを飲み込んだ。いや、わかるよ。人間だれしも怪我や病気で心細い時は誰かに一緒にいて欲しいものだもんね。仕方がない……こうなったらもう全員で立ち向かうしかない!!!!

 病院に到着し、受付を済ませ、我々は順番を待った。夫くんはなんだかぐったりしているし、もしこのまま手首が動かなくなってしまったらどうしよう、と妻も段々と不安になってくる。そしてここでまた冒頭のタオパイパイが頭に浮かんできた。タオパイパイ、確か悟空にやられてあの後サイボーグになるんだよな…………手首を外してなんかサイコガン的な何かを出すんだったかな……いや、違うな、あれはコブラだったか? 万が一夫くんがそうなったら……いやなるわけないわ、違法だ違法。と、妻もまた険しい表情で無駄で無益な想像を巡らせていた。さらには暇を持て余したうちの暴れ龍達が他の患者さんに話しかけたり、お遊戯会の歌を歌い始めたりと散々だったがそこは割愛する。

 そんなこんなでようやく順番が来て、お医者さんに言われた言葉がこちらだ。
 
「あ~、転んだの? ひどく腫れちゃってるね!」
「そうなんです。痛いし指が動かないんです。完全に折れちゃってますよね……?」
「う~ん、でも、折れている感じじゃないんだよな……腫れているだけじゃないかな? 今日は詳しく検査できないけど、まあ、このくらいなら大丈夫だよ。湿布して固定して安静にしておいてね。ヒビが入ってるかもしれないから明日もう一度近くの整形外科にでも行ってみて。湿布と痛み止め出しておくからね」

「………………はい。アリガトウゴザイマシタ……」

 パタンと診察室のドアを閉じた夫婦の間には気まずい沈黙が流れた。こんなに大騒動だったのに……


 腫  れ  て  る  だ  け  か  い  !!!!!!!!

 
 先に沈黙を破ったのは夫くんの方だった。
「なんかごめん…………折れてないって聞いてホッとしたら……さっきより指が動くようになったかも」
「やだ~~~!! 何それ!!!」
「いやあ、我ながら慌てすぎたなあ!! よく考えたら転んで手をついたくらいでそんな簡単に骨折しないよな! 俺まだ若いし、毎日ジムで鍛えてるし」
「もう、心配させないでよ! 何あの神妙な顔! ワッハッハッ」
「妻だって、さっきは神妙な顔してたじゃん!!」
「あ~あ、なんか安心したらお腹空いてきたわ~」
「よし、何か買って帰るか!!ワーッハッハッハッ」

 
 ……勘のいい方ならそろそろ気付いていることだろう。この話のタイトルである『骨が折れた』という意味を。夫くんじゃなくて妻の方が『骨折り損のくたびれ儲けだった』ってオチか〜〜い! ということを。
 帰ってから湿布を貼り、夫くんも痛いとも言わないので妻はすっかり一件落着したつもりでいた。


 だがしかし話はこれで終わらない。翌日念のために病院に行った夫から昼休みにメールが届いていた。

「病院行ったんだけど……腫れじゃないって。しっかり折れてるって……」
「えっ!!!!?」

「明後日から入院で手術だって……」
「ほあっっ!!!!!?」
「痛くないと思ってたけど、やっぱり…………なんか痛い気がしてきた……」


んもおおおおおおお!!!!!!何なのよおおおおおおお!!!!!!


夫くん、手術中です。←イマココ





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