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川を挟んで向かい合う街〈前編〉 ドーヴィル

橋を渡れば別の街。
右手がドーヴィル、左手がトゥルーヴィルだ。
駅名もTrouville-Deauvilleとなっており、どちらも譲らない。

フランスの海浜リゾートといえばニースを中心に地中海沿いの街が有名だ。
その名もコートダジュール(紺碧海岸)。
見よ、この青さを!

8ニース (25)

南仏はもちろん素晴らしいのだけど、パリからはやはり遠く離れている。
ドーヴィルはパリから200キロ、鉄道で2時間くらい(19世紀には3時間かかったようだ)。
東京から熱海に行くようなものだろうか。

ドーヴィルでは1860年代から海浜リゾートとして開発がおこなわれ、上流階級が競うようにヴァカンスを楽しんだ。
パリには20の区があるが、パリから多くの人が訪れたため、ドーヴィルはパリ21区とも呼ばれた。

19世紀まで、旅は行く人と行かない人に分断されていた。
旅は、時間と財布に余裕のある人たちだけのものだった。

大衆観光の誕生によって、旅は民主化される。
ヴィンフリート・レシュヴルクの『旅行の進化論』によれば、ドイツ・ハノーバーの王は「靴屋や洋服屋がみんな、余と同じスピードで旅行できるなどいやなことだ」と述べたという。

豊かな者とそうでない者は、もはや旅に行くかどうかではなく、どうやって行くか、どこへ行くかによって区別されるようになる。
ファーストクラスとセカンドクラス、プライベートビーチ、会員制ホテル・・・。

観光地にも「階級制」があらわれ、ジョン・アーリはそれを「社会的色調」と呼んだ。
ドーヴィルは典型的な上流階級向けのリゾートとして発展してきた。
その「社会的色調」は今でも色濃く残されている。

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ヨット、カジノ、乗馬、テニスなど、上流階級向けのレジャーが勢ぞろいだ。
日本で言えば逗子と軽井沢があわさったような感じか。
ホテルにチェックインする際、「プールのご利用は?」と聞かれ苦笑するしかなかった。
プールサイドでカクテルを、なんていう習慣は残念ながら身につかなかった。

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街にはルイ・ヴィトンをはじめ高級ブティックが並ぶ。
『地球の歩き方』によれば、パリよりもドーヴィルの方がゆっくりと買い物ができるとのこと。
なお、シャネルの一号店はドーヴィルだそうだ。

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朝、散歩がてら海に行ってみた。
浜辺には誰もいない。
オフシーズンだとはいえ、本当に誰もいない。
ちょっと怖いような、得したような。

自分だけが、この景色を見ている。
自然と対峙するロマンティックな喜びをジョン・アーリは「ロマン主義的まなざし」と名づけた。
孤高の感覚が特徴だ。
他方、その場所に他の観光客もいることが生みだすような欲望を「集合的まなざし」と呼んだ。
にぎわいを特徴とする。

ドーヴィルは、上流階級がロマン主義的まなざしを求めて開発してきた街だ。
しかし遠浅の浜は無限に広く、押し寄せる人びとをいくらでも収容することができた。
逃げる上流階級と、追う大衆。
そういう攻防がこの街にもあっただろう。
そこに、シーズンという要素はどう絡んでくるんだろうかと、ふと思った。
閑散期の観光地。
そんなテーマもありかもしれないな。

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水は冷たかった。
ハイシーズンにまた来よう。

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