ノスタルジック・ノルマンディー
ドーヴィルとトゥルーヴィルは共にノスタルジーの街だといえる。
ただし二つの街が懐古する時代は少し違っている。
ドーヴィルが回帰するのは中世だ。
景観は木組みの牧歌的なデザインで統一されている。
街が発展したのは1860年代以降のことだ。
中世の建築物が保存されているのではない。
近代になって「新築」された中世の街なのだ。
社会学的に言えば、伝統は近代によって乗り越えられ、捨て去られるのと同時に、近代そのものによって呼び戻され、再構成される。
イギリスの歴史家エリック・ホブズボウムはそれを『伝統の発明』と呼んだ。
この街のローカルで伝統的な町並みは、まさしく近代に産み落とされたものである。
駅舎についてはすでに述べた。
中心部を目指しながら歩いてすぐ目に入るレストランがこれだ。
ホテルもこれ。
魚市場がこう。
デパートもこう。
町全体が建築博物館のようだ。
歴史テーマパークといってもいい。
歴史上いちども存在したことのない「あの頃のドーヴィル」がここでは再現されている。
あざとい感じはそれほどしない。
うまくつくられているとも言えるし、つくり込みが徹底しているとも言える。
外観は木造「風」だが、構造としてはレンガや鉄筋コンクリートだ。
ファサードのみを「昔風」に装うポストモダン建築を、地理学者のエドワード・レルフは「かわいい嘘」と呼んだ(『都市景観の20世紀』)。
観光には、このような「かわいい嘘」が溢れている。
他方、トゥルーヴィルにおけるノスタルジーの対象はベル・エポックだ。
近代そのものへのノスタルジーといってもよい。
19世紀末から第一次大戦まで、パリは全盛期を謳歌した。
パリの輝きはトゥルーヴィルにももたらされた。
Belle Époque、つまり良き時代。
ヨーロッパの人びとにとっては、二つの破滅的な戦争が起こる前の時代、という意味もあるのだろう。
特にここノルマンディーは第二次大戦の激戦地でもあった。
麗しきあの頃。
未来がただただ輝いていた時代。
失われし過去へのノスタルジー。
上が1891年の写真。
下がいま。
あまり変わっていない気もするけれど。
こんなところにも、あの頃が。
ほらここにも。
そしてここにも。
1892年開業とのこと。
アメリカの批評家フレドリック・ジェイムソンは、ポストモダンに特徴的な時代感覚としてノスタルジーを挙げている(彼はそれを病理として捉えるのだが)。
歴史小説や歴史映画が過去を過去として描くのに対して、ノスタルジー映画は過去を「懐かしいあの頃」という「過去の感触」として描く。
ジェイムソンが例に挙げるのはジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』、ロマン・ポランスキー『チャイナタウン』、ベルナルド・ベルトリッチ『暗殺の森』などの映画だ。
日本でいえば、『ちびまる子ちゃん』や『ALWAYS 三丁目の夕日』を思い浮かべればわかりやすいだろう。
「懐かしのスタイル」。
ただの古い旅館ではなく、それを「懐かしい」という文脈に読み替えて消費する。
「昔ながらのしょう油らーめん」。
過去が価値を持つ。
Tradition is back!
伝統の回帰。
ノスタルジーを逆手にとった観光地としては、大分県・豊後高田市の「昭和のまち」や、福岡県・北九州市の「門司港レトロ」などが有名だ。
最近ではこの手の話題は「西武園ゆうえんち」が独占している。
https://www.seibu-leisure.co.jp/amusementpark/index.html
「写ルンです」の流行や、カメラアプリの「セピア色加工」などは、「今」を瞬間的に「懐かしい過去」へと変換する現代特有の現象なのだろう。
それは、nostalgiaをもじってnowstalgia(現在への郷愁)と呼ばれている。
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=Nowstalgia