この世で最も安全な場所
ノルマンディーの旅を無事に終え、ル・アーヴルからパリへと帰途につく。
収穫の多い旅だった。
ジヴェルニーやモン・サン・ミッシェルだけではないノルマンディーのさまざまな表情に触れることができた。
念願だったドーヴィルとトゥルーヴィルに行けた。
ル・アーヴルではクロード・モネが「印象、日の出」を描いたであろうとされる場所にも行くことができた。
ここから印象派が始まった。
いまとなっては面影もないけれど、とにかくここで始まった。
エトルタには行けなかった。
この風景を見てみたかったが、ル・アーヴルからバスで一時間かかると言われ断念。
機会を改めよう。
ノルマンディー上陸作戦の関連施設も行きたかったけれど、行く時間が足りなかった。
それもまた、次の宿題だ。
ポンレヴェックだのカルヴァドスだの創作料理だの印象派だのに大騒ぎしてみたが、ふと思う。
そうか、ここは激戦地だったのだ。そんな過去をまったく感じさせることなく、いまではフランスを代表するリゾート地となっている。
フランスの社会学者ジャン・クロード・コフマンの『女の身体、男の視線』は浜辺における女性のトップレスを題材にしたユニークな書物だ。
コフマンによれば、フランスにおけるトップレスは1960年代のブルターニュやノルマンディーで始まり、やがて時代の風潮になった。
トップレスは女性の自己肯定感、自然にふるまえる能力、自分の身体を自分が所有しているという感覚、性の解放を表現するものとして、フランス各地のビーチに広がっていく。
なんと快活で朗らかな話だろうか。
他方で、ここは第二次大戦の激戦地だった。
いまも、ここで命を落とした戦士たちの家族が、故人を偲んで訪れるのだという。
弔いの旅だ。
戦争マニアや、好奇心旺盛な観光客たちもまたやって来る。
それは、ダークツーリズムと呼ばれる。
光を観る観光ではなく、闇を観る観光。
世界の暗部すらもまなざそうとする、人間の尽きることのない欲望。
パリに戻る列車のなか。
充電もできるしWifiも安定している。
調べていて、初めて知った。
コタンタン半島のラ・アギュには核燃料再処理工場があるのだという。
世界の使用済み核燃料の約半分がここに運ばれる。
日本からも運ばれている!
フランスは世界有数の原発大国。
Googlemapでラ・アギュを調べてみた。
衛星写真にはモザイクがかかっていて、詳細を見ることはできない。
ここではまなざしが遠ざけられている。
観ることが禁じられている。
ラ・アギュにミサイルが放り込まれようものなら、ノルマンディーは一発で終わるだろう。
いや、フランスが、ヨーロッパが一瞬にして終わってしまうだろう。
最高レベルの防衛網が張り巡らされている。
だからここはおそらく世界で最も安全な場所だ。
これがこの世界の現実だ。
素知らぬ顔で周囲には牧草地が広がり羊や牛が飼われている。
ジャック・ドゥミが監督の『シェルブールの雨傘』で知られるシェルブールまで、ラ・アギュからは車で15分ほどだという。
モン・サン・ミッシェルもすぐ近くだ。
これもまた、この世界の現実だ。