ショートショート|スーパーカブに乗ったヒーロー
純が眠ってから、3日が過ぎた。
「理恵、行ってくるね」
あの日、いつも通りに家を出た純が、交通事故に遭ったと連絡が来たのは、それから30分後のことだった。
横断歩道を歩いていて、車にはねられたというのだ。
「純は……夫は無事なんですか?」
『今、中央病院で治療中です』
治療中ということは、純は生きている。
もつれる脚を何とか進めて、病院に着いた時、彼はまだ手術室だった。
それ以来、ずっと眠り続けている。
◇◆◇
純の仕事は郵便配達。
赤いスーパーカブに乗れば、子供たちのヒーローだと、彼は時々、照れながら話してくれる。
「さくら幼稚園に行くと、俺のカブの音で、子供たちが出て来てさ、こんにちはって言うんだよ。もう、すっげえ可愛いの」
ねえ、あなたヒーローでしょ?
眠ってる場合じゃないよ。
小声で、でも必死に呼びかけても、彼は目覚めない。
純、起きて。
お願い、起きて。
おはようって、私に言って……。
◇◆◇
私が病院から許された面会時間は、一日わずか15分。それでも、流行病の現代では特例措置だという。
その15分のために、家を出ようとした時、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、制服を着た純の同僚が立っている。
「これ、お届けものです」
泣きそうな顔をして、彼が私に差し出したのは、大きめの茶封筒だった。
「純に?」
「さくら幼稚園で預かったんです。先生と子供たちから」
ありがとう。そう言おうとしたけれど、うまく声にならなかった。
私はその封筒を、病室で開封した。
純に知らせたかったから。
「ねえ、さくら幼稚園からお手紙来たよ」
声をかけながら、二つ折りの白い紙を取り出し、広げて。
……そして。
目の奥が、熱くなる。
紙の中央には、赤い帽子と黄色い長靴を着て、手紙を持ったミントグリーンの蛙が描かれていた。
にっこり笑う、蛙の郵便屋さんだ。
その周りを、色鉛筆で描かれた、たくさんの小さな絵が囲んでいる。
しっかりした年長の絵、塗りつぶしたような幼い絵。
すべて、蛙たちの笑顔なのだとわかる。
『いつもの郵便屋さんが事故と聞き、子供たちと祈りながら描きました。早く仕事に帰れるよう、カエルです。みんなで待っています』
先生の言葉が、左下に添えられていた。
やっぱり、あなたはヒーローだよ。
大切な祈りを、そっと純の枕元に置いて、心の中で語りかける。
赤いスーパーカブに乗ったヒーロー。
だから、早く起きなさい!
そう強く思った時、彼を呼ぶ子供たちの声が、どこかから聞こえたような気がした。
◇◆◇
病院からの電話が鳴ったのは、その夜だった。
『ご主人、目を覚ましました!』
看護師の声が、弾んでいる。
『意識もはっきりしてます。来られますか?』
純が、目を覚ました。
私が、わかるんだ!
純!!
今行きます、とだけ答えて、私はすぐに家を飛び出した。
子供たちの、そして、私のヒーローに会うために。
〔了〕
「ピリカグランプリ」に、たくさんのご応募と応援を、改めまして、ありがとうございました!
素晴らしい作品を100編以上も堪能できて、私自身、とても勉強させていただきました。
これからも、お互い、楽しんで書いていきましょう!
今回、皆様への感謝を込めて、審査員一同、同じ条件でショートショートを書きましょう、という話になりました。
私もノリ良く参加表明したのですが…。
ご応募いただいた皆様の熱意に、感動冷めやらぬ私は、
「やっべぇ、何も思いつかない!」という状態に陥ってしまいました。
文字数、お題、締め切りは決まっているのに、
お風呂に入っても、洗濯物を干しても、逆立ちしても(できないから妄想で)、何をしても物語が出てこない…。
すわ後夜祭辞退もやむなしか、というところまで追い詰められた私を、
救ってくれたのは、企画仲間のねじりさんのイラストでした。
この可愛い、かえるの郵便屋さんが、
「スーパーカブに乗ったヒーロー」を、私の頭の中に連れて来てくれました。
後夜祭に参加できて、改めて今回の企画にかかわってくださいました、
すべての皆様への、感謝の思いを強くしております。
本当に、本当に、ありがとうございました!
そして、これからも審査員一同を、どうぞよろしくお願いいたします。
2021年7月7日(七夕の日に) さわきゆり
※9月13日追記
この物語を、いぬいさんが、素晴らしい朗読にしてくださいました!
是非是非、聴いてみてくださいね!!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?