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【後半をお書き下さい】邪魔なら消してしまいましょうか
~登場人物~
長女・亜美(あみ)40歳
長男・樹 (いつき)38歳
次女・海香(うみか) 36歳 ※語り部
↑亜美、樹、海香は父の前妻の子供
次男・瑛介(えいすけ)32歳
三女・桜花(おうか)30歳
↑瑛介、桜花は父の後妻の子供
高速道路を降りてから、もう既に一時間。兄の樹が運転する車は、山道を通り抜けて、やっと目的地にたどり着いた。
「あのふたりは、まだ着いてないみたい」
助手席に座った姉の亜美が、冷たい口調で言う。
「先を越されるのは頭に来るから、ちょうどいいだろ」
それ以上に温度の低い声で、樹が返した。
長野の山奥にある、父の別荘。私が最後にここへ来たのは、もう二十年も前のことだ。どっしりとした二階建ての洋館は、私の記憶より、少しだけ大きく見える。
まだ六時前なのに、別荘の周囲は、だいぶ暗くなっていた。夏至を過ぎたばかりでも、山の夕暮れは、都会より早い時間に訪れるのだろうか。
「海香が、あのふたりじゃなくて、樹と私と一緒に来てくれたから、少し安心した。あんたの立場が、私達寄りだってわかったから」
車のドアを開けながら、亜美が私を振り返った。
「そうだよな、海香だけは俺達とも、あのふたりとも話せるもんな」
樹も、この日初めての笑顔を私に向ける。
そんなつもりで、こっちの車に乗ったわけじゃないんだけど。喉元までこみ上げた、その言葉を必死に飲み込んで、私は自分でもわかるほど、硬い笑顔を浮かべてみせた。
「俺が死んだ後、財産の相続をどうするか。そのことを、全員で長野の別荘に泊まって、話し合って決めて来い」
父が、五人の子供たちを年齢順に並べて言ったのは、一か月ほど前のことだ。不慮の事故で亡くなった義母が、お骨になって出てくるのを待っていた、火葬場の控室で。
私の右側に、姉の亜美と兄の樹。
そして、左側に、弟の瑛介と妹の桜花。
泣いて泣いて、目を腫らした年下の二人と対照的に、年上の二人は、葬式が迷惑とでも言いたげな、乾いた瞳をしていた。
「相続の話し合いなんて、東京でもできるのに、なんで長野の別荘で?」
「東京じゃ、へそを曲げた誰かが、話し合いを抜け出すこともできるからな。でも、あの別荘ならそうはいかない。俺が死んだ後、おまえたちに相続争いされても困るんだよ」
瑛介の問いに対する、父のこの言葉には、有無を言わせぬ威圧感があった。確かに今、父に万が一のことがあれば、泥沼の相続争いは避けられないだろう。
荼毘に付されていた義母は、父の後妻だったのだ。
亜美と樹、私の実母は、私が二歳の時にこの世を去った。そして、父がその翌年に迎えた義母が、瑛介と桜花を産んだ。
義母は、小さな私をそれなりに可愛がってくれたけれど、亜美と樹には冷たかった。瑛介と桜花が生まれた後は、邪魔にすることも珍しくなかったほどに。
その結果、私達には「亜美・樹 vs 瑛介・桜花」という構図ができあがり、現在まで険悪な関係が続いている。今では五人が全員、実家を出ているというのに。
樹が玄関の鍵を取り出した時、一台の車が駐車場に止まり、瑛介と桜花が降りてきた。
「あっ、海香ちゃん」
私を見つけた桜花が、明るい声で呼ぶ。
「桜花ちゃん」
「こんな山奥まで、遠かったよね。私達と海香ちゃん、三人だけなら楽しいのにねって、瑛介くんと話してたんだ」
そう話す桜花は、亜美と樹を、あからさまに無視している。
「お兄さん、お姉さん。どうも」
代わりに瑛介が、嫌悪感をむき出しにした挨拶を投げつけてきた。
樹は舌打ち、亜美は睨みつけながらの会釈を、瑛介に返す。真ん中の私は、こういうとき、本当に困ってしまうのだ。
ため息を飲み込むのと同時に、玄関の鍵が、やけに重い音を立てて開いた。
◇◆◇
玄関を開けると、まっすぐな廊下が伸びていて、突き当たりに二階へ上る階段がある。父が管理人に、掃除などの滞在準備を依頼しておいたとのことで、別荘の中はきれいに整っていた。
廊下を挟んで左側に、大きなふたつの部屋がある。手前がキッチン付きのダイニング、奥がリビングルームだ。右側は、手前に浴室、次にトイレが続いて、いちばん奥は両親の寝室になっている。
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「先に、寝室に荷物を置きに行きたいんだけど」
苛立ちがにじんだ声で、亜美が言い出した。
「部屋で少し休んでから、そうね、七時にリビングに集合でどう?」
「お姉さんの言う通りでいいよ。みんな、それぞれ言いたいことがあるんだろうから、頭を整理してから集まったほうがよさそうだし」
珍しく、瑛介が亜美に同意する。
別荘に来る途中で夕飯を済ませたから、私達がこれからやることは、相続についての話し合いだけだ。瑛介が言うとおり、その前に少し、各自の時間を設けたほうがいいかもしれない。
それ以上言葉が出なくても、全員が似たようなことを考えたのだろう。私達は荷物を持ったまま、自然と年齢順に並んで、二階へ続く階段を上がった。
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二階には廊下を挟んで、左右にそれぞれ三室ずつ、計六室の部屋がある。すべて同じ広さの寝室だ。
亜美は断りもせず、階段から見て、右側の奥にある部屋のドアを開けた。続いて樹が、その向かいの部屋へと進む。
「何なの、勝手に奥の部屋を取っちゃって」
桜花が毒のある声で呟きながら、手前右側の部屋に入っていく。そして、瑛介は当然のように、手前左側だ。ふたりとも、亜美と樹の隣は嫌、ということなのだろう。
仕方なく、私は亜美と桜花の間の部屋に入った。
各個室の内装はどの部屋も同じで、ドアの横にクローゼット、正面には大きな窓がある。
ベッドのシーツや布団は清潔だし、壁際に置かれた全身鏡と机にも、ほこりや汚れは見当たらない。私はそのことにほっとしながら、持ってきたバッグを机に置き、椅子に腰かけた。
スマートフォンを取り出すと、画面の上に「通信サービスはありません」という表示が出ている。山奥に来たせいで、電波がつながらないのだろうか。
「冗談でしょ」
思わず呟いて、私はバッグの横にスマートフォンを放り投げた。
もし、こうしている間に、仕事依頼のメールでも来ていたら。それは、今の私にとって、未来の相続より、ずっと切実な問題なのに。
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◇◆◇
スマートフォンが使えない以上、リビングに集まる七時まで、私は何もすることがない。頬杖をついてぼんやりしていると、思考回路は自然に、これから始まる話し合いへと向かって行った。
「やだな、めんどくさ」
独り言を呟いてみても、ここまで来てしまった以上、逃げ出すこともできない。
父の狙い通りに。
仕方なく、私はバッグから筆記用具を取り出し、小さなノートを広げて、現状を整理することにした。
まずは、何が相続の対象となるのか、それを考えてみる。
私の実家は、祖父の代から、東京の武蔵野市で総合病院を営んでいる。人気エリアの吉祥寺があるため、二十三区外では最も地価が高い、と言われている場所だ。
不動産は総合病院と、その隣にある実家、今私がいる長野の別荘。この三箇所でいいだろう。
それ以外の、預貯金や有価証券については、正直、私にはわからない。明細をまとめた書類を、父から別荘の管理人に郵送してあるので、きっと今頃、リビングルームのテーブルにでも置いてあるだろう。
きょうだいのことに関しても、まとめたほうがいいかもしれない。そう思った私は、それぞれの名前をノートに並べて、知っている限りの現状を書き出し始めた。
・亜美
オンラインゲームの会社を営む夫と、私立高校へ通うひとり息子がいる。
夫の会社の経営が危ないとの噂があり、現金は欲しいのではないか。
・樹
今は別な病院に勤めているが、もともと、父の病院を狙って内科医になった。
離婚した妻が引き取った、小学生の娘ふたりに払う養育費が負担だと言ったことがある。
・瑛介
大学病院に勤める薬剤師だが、父の病院の院長を継ぎたい、と明言している。医師は雇えばいいから、自分が薬剤師でも問題はないと言う。
また、来春に結婚を控えている。
・桜花
現在、父の病院で医療事務として働いている。樹がもし病院を継いだら、仕事を続けられなくなるので、瑛介に継いでもらわないと困るはず。
独身なので、仕事がなくなるのは死活問題だろう。
四人の現状を改めて書き出し、私は無意識に、深いため息をついた。
実母の子供 vs 義母の子供、という構図だけでも複雑なのに、各自にこんな欲と思惑があるのなら、これからの話し合いは揉めに揉めるだろう。さながら、喧嘩をするためにここまで来たようなものだ。
そして、独身で身軽なはずの私も、父のお金が欲しい。喉から手が出るほど欲しい。
子供の頃から小説家になりたかった私は、十年前、大手出版社の新人賞を射止め、文壇デビューを果たした。その際、私は嫌々勤めていた、大手企業の事務職をあっさりと捨てたのだ。
しかし、この本が売れないご時世に、駆け出しの小説家が専業で食べていけるほど、現実は甘くなかった。あっという間に困窮した私は、アルバイトを掛け持ちしながら、たまに入る物書きの仕事を待つ日々を送っている。
父の遺産を手に入れられれば、私はアルバイトの必要もなく、時間と心に余裕を持って、創作に没頭できるだろう。
そうすれば私はまた、デビュー作のように、世間に認められる作品を生み出せるはずだ。
だから……だから私は、どうしても、父の遺産をもらいたい。
いや、もらわなくてはいけない。小説家としての私を、確固たるものにするために。
◇◆◇
七時十分前、私は一階のキッチンに降りて、五人分のコーヒーを淹れた。
これから、ひりひりする話し合いが始まるのだから、飲み物くらいは手元に起きたい。それに、私は一日に何杯も飲むほど、コーヒーが大好きなのだ。
カップを乗せたトレイを持って、リビングルームへ入ると、ソファの間のローテーブルに、白い封筒が置かれていた。
おそらく、財産の明細をまとめた、父の郵便だろう。ぱっと見だけれど、開封はされていない。
「あれ、コーヒー淹れたの?」
トレイをテーブルに置くのと同時に、廊下側のドアが開き、瑛介が入ってきた。
「あ、うん。あったほうがいいでしょ」
「確かに。さすが海香ちゃん、気が利くね」
口ではそう言いながらも、瑛介の視線は、まっすぐ封筒に注がれている。誰かが来る前に、中身を見ておきたいのだろう。
それは私も同じことだ。
実は、もっと早い時間にここへ来て、封筒を開けようかとも考えた。けれど、誰かに鉢合わせしたらばつが悪いと思い直して、自制したのだ。
「あら、あんた達、もう来てたの」
瑛介に手伝ってもらいながら、カップをテーブルに並べていると、亜美がやって来た。
「このコーヒー、どっちが淹れたの?」
「海香ちゃんだよ」
「あら、それなら安心して飲めるわ。もし瑛介だったら、何か入ってるんじゃないかって、疑っちゃうもの」
亜美の嫌味に、瑛介の顔がさっと赤くなる。けれど、樹がタイミングよく現れたのを見て、瑛介は固めたこぶしを解いた。
向かい合わせに並んだ三人掛けソファの、窓側に亜美と樹、廊下側に瑛介が座り、私はソファとコの字を作るように置かれた、一人掛けのチェストに腰を下ろす。瑛介の隣は、桜花に取っておいたほうがいい。
「桜花、おっせえな」
樹がそう呟いて、ひとつ舌打ちをした。
そのまま十分ほど、気まずい沈黙の中で待っていたけれど、桜花はなかなか現れなかった。
「海香、悪いけど、桜花を呼んできて」
しびれを切らした亜美が、命令口調で私に言う。こう話す時の彼女は大抵、どうしようもないほど、苛立っているのだ。
樹と瑛介のご機嫌も、きっと同じようなものだろう。仕方なく、私は立ち上がり、桜花の部屋へ向かった。
きょうだい五人の中で、誰が病院を継ぐか、一番心配なのは、もしかしたら桜花かもしれない。
階段を上りながら、私はふと、そんなことを考えてみる。瑛介が継げば、ずっと実家の病院で働き続けられるけれど、犬猿の仲の樹が継ぐとなれば、おそらく彼女は仕事を失うだろう。
正直なところ、父と義母に溺愛されて育った末っ子には、私の目から見ても、わがままな面が目立つ。今は院長の愛娘ということで、大威張りで働いているけれど、他の職場ではそうはいかない。
「桜花ちゃん、みんな待ってるから、降りてきて」
部屋の前に着いた私は、ドアをノックしながら、そう声をかけてみた。
けれど、中からは物音ひとつ聞こえない。
何度かそれを繰り返したけれど、応答がないので、私は思いきってドアを開けた。
「桜花ちゃん」
部屋の中には、電気がついている。
「桜花ちゃん?」
ベッドの横に、桜花が持ってきた、赤いキャリーバッグがあった。広げられているけれど、その中には、衣類などの中身が収められたままだ。
それなのに。
「桜花ちゃん……どこにいるの?」
部屋の中に、桜花は居なかった。
《続きよろしくお願いします》
🌾後半公開時のおねがい🌾
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