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【今週も何とか生き抜いた】vol.41

(10/7~13)

母について知らな過ぎる

Mon.

記事タイトル、【今週も何とか生き抜いた】とタイプしようとして、思い切り「困窮も何とか」って入力してた。ウケル。
いや、困窮は笑えない。困窮せずに済むよう、何とか頑張れ私!頼むぞ私!

こういうタイプミス、結構やるんだよな。自分でもイヤになる。イヤになるけど指先に力が入ってないんじゃないかって気もするし。
「尾根ギア致します」(=お願い致します)とかはほんとデフォルトやらかし(仕事)。

言葉を略すやつも最近は判るような判らないような、危なっかしい(私が)のが多いんだよな~
さすがに、エノケンとか(激古)、キムタク、松ケン(サンバの方ではない)とかは、まぁ、アレじゃん。
ずいぶん前だけど、クリスマスパーティーのことを「クリパ」と呼ぶのを初めて聞いたときは「え!!!」となってゲラゲラ笑った記憶がある。
でもこのテのタイプも最近増えたよね。ゴリゴリにエノケン昭和な私はこちら系のやつにびっくりしてしまう。
「バ先」がバイト先とか。考えた人天才だな。
「フッ軽」とか「クリチ」とか。
意地でも略して来るな、人類は。
「エコバ」とか「アプデ」とか。
もう略でさえもないのでは。

呼び方って言うか名前の話だけど。
昔、仕事でお客さんに電話でお名前を伺った際に「厚志です」と仰ったので、「アツシさまの漢字を教えて頂けますか?」と聞いたところ、お客さんがあろうことか
「厚切りパンの『厚』です」と言い出して笑い死にそうになったことがあります。
普通さ、その字を説明する時、パンの話する?
たいがいは「厚生省」とか「厚木」とか「厚い薄い、の厚」とかじゃないか?
パンて何だよ、厚切りパンて!!!
と思ったら、ツボに入っちゃって、お客さんに何度も「す、す、すみ、す、、、せん」て(笑い)泣きながら落ち着こうとするも、全然ムリで、笑い死にループにハマってしまいその全然ムリな感じもおかしくて、、、あれは地獄だったわ。

厚切りパンのみなさん!!

Wed.

毒にも薬にもならない財形貯蓄、もうやめてやんよ!と思い銀行にアポ取って、会社の昼休みを利用して手続きに行って来た。
その前に、弊社経理担当者に解約したい旨伝えたところ、窓口に提出するようにと書類を渡された。
解約に必要な書類とのことで、弊社経理部門にて必要事項等書き込んであって、おおこれはありがたい。
ところがこの書類に捺されていた社長印が、銀行への届出印と違ったらしく、、その照合で銀行にて30分以上待たされた。
そして挙句、財形は解約出来なかった。
そそそそ、そんなことある?経理から預かった書類やぞ?!
まさか、、、銀行届出印が必要って知らなかったの弊社ケーリ?!

結局、予定の時間を大幅に過ぎてしまい焦って尋常じゃないくらいの汗をかきながら帰社。
何だったのだ、私の昼休みは!虚無い。。。
もちろん疲労と落胆で午後は仕事にならなかった。ダメである。

昼休み、銀行に行く前に5分でかっ込んだ松屋のカレー。食べながら「カレー以外は今朝の朝ごはんと同じもの食べちゃってる!(朝食=納豆、目玉焼き、ソーセージ、ご飯)」と気付いてしまった

Fri.

最近やたら「おすすめ」に出てくるYouTube動画に「友近サスペンス劇場」というのがあって、ずっと気になっていた。
なので、観た。

うわー、ほんと友近ってこういうの好きだもんなー、世界観凄すぎるわ。
モグライダー・芝の演技も軽薄で素晴らしい。

映像の質感に始まりカメラアングルやカットの割り方、音響や主題歌まで、寸分の違いなくあの頃テイストだし、そういうものにことごとく「あの頃のテイストじゃん!」てなって相当面白い。
「話を整理しましょう」という芝のセリフで、友近とふたりでこれまでの事件の事実関係を箇条に挙げていくんだけと、あることに気付いた2人は目を合わせて息を呑む、みたいなシーンとかさ。
はいはいはいはいはい、はいはーい!!!となるやつね。

と最初はニヤニヤしながら観ていたのだか、途中からそのあまりの本気さにどんな気分で観たらいいのか分からなくなってしまった(褒めてるぞ!)。
これを笑っていいのか懐かしむべきなのか、或いは「我々はこういう時代を生きてきたなぁ」とメタ感覚で観るべきなのか、純粋に「あ!事件が動いた?!」とストーリーに入り込んで観るべきなのか、、、(どうでもいい)
最近ネトフリの「極悪女王」も観てたし、時代感覚が不思議に歪むカンジ。
こういう感覚自体って50代あるあるなのかもな〜
結局、今日本の人口ってこの層のボリュームが厚いから、ここ向けのコンテンツがバズればアツイ、ってことなんでしょうねえ~

私は断然、西尾一男派。
いつか「西尾一男とピザを囲む会」に行きたい

Weekend

実家にて母を囲み、弟たちと食事。
その後、弟が横浜まで車で行くというので、チャンスとばかりに頼み込んで私と母も一緒に連れて行ってもらった。
山下公園の駐車場に車を停めて、中華街に向かって歩こうとすると海の近くから花火が上がっている音が聞こえてきた。
弟と母と音のする方へ歩いてみると大きな花火が綺麗に見えた。

周囲も明るかったけど、綺麗だった。
思えば私も近年は神宮球場でしか花火を拝めてなかったわ


何かイベントだかフェスだかの一環で上がっている花火らしく、間隔はゆったりとした打ち上げ方だった。
私と弟は少し先を歩いていていたんだけど、母は完璧に立ち止まって花火に見惚れていた。
「わぁ~すごい!すごーーーい!!」
と何度も手を叩いて喜ぶ母は子供みたいでちょっとドキっとした。
こんな喜び方をするんだ。こういう母の姿を、私初めて見たかもしれないなぁ。
私にとって母は冷静で落ち着いた雰囲気の人、という感じで子供のころはそれが怖かったりしてさ。
「だって花火なんて見たの、すごい久しぶりなんだもん。10年以上かも」
え、そんなに???
こんなに花火が嬉しいのなら、この10年の間に母を熱海にでも連れて行ってあげてるべきだった?(毎週金曜とかに花火上がってますよね?)
今すべきか判らない後悔の気持ちがフッと沸いた。

「じゃぁね、ありがとうね~またねーーー」
と弟と別れ、私と母はゆっくりと中華街を歩いた。
連休初日だけあって、すごい人だ~。
私もだけど、やはり私以上に母にとって久しぶりの中華街だったようで善隣門や延平門を見上げながら
「綺麗だねえ、日光の東照宮みたいだねえ」と二人で感心しきり。
ストリートグルメやお土産屋さんを冷やかしつつ、私たちは適当なレストランで夕食を取った。

バカの一つ覚えで結構!あんかけ焼きそば。最高
フカヒレ 餃子と言いつつ、フカヒレ 以外の具材ギチギチで美味しかった。最高

割と手ごろな金額でそこそこ美味しかったお料理に大満足でして「よし、(母の自宅へ)帰りましょか」となった。
石川町の駅に向かう途中で母が「わ!ザーサイが安い!」と中華食材を販売している店先で感激していて、私は母がザーサイが好物だったことをこの時初めて知った。
案外、色々知らないもんだなぁ。
夕飯をご馳走になったお礼に、私がザーサイと、乾燥きくらげ、干しシイタケを一緒に購入して母にプレゼントした。

私もかなり頻尿だが母も相当で、二人で交互にいろんなところでトイレに行くもんだから中々進まず、かなり時間をかけて家路に着いたんだけど、帰りの電車の中で母が
「昔、おばあちゃんに『毎日家にいてもつまらないだろうから、映画でも一緒に行こう』と誘ったりしてたんだけど」
なんて話しをし始めた。
母の言うおばあちゃんというのは私の祖母で、母の実母のことだ。
「今なら、自分がこの年になってみるとよくわかるの。トイレのことが心配だし気になるし(周りに)気を使わせてしまうしで、出かけることを臆してしまうのよね。おばあちゃんは、私が誘ってもあまり出歩いたりしなかった」
その言葉は、何度もトイレにつき合わせている私へのエクスキューズなのか、おばあちゃんへの後悔なのか、母のおばあちゃん宣言なのか、実感しまくっている母の心の叫びなのか、、、

母はここ1~2年で急に眼も悪くなり、足も悪くなり、会話のテンポもゆっくりになって、とてもおばあちゃんみが増してきた。
もともととても若く見える人なので、もしかしたら今でも年相応には見えないかもだが、以前の濃い目の存在感こそが我が母!と思っていた私にとっては中々受け入れるのが大変だ。
レザーのタイトスカートを身にまとい、ミハマのパンプスをコツコツならして西新宿の街を闊歩していた姿はもう遠い思い出だ。
タバコを吸いながらズバズバと鋭くユーモアを吐き出していたかつての母は夢か幻か。
近年の母は麦わら帽子をかぶって花柄のふんわりした白いワンピースと白いスニカー姿で、ありがとう、ありがとう、と遠慮をしたりお礼を言いながらゆっくり歩いている。
母親のこんな姿を目の当たりにするようになるとは、10年前なんて思いもしなかったな。
すっかりおばあちゃんな母に驚いている自分も情けない。
もっとスムーズに近年の母の変化を受け入れられるように、もっと以前から母と頻繁に会って母について色々知ったり仲良くしておけばよかったと、電車の中で母の話を聞きながら、この日何度目かのする必要のない後悔の気持ちを覚えた。
何か、というのはハッキリとは判らないけど、今からでも何かは色々とちょっとでも間に合いますように。母とのこと、間に合いますように。






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