「若大将」と「クレージー」映画(過去の書評から)

「ウィークリー出版情報」<新刊紹介>原稿 1997年9月30日刊行、10月1週号
<紹介新刊>2冊
田波靖男『映画が夢を語れたとき』広美出版事業部 1997年7月23日 本体価格1500円
佐藤利明・町田心乱・鈴木啓之編『無責任グラフティ クレージー映画大全』フィルムアート社 1997年7月28日 本体価格2400円

<タイトル>
「若大将」と「クレージー」映画
<執筆者>
河野孝之(かわのたかし)

 この原稿を書くために若大将のLD(レーザーディスク)18枚を買ってしまった。若大将シリーズは、1961年から71年にかけてだから、小学生だった身では、リアルタイムでは見ていない。しかし、加山雄三は当時、大ブレーク中、大学生生活という未知な憧れの世界を体現するかのようで、日本テレビ系の『青春とはなんだ』の高校生生活だって充分憧れだったのですから世界中を駆け巡られる大学生の存在なんて夢のまた夢の世界でした。
 その夢の世界のお話しの素を作った脚本家が、この『映画が夢を語れたとき』(広美出版事業部)の著者・田波靖男。映画を観る視点として監督、俳優そして脚本家という三つがあると思っていましたが、プロデューサーでも観る必要があることをこの本では教えてくれます。ゴジラ映画でのプロデューサー田中友幸は、本多猪四郎監督と円谷英二特技監督とのトリオで覚えられているようですが、この「若大将」シリーズのプロデューサーである藤本真澄の存在も見逃せない人物です。当時、藤本は東宝の製作担当重役で、田波は文芸部の社員でした。
 名門出身のジュニア好み、良識という倫理規定、人の顔を覚えないから「面痴」だという藤本と著者との駆け引きとその絡みには、興味深いうえに捧腹絶倒ものです。
『大学の若大将』の今でも語り草になっている焼き肉パーティでのギャグがあります。水泳部の合宿で、若大将が実家のすき焼き屋「田能久」から持ち出した肉でコンパをやることになりますが、肉を焼く鉄板がありません。困り果てたマネージャーは合宿のトイレの浄化槽の鉄蓋に目をつけ、若大将と部員にだまってこれを使うことにします。大喜びで鉄板焼きで焼き肉を食べる若大将と部員たち。浄化槽に足を踏み落とした用務員がやってきて、鉄板の出所を知った部員たちは怒って一斉にマネージャーにとびかかるというギャグ・シークェンスです。
 これは、もともと田波の案では、マンホールの蓋を使うことにしていました。が、この脚本を読んだ藤本真澄プロデューサーは、怒ってダメを出すのです。「良識ある大学生ともあろうものがすることじゃない。マンホールの蓋を外して、人が落ちたらどうするんだ。危険じゃないか。ナンセンスだ」というのです。
 面白ければなんでもありではないかと思う田波は憮然としますが、校内のトイレの浄化槽の蓋ならばと妥協し、藤本が言った人が落ちるというアイデアを借用して、用務員が足を踏み落とすことにしたそうです。案の定、大ヒットとなった『大学の若大将』の中でも観客が一番受けた場面となりました。さっそく次回作の製作を決定した藤本は唖然とする発言をします。「この次もあのマンホールの蓋で肉を焼くギャグを考えてくれ」。
 クレージーキャッツの植木等を大ブレークさせた『ニッポン無責任時代』は、田波自身のサラリーマン体験から発想したオリジナルでした。藤本に唖然とさせられた田波ですが、ピカレスク喜劇を良識倫理規定の藤本が認めるはずがないと踏んだ田波と担当プロデューサーは、公開前の試写を藤本に見せないという作戦を取り、大成功をおさめたのです。
 なお二つのヒットシリーズについては便利なガイド『クレージー映画大全』(フィルムアート社)が同時期に発売され、『若大将グラフティ』(角川書店、1995年)も出版されています。

【2022年9月の補足】
①    これは取次の日販(日販図書館サービス)が刊行していた図書館向け情報誌の新刊案内の原稿です。刊行されたものとは若干違っていると思います。新刊は、指定依頼ではなく執筆者が選定して執筆していました。何人かの常連執筆者がいて、交代で数名ずつが執筆していました。
②    この冒頭の「若大将」映画をリアルタイムで見ていないは、ウソです。ゴジラ映画の併映作として『海の若大将』など数本は観ていました。でも夢中になってみるようになったのは、リバイバルブームの大学生の頃だったので、こう書きました。
③    『ウィークリー出版情報』誌は、当初は日本出版販売(日販)の図書館部門編集で本社から発行されていましたが、のちに図書館部門が日販図書館サービスという子会社として設立され、そこから廃刊まで刊行されていました。その子会社も日販本体に再び吸収されたと聞いています。執筆グループの前任者の紹介で引き受けて、1995年ころから廃刊近くの書評欄がなくなる前頃まで執筆させていただいていました。
④ なお、『クレージー映画大全』の編者の一人・佐藤利明には、2018年に単著で『クレージー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル』(シンコーミュージック)などがあります。


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