【短編推理小説】五十部警部の事件簿
事件その3
五十部警部は埃っぽい郊外の田舎道を自動車で走っていた。
この週末に彼は郊外の雑木林の中にある弟の家に滞在する予定になっていた。
その道すがらふと目にした何かを見て慌ててブレーキを踏んだ。
道脇の草むらに50くらいの年齢の女性が横たわっていた。
古びた白いセーターと緑のスカート姿で、その額にはくっきりと大きな痣があった。
すでに死亡しているのは明らかであった。
セーターの胸部には二本のタイヤ痕がくっきりとあった。
彼が遺体に触れてみると冷たかった。
最寄りの交番へ連絡の為に車を走ら、警官が遺体を収容した。
その女性の身元はすぐに分かった。
その交番の巡査がその婦人が町外れに営む古びた下宿屋の住人だったからである。下宿は以前に街道で繁盛していた旅館を改装したものだった。
巡査はその婦人が普段は度の強い眼鏡をしていると証言していた。
状況からすれば、車が来るのがよく見えず、何かで道を横切ろうとして車にひかれ、車はそのまま逃げ去ったかと思われた。
この週末は急に気温が上がり日差しは強くなってきていた。
警部は日差しに顔をしかめ、独り憮然として考えに耽っていた。
「どうも、車に曳かれたのではなさそうだ。別の場所で殺されたのではないかな?」
警部はなぜそう考えたのだろうか?
警部が触れたとき、遺体は冷たかった。
その週末、外気の温度は高く暑いくらいであった。
婦人が車でひかれた場所で亡くなっていたのなら、数時間程度なら遺体はまだ温度を保っているはずだと警部は考えたのである。
白いセーターにタイヤ痕をつけたのを後から着せたとも考えられる。
死因となった傷は自動車との衝突ではなく、額の痣となった打撃であったろう。