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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その66

芦屋太助は赤松ホテルの、
自身が借りている事務所の床でコト切れていた。
株の仲買人としてやり手だった彼は、
三人の女性秘書を雇用していた。
発見者は最初に事務所に出勤してきた、
北村花子である。
その北村はただちにホテルのフロントに報せ、
フロントは所轄の中央署へ架電した。
五十部警部が駆け付けると、
雇用されている三人の女性秘書たちは、
大理石の円柱が並ぶ、
広々とした赤松ホテルのロビーの隅に佇み、
ぼんやりとしていた。
北村以外の秘書二人は、
五十部警部の到着前にホテルへ来ていた。

五十部警部が、
二階にある事務所専用フロアの一室に入ると、
頭から血を流した小太りの芦屋氏の傍らに、
鋳物らしい円錐のツボが血塗れになって落ちていた。
使用された凶器であることは明白だった。
遺体はまだ死後数時間以内だと、
監察医が五十部警部にいった。

五十部警部は三人の秘書たちに質問を開始した。
「彼は誰かに恨まれていたか、
何かの争いを抱えていましたか?」
第一発見者の北村花子はおずおずと答えた。
「社長は色々の人に憎まれていました。
仕手のヤリ方も強引でしたから。
始終損をさせられた人が、
騙されたと怒鳴り込んできたりして。
それに社長はとてもケチで、
私たちはいつも厭な思いをしていました」

後の二人は大木房江と今泉麻衣子だった。
「あなたはどうです」
五十部警部は大木房江に質問した。
「社長がケチで傲慢だったのは確かです。
私はお使いに出されて、
交通費が掛かったら、
その分は払ってくれませんでした」
「社長はかなりの敏腕で、
儲けさせたタニマチみたいな、
投資家に評判だったんでしょう?」
「それは…仲間内では腕がイイと、
評判はあったんでしょう。
でも、報奨なんかに、
値するような人じゃありません。
手段を選ばない金の亡者なのです」

「あなたはどうです?」
五十部警部は今泉麻衣子に聞いた。

「社長はインチキな風評を流して、
株価を釣り上げたり下げたりも、
やっていたはずです。
そういう時は、
変な黒い眼鏡を掛けた、
得体の知れない男の人たちが、
大勢で事務所に来ていました。
そういう時に私たちは、
事務所の外に出されるのです。
でもその間の賃金は無いのです。
給料から引かれていました。
社長はその人たちとも分け前を巡って、
喧嘩になっていたのです。
だから、別の闇市崩れみたいな人たちを、
呼んできて、用心していました。
でも、私たちはみんな孤児院で育ったから、
身寄りがないのです。
だから、そうそう簡単に仕事は辞められません。
社長はそれを知っていたのです。
私は社長が怖くなって、
他へ仕事を替えたいと思って、
面接に行ったら、
社長はそれを知っていて、
俺を裏切ったら次はないぞと脅されたのです。
結局その仕事には採用されませんでした。
非道い人でした。
自業自得じゃないでしょうか」
「昨夜はどうされました?」
五十部警部の質問に、
三人はその日は全員が定時で上がったと答えた。
芦屋社長は事務所から車でどこかへ行ったという。

不意に騒々しい喚き声と共に、
目をツリ上げた中年の女がロビーへ入ってきた。
「刑事さん。
犯人はこの三人のみなし子の誰かですッ。
この恩知らずのパンスケどもが!」
「あなたは?」
「家内です」
妻の芦屋スミは、
今にも三人に掴み掛からんばかりに興奮していた。
「あなたは最後に、
ご主人を見たのはいつですか?」
「今朝ですよ。
昨夜は株の仕手で勝ったので、
宴会で遅くまで飲んでいたはずです。
明け方帰って来て、
仕手の金主だったお金持ちの人から、
お祝いに骨董のツボを、
貰ったと自慢していましたよ。
刑事さん、
早くこのバイタたちを捕まえて下さい。
死刑です。死刑にして下さいッ」

署に戻った五十部警部は暫し沈思黙考を続けた。
別の出先から戻ってきた合田刑事が、
市場で買ってきたという、
鮭の味付きの干物を炙って、
茶菓子に出してくれた。
茶を啜り干物を齧るうち、
五十部警部は容疑者を特定していた。
それは誰かな?

犯人は大木房江である。
時間的に見て、
彼女たちは芦屋氏が仕手戦の金主から貰った、
骨董品の事を知らないはずである。
大木は報奨があったと分かる発言をしている。
つまり、その日の早朝に、
生きている芦屋氏からその事を、
聞かされていたからだ。


 
 

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