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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その1                         


 中央署のビルの窓の外から見える糸杉が、吹きすさぶ風に揺れていた。
囲んでいる火鉢の炭が、時折音を立てて爆ぜ、五徳にかけた薬缶から白い湯気が噴いている。
五十部豊久警部と坂木文雄刑事は茶を啜りながら、宿直の退屈まぎれに世間話を交わしていた。
「飯田線の大表沢鉄橋の脱線転覆事故などは、どうも裏があるね」
「やっぱり、組合関係でしょうなぁ。
 ソビエトのスパイが入り込んでいるのかも知れませんよ」
そんな世相についてあれこれと憶測を取り交わす二人の会話は不意の電話で途切れた。
 
寒風が吹きすさぶ真夜中の街路を二人を乗せたパトカーはサイレンを鳴らして突っ走ってた。
「遅くにすいません」
帝都ビルヂング703号室から中央署に電話を架けてきたのは、帝国製菓の副社長だった日野出丸夫であった。
「いいえ」
刑事でありながら大学の犯罪学教室で講師も務める五十部豊久警部は簡単に挨拶をした。
日野出副社長は続けた。
「今夜はいつもと違って多額の掛け取りがありましてね。
夜中の一時過ぎまで一人、会計室で残業していたのです。
そうしたら一時半に階段を上がってくる足音を聞いたんですよ。
それもどうも一人じゃないようだ。
この階にいるのは私独りだし、厭な予感がして急いで全部の電燈を消しましてね、こっそりと奥の方にある小部屋へと隠れたんです。
真っ暗闇になっている事務所へ誰かが懐中電灯を持って入ってきました。
森閑とした真夜中の事務所です。
通りから車が走ってくる音を聞いて、その音が私の声を紛らわしてくれると思い、小部屋にある電話から急いで警察に架電したんですよ。
すぐに来て下さい。室町通り一丁目の帝都ビルヂングの703号室ですってね。
それから、また、こっそり、その小部屋のドアを開けてみると、受付のすぐ脇にある会計室のドアからわずかに明かりが射している。
しまった、と思ったが、こっちには武器になるような物も無いし、相手はどんな奴らかも分からない。そのまま様子を窺っているしかなかったんです。
わずかの間に黒い覆面の男二人が会計室から出てきて、あっという間に姿を消しました。
数分待って電燈をつけ、被害を確認したわけです」
「電話はあなたご自身でされましたね?」
「ええ」
「それで、終業して他の社員が帰った後も外出はしなかった?」
「はい」
「夕飯は?」
「出前で取った饂飩ですよ。それと夜食に焼いた握り飯と塩鮭にお茶を詰めた魔法瓶を持参してましてね。
 11過ぎに食べました。事務所を小一時間でも空けるのは厭でしたから」
「日野出さん、コートを着てください。私と一緒に署までご同行願います。
 いずれお仲間も署の方で逮捕できるでしょう」
 
なぜ五十部警部は日野出氏が嘘をついていると分かったのかな?

日野出氏は事務所の電燈を消しており事務所は真っ暗だった。
110番とはいえども、とっさにしかも急いで間違わずダイヤルができるだろうか?
またビルの七階にある事務所である。
車の音は大して大きくは響いてこない。
警察署の係員が車の音に紛れて小声で囁いたという彼の要請を一度で聞き取ることができている。
彼は嘘をついていたのだ。
 


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