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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その41

郊外にある資産家の屋敷から夜中に通報があった。
ただちに駆け付けた五十部警部一行は、
庭園灯に照らされた三米ほども高さのある石組の壁に囲まれた、
城塞のような屋敷の構えに驚かされた。
その屋敷の主人、実業家として知られた南郷正太郎氏は、
数多くの見張り役を個人的に雇用していた。
彼はその事業が非常な利益を上げ始めた数年前から、
ひどく用心深くなり、
その屋敷に種々の防犯設備を備えていたのである。
当日の夜に、見張りのうちの一人が、
屋敷の庭に建てられていた監視塔から、
壁をよじ登ろうとしている、
怪しい何人もの男たちを見たというのだ。
彼がその黒い影めがけ威嚇のため猟銃を発砲すると、
彼らは塀から落ち、ちりじりとなって、
まだ街灯の無い郊外の田舎道を、
雑木林の方へ逃げて行ったという。

五十部警部は自ら懐中電灯を照らし、
南郷邸の私道である門前の砂利道を、
手掛かりはないかと探し回った。
翌日も昼過ぎまで捜査したが、
これといって犯人たちの手がかりになる物は無い。
具体的な被害が無かったこともあり、
午後になり五十部警部ら一行は署に引き上げた。

署内で開かれた捜査会議に於いて、
合田刑事が手がかりとなる報告をした。
彼の情報提供者がもたらした情報によれば、
南郷邸への襲撃に加わった男のうちの一人が、
山谷の木賃宿へ潜伏しており、
その男は、塀から落ちた際に、
鼻の骨を折って寝込んでいるのだという。
さっそく、この男を別件で逮捕して、
事情を訊くべきとの意見が上がったが、
五十部警部はひどく冷淡にいった。
「合田君、飯食いのいう事など当てにはならないよ」
 
それはなぜかな?


襲撃犯の一人が塀から落ちた際、
鼻骨を折っているなら、鼻血は出たはずだ。
しかし、
その血痕が普段は人が通らない、
私道の砂利道から見つからなかった、
というのは不自然ではないだろうか。
飯食いというのは、元は犯罪者だったが、
そのうちに、警察のスパイとなって、
定期的な報告や情報と引き換えに、
金銭や食事を与えられている者のことである。
欧米ではピジョンすなわち鳩と呼称されている。

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