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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その12

それは奇妙な眺めだった。

異国風の美貌で評判だったピアニストの澄田花江が大きなシャンデリアに吊るした縄で首を吊っていたのだ。
だらんと伸びた足が居間の半分開いたドア越しに見えていた。
絹の浴衣を着ていたが、足元はハイヒールであった。
良く磨かれたマホガニーの低いテーブルは壁に沿って置かれていた。
縄は粗く結ばれていたが、足は床上からほんの数cmほどにあり、長さを計算して結ばれていたようであった。
テーブルの上に会った花瓶の花の葉が5、6枚ほど床に落ちている他、テーブルの表面からは彼女の指紋だけが見つかっていた。
夫である桐島慧は貸金業をしている資産家で劇場のオーナーでもあった。
「彼女は最近、好きな男がいたんです。私とは父親の借財が原因で一緒になったようなもんですから、まぁ私としては一回は見逃そうと思っていました。
ところがその男のヨットが海で沈んで、男は行方不明という記事が新聞に載りましてね。それで今朝から酷くふさぎ込んでいたんです。家の者にあれこれ用事をいいつけて、独りになったんですよ。私が仕事から帰って来てみると、あの通りでした。実に残念です」
五十部警部は居間を調べていた警官に尋ねた。
「花瓶の花はなんだい」
「は、よくわかりませんが、花卉は小さいのが、赤白黄色と多数飾られているようです」
「結構」
「彼女、やや太目だね。何キロくらいあった?」
「70キロくらいですか」夫の桐島が答えた。
五十部警部は警官にいった。
「この人を車へご案内して。話は署で訊くから」
警部は自殺ではなく他殺と推理したようだ。なぜだろう?


彼女がテーブルに上がって首を吊ったのなら、テーブルに彼女の指紋以外の痕がないのは変だ。
70キロある体重ならハイヒールのかかとの痕くらいはテーブルに付いているはずだ。
しかも、テーブルの上の花瓶の花卉は、その葉が床に落ちているのに散っていない。
本来なら何回か足が当たって、葉と同様床に落ちていてもおかしくないはずだ。

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