【短編推理小説】五十部警部の事件簿
事件その40
五十部警部はその日、
遠方への出張となった捜査会議を終えて、
宿へ帰りついた。
夕食後の四方山話の内に、
宿の主人が彼の旧友の知己であり、
その旧友が宿からそう遠く無い場所に、
ひっそりと寓居を構え、
独りで暮らしている事を知った。
週末の出張だった事もあり、
五十部警部は、
日曜日の午前中に旧友を訪問することにした。
翌朝早々に五十部警部は朝食を済ませると、
宿の主人に聞いた旧友の住所へと向かった。
まだ田畑の多く残る、
郊外の秋の澄んだ空気を吸いながらのんびりと歩き、
やがて雑木林の側にある二階建ての家屋へと着いた。
表の戸の呼び鈴を鳴らしても応答が無い。
裏口へ回っても鍵が掛かっており、
応答が無いのは同様であった。
留守かと思い、
帰路に就こうとしているところへ、
四十くらいの大柄でガッチリとした、
田舎風の女がやって来た。
「アンタ、何してんだいッ」
藪から棒に斬りつけるような口調で女が尋ねて来た。
五十部警部はこの家の主人の友人だというと、
下から刺すように睨め付ける視線を送ってきたが、
何も答えず鍵を出し戸を開くと自分だけ中に入ろうとした。
ある直観が閃き、
五十部警部は強引に体を入れ家の中に入った。
「アンタ、何するんだいッ」
怒声を浴びせる女に対し、
五十部警部は警察手帳を出して、
調べさせてもらうといった。
女はすぐに玄関脇の階段を駆け上がり姿を消した。
カーテンが閉められた薄暗い室内の奥にドアがあり、
五十部警部はそこに昏い何かを感じた。
ドアをそっと開け、閉じた。
足音を消し持参していた小型の懐中電灯で、
その部屋のあちこちを調べた。
机と椅子。壁一面の書棚。
だが、机には見慣れない大型の無線機が置いてあった。
旧友にそうした必要も趣味も無かったはずだ。
五十部警部は板張りの床に微かに残る、
赤い染みを見逃さなかった。
彼はまたドアをそっと開け、
玄関付近にある電話機へ向かい、警察へ連絡をした。
女は旧友の家に出入りする家政婦だといったが、
旧友がなぜ留守にしているのかについて、
一切知らないといった。
今日来たのも清掃の為だと言い張った。
警官の他の質問にも「耳が悪くてね。」と繰り返し、
まともに応えようとはしなかった。
「怪しいのはアタシより、この人だよ。
奥の部屋のドアを開けて、
部屋の中を勝手に漁っていたんだよ!」
相変わらず刺すような視線を五十部警部に向けていた。
五十部は冷たい笑みを浮かべてその家政婦にいった。
「バァさん。警察相手に嘘は通用しないよ」
その理由はなんだろうか?
耳が悪いのなら、
なぜ階下の五十部警部がそっとドアを閉じ、
足音を消して室内を捜査していた事を、
知っていたのだろうか?
女の聴覚に異常は無いはずだ。
その後の調査で家の床下から、
旧友の遺体が発見されたが、
家政婦はその日以来姿を消しており、
その行方は沓として知れない。
家には一月ほど前から、
家政婦以外に複数の得体の知れない男たちが、
出入りしていたという証言もあった。
無線機から旧友の指紋は一切出ず、
なぜそこにあったのかもナゾである。