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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その52

「事務所の壁の一角が、
ちょうど奥へと引っ込んでいて、
そこにお茶を汲む為の小さなキッチンと、
事務所に三台あるうちの一つの電話機が、
設置してあったのです」
商事会社を営む山崎氏は、
駆け付けた今泉刑事に状況を説明した。
寒風吹きすさぶ三月の深夜、
署に掛かってきた無言の電話を逆探知して、
それが室町第二ビルからだと判明したので、
今泉刑事と坂木刑事が自動車で駆け付けたのだった。
山崎氏の営む山宝商事は融資もその事業の一つであり、
事務所はビルの七階の半分を占める広さであった。
「その前に衝立があって、
私は現金を数えて汚れた手を洗う為に、
その衝立に内側の狭い給湯場に居たのです。
すると、窓の処で音がして、窓が開いたようなのです。
驚いたのですが、非常に厭な予感がして、
私はそのまま気配を消してその場に立っていました。
そしてこっそりと衝立の隙間から覗くと、
窓の側に黒い男の影があったのです。
そいつは恐らくロープをつたって、
屋上から侵入して来たのです。
事務所のドアには、
しっかり鍵がしてありましたからね。
事務所は私の机の卓上電燈だけが灯っていて、
他の事務員たちはすでに帰宅していました。
男は窓を閉める前に何かの仕掛けでか、
屋上からぶら下がったロープを回収していました。
そして室内を素早く見回すと、
すぐに私の机の上にあった、
計上中の札と金貨に目をつけた。
男はその現金と古い金貨を残らず、
持参してきたらしい小さな革のカバンにいれ、
それを腰のベルトに結びつけていました。
そして、なおも部屋をあちこち物色していたのです。
犯人はピストルを持っていた。
ですが幸いこの衝立の、
後ろに私が居ることにまでは気づいていなかったのです。
それで私はコッソリと警察に電話したが、
当然ですが、声を出して男に気づかれたく無かった。
それで受話器を外したままにして、
警察が逆探知などでこちらのビルの番号を知り、
パトカーを出してくれないかと期待していたわけです。
男はそれから、
事務所のちょうど真ん中の壁際に置いてある、
金庫の扉の前に陣取り、
革カバンから聴診器のようなモノを出して、
その扉に当て、
ダイヤルを回して開けようとしていました。
窓から差し込む街の街灯の明かりで、
そこから離れた衝立の隙間からでも、
その様子が分かったのです。
金庫の中には現金の他に担保に取ってある、
ダイヤや金の延べ板もあった。
金庫を開けられたらと思うと、
私は気が気ではありませんでした。
ですが、男が金庫を開けようと試みてから、
20分もすると、
パトカーのサイレンの音が、
微かですが遠くから聞こえて来た。
いや、実にありがたかった。
男はすぐに警戒し動きを止めました。
そしてその音が、
このビルへと近づいていることに気づき、
立ち去ったのです」
「犯人を見ていたとおっしゃいましたね。
男の特徴は?」
坂木刑事が尋ねた。
「それが中肉中背で髪をきちんと、
七三に分けていて、
三十を少し過ぎた位の、
ごく普通の何の特徴も無い男でした。
それ以外には申し上げられません」
 

署に戻ってきた今泉刑事の報告を聞いて、
五十部警部は顔をしかめた。
「この時期になると、
あの手この手で税金から逃れようとする輩が出るのだ。
この嘘つきはまた同じ手を使うかも知れない。
マークして置こう」
 
五十部警部はなぜ嘘だと推測したのかな?

 
 

五十部警部の推理


犯人の男は、
遠くから聞こえて来たサイレンの音を、
聞くことが出来た。
もし電話を掛けたならば、
ダイヤルの音は聞こえなくても、
繋がった際には受話器から応答の声がするはずである。
それが犯人に聞こえなかったというのは、
不自然ではないだろうか。
 

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