【小説】好き好き平面図:斜傾編
そんなわけで番外編、斜傾編です。扱う作品は言うまでもなく『斜め屋敷の犯罪』ですね。なぜ番外編かというと本作についているのは平面図ではなく立体図だからですね。番外編とは言え、ここまで扱ったタイトルのなかでは最もビッグネーム。『獄門島』と並び、和製推理小説の最高傑作として挙げられることの多い作品のように思います。御手洗潔シリーズの二作目ですっけ? 先日もシリーズの新刊が出たようですが、御手洗と石岡のコンビは現代もあんな調子で活躍してるんでしょうか? 読んでみないとなあ。あ、肝はネタバレする気はありませんが、やや真相にかするような表現がこの下出てくると思うので、気になる人はUターン願います。
TIPS:御手洗潔シリーズ
占星術に詳しい私立探偵・御手洗潔の活躍を追う推理小説群。作者存命の推理小説シリーズにくくれば、日本で最も有名なシリーズなんじゃないでしょうか。金田一少年の事件簿が盗作疑惑で騒がれたりしましたね。島田荘司の作品は、吉敷刑事シリーズを全部読んでいるのですが、当シリーズは占星術~暗闇坂の長編四つしか読んでいない私です。私の中では御手洗潔は陽気な社会不適合者っていイメージなんですが、現在ではどうなんでしょう。噂によると占星術師要素はフェードアウトし、脳科学に詳しい万能超人になっているとかなんとか……。
島田荘司の推理小説の最も凄い所は、バカミス(推理小説的仕掛けのトンデモさが過剰すぎて「バカ」の領域に達しているミステリ)に片足を踏み入れている過剰な発想力と、事件の中での「偶然」の取り扱い方の凄さにあると思うのですが、本作『斜め屋敷の犯罪』は前者にステータス全振り、後者についてはむしろ平常とは真逆の「必然」を極めに極めた作品になっています。そしてその「必然」の象徴とも言えるのが舞台となる『斜め屋敷』……作中で「流氷館」と呼ばれている館です。
流氷館は宗谷岬に建つ建築物。その最大の特徴して、北から南にかけて五度ほど傾いているという、あんまり住みたくない作りにあります。この小説には、傾斜した屋敷の立体構造が立体図として示されているわけですが……その立体図の凄さ、それはこの推理小説のほぼすべてのネタがそこに集約されていることにあるでしょう。 密室トリックも犯人の正体も、全ての謎と解決はその立体図に堂々と示され、同時読者の「常識」の裏に隠されています。その隠され方がこれまた絶妙であり、トリックを知った後に立体図を観たら「うわ~こんなにあからさまなのに気づかなかった!」ってなるんですよね。(推理小説ファンには、図書館で借りた斜め屋敷の犯罪の立面図にとある「落書き」がされており、それで真相が何もかもわかってしまったという定番のジョークがあります)『斜め屋敷の犯罪』というテキスト、和製推理小説の最高傑作とも呼ばれる小説と等しい価値を持つ、たった一枚の立体図。描かれた全てが「必然性」を持っている完全な図面。私は、「館もの」の究極系とは、事件の全てが館の構造・存在とイコールで結ばれるものだと思っているのですが、本作はそれを完璧に体現した傑作であり、それをこの立面図が証明していると言えるでしょう。
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……第一回で予告した暗黒編(暗黒館の殺人)、水曜編(ディスコ探偵水曜日)、屍材編(建築屍材)、斜傾編(斜め屋敷の犯罪)を全部やり終えちまいました。やり終えちまったのですが、魅力的な平面図はまだまだあり、このシリーズ記事も続けることができるんですよね。「首無館の殺人」の史上最低の平面図とか、『ロートレック荘事件』の大胆不敵な平面図とか、「加速度円舞曲」のパズルめいた平面図とか、『笑わない数学者』のあえて隙をさらして読者の後頭部を殴る平面図とか……。また気が向いたらやろうと思います。それでは。