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【忍殺】人間と蚊は会話ができない

 タイトルを書いて思い出しましたけど、インド映画の『ロボット』で蚊がいきなり喋り出したときはぶったまげましたね。ロボット、おおよその内容は覚えてないんだけどその衝撃だけははっきり覚えている。いきなり蚊が喋り出しても許されるくに……偉大なるガンジスのながれ……ってのうみそがばくはつしたことでした。以上、この記事とは全く無関係な話でした。関係のある話をしましょう。最初は価値観を共有できないコミュニケーション不可能な怪物として描かれていた存在が、描写を重ねるごとに所帯じみた魅力とコミカルさを増し、読者がそれにほっと油断し、やや舐めはじめた頃合いで、「あっそういえばこいつはこういう怪物だったんだ……」とガツンと突き放す。そういうのが昔から大好きと言う話です。最近読んだ中では胎界主のデカトン様が本当に本当に本当に本当に素晴らしかったのですが、今回のカテゴリは胎界主ではなくニンジャスレイヤーなので私が話すのはモスキートのことです。

 いや、でもこいつ割と登場初期からコミカルだしおもしろいな……。モスキート。ニンジャスレイヤーの登場人物であり、第二部の悪の組織ザイバツ・シャドーギルドの構成員。背中に背負った汚染血液シリンダーと繋がった針を女性に突き刺し相手の血液と循環させ病死させることに性的興奮を覚えるレベルの高い変態です。雑魚敵その一でしかないこいつにここまで特濃の存在感をぶち込める忍殺恐るべしという他ありませんが……まあ、脇役の一人と言ってよいでしょう。それもいわゆる「愛される」役どころの脇役。作中における彼の挙動はとにかくコミカル。「残虐なニンジャ」という前提がありつつも、とことん過剰でどこか間の抜けた彼の邪悪言行は、おおよそのヘッズの心にあたたかみを与えるものであり、「まったくしゃあねえなあモスキートは……」みたいなサンシタ的愛らしさを見せるものでした。初読時、私も「邪悪なニンジャ」という前提は理解しつつも、ほほえましく彼の悪行を追っていたものです。モスキートが出るだけで頬がほころぶ。幸せなサンシタ成分摂取読書生活……。しかし、それだけではモスキートはここまで印象に残るキャラクターにならなかったでしょう。モスキートと言うキャラクターの真価は、やはりその最期にあったと私は思うのです。

 絶品です。読者からの愛着に冷水をぶっかけるコミカルさの欠片もないその最期。きっとおもしろサンシタ死してくれるに違いないとワクワクする我々に突きつけられる底冷えすら覚える絶句。およそ人間らしい共感性に欠いた、虐殺に一切の忌避感をもたない怪物の横顔がここにはあります。それが、読者の感情移入対象であるフジキドのバックボーンに対して行われるのだから、これまた一層強烈……。愛嬌のある男が、死の間際という極限状況において突然怪物性発揮したのでしょうか? 私は違うと思います。モスキートという男は、怪物は、最初からずっとこういう怪物だったのです。切り取られた表層のカワイイは、我々側からだけの解釈であり、モスキートにとって無関係です。人間と蚊は話が通じない。通じないからこそ、我々はその蚊を好き勝手に解釈し、どこからかカワイイを創出することができ……そしてその薄氷はいともたやすく踏み破られるのです。

 ああ、それにしても「話が通じない」ということはなんとロマンチックなんでしょうか。「宇宙人との出会い、そして心の交流……」的な異人コミュニケーションの描き方もあるでしょうが、私は断然最初から最後まで徹底して話が通じない方が好きです(ハンターズ・ランは超おもしろいからみんな読もうな)。「通じあえない」存在は、人間が無数の生物の一種に過ぎないことを証明し、世界の広さを保証してくれます。理解不能とは豊かさであり、謎とは多様性の産物です。モスキートが読者の手を払いのけ、フジキドにクエスチョンマークを突きつけたことで、「人ならざるものでありながら人であるもの」……「ニンジャ」は、より一層の豊かさと複雑さをもって物語の中で展開してゆくことができるようになったと思うのです。