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【映画】♥♥♥UI♥U!

愛は祈りだ。僕は祈る。
          ……舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』

 「せっかくの盆休みだし『愛のむきだし』観るか~」 観るか~ではないのです。あれだけ『地獄でなぜ悪い』にぶん殴られたというのに全く懲りていない。やすやすと園子温監督作品に手を出すとどういうことになるのか。しかも上映時間は237分約4時間だ。狂ってやがる。絶対にヤバい。どう考えても死ぬ。観よ下に貼った予告編から匂い立つ異界の気配を。間違いなく視聴前に、下剤を混入させた葛湯を一息で飲み干ししばし瞑目の後厠へ入り、その手順を三度重ねて腹腔の内容物を空にしてから臨むべき映画ではないか。(これらは切腹の際、臓物の臭気を消すための礼法である) しかし、私は軽率にも休み気分に浮かれてそのアマゾンプライムの再生ボタンを押してしまいました。そして四時間後。案の定、私はこの映画に全てのカロリーを削り取られ、ただパクパクと「あ、愛のむきだしだ……」「空洞です……」と呟くだけの肉塊と化したのでした。

 この映画は結局なんだったのでしょう? おもしろいとかおもしろくないとかではない。完成度が高いとか低いとかではない。好きとか嫌いとかではない。私たちが抱くべきほぼすべての気持ちと言葉は三名のメインキャストが織り成すドラマの中で、全て消費し尽くされてしまいます。四時間にもわたる構築と燃焼の果て、「全てがやり尽くされた」という実感と、ただ一つ残った「愛」の前に、私たちは倒れふし、全ての装飾を失いむきだしとなったそれを前に「あ、愛のむきだしだ……」と呟く他ありません。そして、幕終と共にその愛すらも我々の視界から離れ、全てがなくなったエンドロールの虚無の奥底からゆらゆら帝国の『空洞です』が静かに流れ始める……。

 この圧倒的な体験を私はどうしても言葉にできません。繰り返しますが、言葉すらもこの映画によって全て喰い尽くされてしまうからです。映画によって己の全てが消費され、ただ一つ残った愛も登場人物と共に歩み去り、空っぽになった肉に空洞が鳴り響く……。思春期の頃に観ていたら気が狂ったのではなかろうとかと思える、それほどに異様で凄まじい体験です。結局のところ、「あ、愛のむきだしだ……」「空洞です……」という朦朧とした呟き以外、何も明確な感想が記せません。このレビューともつかぬ雑文は、その二つの呟き以外の何もない空間、肉と心の隙間に空いた無辺の虚無であたふたと溺れ慌てているあがきでしかありません。

 ストーリーを概説するという無為な行動をとりましょうか。この映画には三人の人間が登場します。一人は盗撮魔の少年ユウ。一人は喧嘩の強い少女ヨーコ。そしてもう一人が新興宗教の信者コイケです。ユウはヨーコに片思いしており、ヨーコはユウが女装した姿に(その正体に気が付かずに)恋をしています。コイケは二人に並々ならぬ興味を持ち、教団の力によって暗躍します。コイケの存在をスパイスとした、ユウとヨーコのすれちがいラブストーリー。あらすじは極めてシンプル。しかし、この映画は四時間という長尺を使用し、この三人のメインキャストが物語のスタート地点に辿り着くまでの背景をじっくりと、それはもうじっくりと構築してゆきます。高く高く積み上げられた三つのドラマは混じり合うことで化学反応を起こし、身の危険すら感じる高温を放ちながら、視聴者ごと全てを燃焼させてゆくのです。この世界の全てに意味があるとして、意味づけが文脈を生み物語を形作るのだとしたら、その意味が全て使いつくされた時、世界は終わりを迎えるのでしょう。愛の下に交わされる言葉には、物語の流れを阻害する戯言が入る余地はなく、全てはこの世でただ一つの真実=愛=終わりのために、さながら本格推理小説のように、世界の全てを「そのためにあったもの」と再解釈し、ラブストーリーという文脈の中で猛烈に消費してゆきます。全ての言葉は愛のための伏線となり、全ての出来事は愛のためのフラグとなり、全ての行動は愛のための選択となります。そして全てが回収されたとき、そこにはもう、それを意味する言葉でも、それを象徴する出来事でも、それを表す行動でもない、装飾なき「むきだしの愛」とそれを取り囲む巨大な「空洞」しか残っていないのです。

 無駄に文字を費やしました。予想通り私はこのテキストで「あ、愛のむきだしだ……」「空洞です……」という二つの呟きを、文字量で水増しし遠回りをしながら延々繰り返しただけでした。この映画に対して、それ以外のアクションを返すことは不可能だからです。この映画をどれだけ細分化し、たとえば、鬼々迫る役者の熱演や、破天荒な脚本や、漫画めいた馬鹿馬鹿しい演出等々について事細かに言及したとしても、結局それらはすべて「愛のむきだし」「空洞です」という二つのタイトルに還元されてしまうのです。この映画に限っては、出力に意味はありません。無駄な抵抗はやめ、口をとざしましょう。その体験の全てを目を瞑って思い出しましょう。愛に至るまでの全ての意味を。踊るのではなく、祈るように。