【2019忍殺再読】「ギア・ウィッチクラフト」
ギンカク巨大立方体説いいよね
AOMシーズン3のプレシーズンその2。プレシーズンは毎回二話構成なんですかね?「ア・デッカーガン~」が極端なカラテ主義というテーマ面での本編への導線ならば、本エピソードはもっと直接的と言いますか……はい、「ギンカク」ですね。シーズン3のキーアイテムがそのまんま出てきています。それにしてもAOMはギンカク重点と言いますか、よく出てきますよね。トリロジーがキンカク重点だったのと対照的。モータルソウルを原材料とした「エメツ」が資源として利用されるように、モータルのニンジャへの怨念の集合体を「サツガイを殺す」燃料として使い倒すマスラダのように、ギンカクに秘められたモータルたちの物語をドライに切り裁き、ただの仕組みになるまで解体してしまうような、そんなドライさがSF的でよい。
それにしても、連載九年目にして明かされた「ギンカクは八つ存在する」という設定にはマジでびっくりしたし、めちゃくちゃ想像力がかきたてられました。
まだヘッズの妄想の域を出ませんが、「地上部に出ているのギンカクの先端」+「キンカクは立方体」+「ギンカクの先端は八つある」=「ギンカクは、地球とほぼ同サイズの巨大な立法体である」という発想、すっげえいいですよね……。勝手にひょっと突き出たモノリスみたいなものを想像していた視界が一気にぐわっと広がる快感。「気づき」がもたらすエンターテイメント言いますか、押し寄せる「そうだったのか……!」に脳みそが幸せになる。太陽に比喩られるキンカク、地球に比喩られるギンカク、そしていずれにも属さない月のアルゴスというわけですか。いや、まあ、まだ確定じゃないですけどね。ランダムを象徴したハッポースリケン型という説もうなずけますし。
私闘(あるいは、機構を隠すオカルトの匣)
「ギア・ウィッチクラフト」の感想文をしたためる上で、避けられない点が一つあります。それは、本エピの立ち位置が私にとって極めて特殊だということです。膨大なニンジャスレイヤーアーカイブを検索にかけても、同じ特徴を持つエピソードは他に三つ程しか思いつきません(「メナス・オブ・ダークニンジャ」、「シルバー・シュライン・ライク・ア・バレット」、「ハウス・オブ・サファリング」)。すなわち……「初読時につまらなかったエピソード」。忍殺は自分の趣味と恐ろしいほど合致しており、そもそも「間違いなくおもしろい」というバイアスもあるので、これは大変なレアケース。いやはやいやはや……悔しいですね。あなた方は「ギア・ウィッチクラフト」をおもしろく読んだのでしょう? このエピソードを楽しめる才能があるんでしょう? 許せねえ。ずるすぎる。私も意地でもおもしろく読んでみせる。共感(わか)れなくとも、理解(わか)ってみせる。その気になってみせる。小説がおもしろくないのは、おもしろく読むことができない自分が悪いのだ(※注)。私は私の非を絶対に認めない。
※注)これは京極夏彦作品・インタビューの記述を原型にして、趣味の読書で楽しめる確率を上げるためにチューンナップした私専用の信仰であり、あなたに当て嵌めてうんぬんしたり、第三者にあてはめてかんぬんしたりしても、それは間違った位置にジグソーピースを無理矢理ねじ込むような行為でしかないということをここに明言しておきます。
さて、初読時の私はこのエピソードの何がつまらなかったのか? 二回程再読して問題点を単純化した結果……「提示された謎量に対する解決量の比率が好みではなかった」。そう言葉にすることができました。忍殺という作品は、基本的に提示された謎が全て解き明かされることはありません。それは、複雑系と多層構造でなるSF世界を個人の視点で切り出す作風の必然でありますし、ボンモーの執筆スタイルが由来でもあります。平常は、その残された謎は、「謎」という要素が解決されないがゆえにもたらすワンダーな魅力として(たとえば、前述した「ギンカクの八つの先端」の真相などはこれ)、あるいは次のエピソードへと走らせる助走として機能するものでした。しかし、本エピにおいて残された「謎」の量は、私にとってワンダーではなく困惑として、助走ではなく停止として、機能してしまいました。
たとえば、ガイストと甲冑オートマトンは何だったのか?
たとえば、ギンカク・エンジン理論とは何だったのか?
また、量の問題程の影響はありませんが、種類の問題もあります。つまり、暫定的な/最終的な決着をみたキャラクター別ドラマの中途が「謎」として残ってしまったことです。少なくとも、その種の「謎」は、私にとって効果的に「魅力」「助走」として機能せず、合理的にキャラクターの行動・関係性をシミュレーションしてゆく忍殺のSF的魅力を減ずるものでした。
たとえば、セレクションは何をしたかったのか?
たとえば、アキナは何故裏切ったのか?
特にセレクションさんは気の毒ですね。「目的」も「行動」も謎のまま……言い換えるなら「エゴ」も「カラテ」も描かれないまま退場してしまっており、なんか悪そうな奴だったので勢いでぶっ殺したように見えてしまいます。いや、まあ、それはそれである種のおもしろみがあるんですけど(私はジャンプ新連載第一話の主人公に殴られるためだけに出てくるチンピラが好きなので)、やはり気の毒。「仕事である」という理由を持つブラックヘイズはともかく、視点人物であるコルヴェットがシルバーキーとの神秘体験領域で確信を得てしまったため、読者としてはセレクションが何故殺されなければならなかったのか、ちとわからない……ああ、つまり……コルヴェットがセレクションを殺すべしした理由も「謎」なんですね……。
本エピソードは多くの点で、結果だけがあり、合理的な過程が隠されています。それは私にとっての不満点であり……つまり、他のエピにはないこのエピだけの「個性」であり……その「個性」の意味が読み解けたとき、それは「おもしろい」に転換しうる。散文的にいきましょう。合理的な過程の隠匿……それはシーズン3で描かれる「偏重したカラテ主義」への動線であり(タイクーンは、自らの意図を知ることを許さず、「現実」という出力結果のみを求めるカラテの王です)、AOMを通じて描かれてきたエメツという資源の在り方でもあります。「わからない」を残したままであっても、隠された部分に機構があるならば、見えない合理に則って、仕組みは機能するということでもあります。それは、シュルツがブラックヘイズの真意を知らぬままに受け取った辞表であり、もう一つのプレエピソードで子供たちがわからないままに振り回す危険なサイバネでもあるでしょう。リスクを孕みながらも、平均的にはエゴの通りに稼働する「だいたいわかった」がもたらすカラテ。つまり、機構(ギア)が隠匿された術式の出力は、魔術(ウィッチクラフト)に見えると言うこと。なるほど、ギア・ウィッチクラフト。
……つまり、セレクションは、ギア・ウィッチクラフトを用い、ギア・ウィッチクラフトに殺されたニンジャだったのですね。「大体わかった」に殺されたニンジャという点で、彼にSOCや過冬との差異は少ない。かくして私は私にとっての不満点を意味に転換し、本エピソードの持つ「おもしろい」を共感(わか)らずとも理解(わか)ることができたのでした。
傭兵と論理の違いはいくら?
ブラックヘイズ! 実を言うと私、我らが主役ミスター・ダンディズムとして頭角を現した第二部後半以降のブラックヘイズより、奇妙なかっこよさを匂わせる端役の一人だった頃のブラックヘイズが好きな深緑原理主義者(造語)なのですが……本エピソードの彼はグンバツでした。というのも、論理聖教会と比較する形でその姿が描かれたのがよかった。ブラックヘイズは骨の髄まで傭兵です。エゴに従ってカラテを奮うのではなく、自分の利のために、金という数字の大小のみを基準にカラテを奮うニンジャです。自らのエゴを「ビジネス」のために見せないプロフェッショナルです。
クルセイド・ワラキア以降、論理聖教会の教義との乖離を彼は見せ続けるわけですが……言葉にできる理屈だけで語るならば、彼の在り方は限りなく論理聖教会に近いんですね。だって、彼らの在り方とは、価値の全てを金の大小に還元化し、ケオスな浮世を渡ってゆくことなんですから。「信念」と「信仰」……言葉にできる理屈……単純化できる理屈……すなわち、ブラックヘイズ自身/論理聖教会自身の語彙において差異がないこの二者は、しかし、この物語を読めば明らかなように、どう見てもイコールではない。それは、言葉にできない「ゆらぎ」であり、彼らそれぞれが持つ単純化できない「何か」であるでしょう。言葉を用いた小説でありながら、それを言葉で直接描くのではなく、両者を言葉で書き表した上で、差し引きすることで差異を示して見せる。本エピソードにおけるブラックヘイズ(あるいは論理聖教会)の描かれ方は、非常にテクニカルだったと思います。
あと、論理聖教会が好きなんで、論理聖教会の話をしますけど、どう見ても信仰してるふりだけのブラックヘイズの態度から、その裏切りを彼らが見抜けなかったのは興味深いですね。これは決して教会が間抜けだったわけではなく……そもそも、「信仰しているふり」というのは彼らの教え的にありえないということなのかなと。つまり、祈りと利益の交換を本質とする彼らの信仰は、「信仰しているふりして利益だけもらってやろう」という態度すら、真っ当な信仰として呑み込んでしまうわけですよ。ブラックヘイズさんは、金を受け取っている以上、その本心に関わらず、正真正銘の信者だったわけです。論理聖教会において「信仰しているふり」に該当するのは、「ふりこまれた金を受け取らない」になるのでしょう。まさしくAOMを統べるに相応しい強い宗教ですが、その強さがそのまま組織としての脆弱性になっているというのがなかなかおもしろいですね。
未来へ…
ヘイズ・フェイタル・アキナのトリオが、レッドハッグ・ノブザメEコンビと同じく、デルタ・シノビに吸収されなかったのもちょっと気になりますね。ヤモトもそうですが、無数の小世界の乱立するAOMにおいて、小世界間を渡り歩く個人の数が徐々に増えて言っているような気がします。これは、一見混沌に見える現AOM世界すら、クラスタという秩序が存在するということもでもあり、その秩序もやはりエントロピーのアレがアレで散ってゆくということでもあるでしょう。混沌の果てにあるものが、全ての点が均一に散らばる秩序だというのは、アガメムノンへの皮肉でしょうか? それに対する「抵抗」……カラテこそが、キンカクでありギンカクなのでしょうか? それとも、キンカクとギンカクへの「抵抗」として、世界にルールが誕生したのでしょうか? ワンソーが奮うカラテとは、一体どちらなのでしょうか?
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■2020年1月6日、1月13日、1月28日、2月2日