見出し画像

【漫画】2018年総ざらい:漫画篇

  年の最後にその一年に読んだ小説を総ざらいしてベスト15なり20なりを決めるのが私の趣味なのだが、今年読んだ小説を数えたところ何だか例年と比べて全然読めてない。理由は二つ、不幸なものと幸福なものがある。不幸な理由は年の後半に労働に敗北して体をぶっ壊しニンジャスレイヤー以外の文字を読む気力を失っていたからで、幸福な理由は小説以外の楽しいことが多かった(映画、ゲーム、漫画)からだ。そんなわけで今年は小説以外も総ざらいをする。まずは漫画をする。しかし、小説と違い、数年にわたって一つの作品を追うことが多い漫画において「今年読んでおもしろかった漫画」とは何を指すのか? たとえば『宝石の国』は今年新刊一冊分しか読んでいなかったが、その一冊が年間ベストクラスでおもしろかった。だけどなんかそれを入れるのは違う気が……面倒だ。適当にいこう。選出基準は「今年、私の中でHOTだった漫画」とする。HOTってなんだよ。知らん。私の趣味なので定義は私だけが理解できていればよいものとする。そんなわけで、以下、今年HOTだった15冊です。

■■■■■

めしにしましょう/小林銅蟲

 肉に魚に野菜に塩。それらをかき混ぜたところでできるのは、肉と魚と野菜と塩が混ざったただの有機物の塊でしかない。適切な順序で適切な行動をとり、それらの物体に物理的な干渉を与えた結果、物体は「料理」に変じうる。ごく日常的に行われる「調理」という行為の凄まじさ、恐ろしさにあなたは気が付いていただろうか? 私はこの漫画を読んで初めて気がついた。料理とは何をもって料理となるのか。一つの概念をバラバラに解体してゆく理の冷たさと、登場人物たちが放つギラギラとした食欲の熱のギャップ。漫画家とアシスタントが平和に食卓を囲む漫画を装いながら、「料理」が秘めた異様が、これをただの平和な漫画で終わらせない。あと「落ち着いて鉱物を見て深呼吸」「あっ古くて硬いもの」とか、1フレーズ1万円で買い取ってもいいリッチでレアな言語表現がガンガン出てくるのでコスパがいいです。

火ノ丸相撲/川田

 ジャンプの購読は20年以上続けていますが、今年の掲載作の平均点の高さは過去最高、黄金期と言ってよい一年だったと思います。中でも最上の品質を保ち続けていたのがこの『火ノ丸相撲』。「身体的ディスアドを抱えた競技者がいかに一流と戦うか」という王道問題×スポーツ漫画における根性論を、「心・技・体」という相撲固有のステータス値に落とし込み、徹底した理詰めの作劇で納得と「期待以上」を創出し続ける脚本美。ただ、あまりにも計算づくであったため、学生相撲編では「良い子な漫画」を逸脱し切れなかったのも事実。が、2018年から始まった大相撲編は、魅力的なラスボス・横綱刃皇を起爆剤に、展開に爆弾を放り込んでは、それを綿密な計算に基づき組み上げ直すという上級技に成功しており、最早手がつけられないおもしろさになっています。無茶苦茶やってるかに見える展開が、パズルのように組み合わさり一つの流れを完成させてゆく驚愕と快楽よ。「心・技・体、全てがカンストした横綱に勝つには?」 という史上最高の難題に対し、稀代の算術家川田先生が出したアクロバット極まる計算結果をとくと見よ。

刃牙道/板垣恵介

 えっと、うん、なんでこんな評判悪いんですかね『刃牙道』……。私はグラップラー時代からのファンなんですけどもこの『刃牙道』が一番おもしろいと思うんですよ……(小声)。えっ、みんなマッドサイエンティスト板垣恵介の思考実験が大好きなんじゃないの!? 「徒手空拳こそが最強である」というファンタジー世界を一度完結させたからこそできる、「いや、武器持ってる方が強いだろ」という仮説の検証。 「ダイアモンドの堅さを測る!(飢狼伝)」を自費で始めるクソ度胸。 100巻以上かけて完成させた世界を丸ごと耐圧試験の試料にして、情け容赦なくプレスをかける大々々贅沢が本当におもしろい。研究テーマのヤバさに気が付き、実験終了を呼びかけてまわる裏主人公を後目に、世界は案の定その圧に耐え兼ね、登場人物の死という形で破断し始める。作者は、主人公は、裏主人公は、果たしてこの貴重な試料が砕け散る前に、プレス機の電源を落とす判断ができるのか。個人的なベストバウトは、そういう点でも色々極まってた最後の刃牙vs武蔵です。最終回で次回の研究テーマを記すのも論文っぽくて好き。

狭い世界のアイデンティティー/押切蓮介

 打ち切り漫画家を出版社が貼りつけ処刑し、書店が万引き客を拷問する悍ましき出版地獄! 同作者の『ゆうやみ特攻隊』より一段進化したド迫力で描ける漫画家同士の暴力抗争は、とことん真面目に描かれているからこそクソおもしろく、読んでいてゲラゲラ笑ってしまう。しかし、読み進める内に秘められた呪詛が、含まれた憎悪が、孕んだ絶望が、毒のように読者の心中にまわり、実は全てが暴力で解決するこの世界の方がよっぽど救われているんじゃないかという気づきが肩の上にのしかかる。『何事も暴力で解決するのが一番だ』が、ギャグではなく祈りに変わる一瞬がこの漫画の裏にある。頼むから殺し合い程度で解決してくれ、頼むから相手を殴り殺せば終わりであってくれ、そう祈りたくなるほどに、創作コミュニティの闇の底は深く、その生活は、人の身に余る苦痛と地獄に満ちた死狂いの狂奔なのである。

バイオーグ・トリニティ/大暮緯人・舞城王太郎

 掌の真ん中に開いた「他者を吸い込み同化する」穴と、そこをぶち抜く少年と少女の恋愛を軸に、世界はいともたやすく表がえり裏がえりぐるぐるごんごん掻き混ぜられて、人間も設定も時間も空間も言葉も画も全てが混合と分離を繰り返す。ぐらぐら揺れる不安定な世界は、乙女ごころのように気まぐれで、実は比喩でもなんでもなくこの世はまさしくたった一人の女の子で、全ては彼女とその恋愛のために費やされる伏線に過ぎず、あらゆる意味は彼女のためにある。しかし、登場人物には、拾い損なわれた物語には、その絶対的な「本流」に唾吐く権利があるのだ。たとえ敵わなくとも。そのラブストーリーが、これほどに正しく、美しく、運命と意志に彩られた王道なのだとしても。それにしても驚嘆すべきは、言葉によって言葉を語り小説によって小説を語る舞城王太郎世界を漫画としてパーフェクトに翻訳しきった大暮先生の表現力ですね……。

恋するワンピース/伊原大貴

 ワンピースのスピンオフの名を免罪符にして、ジャンププラスで今日も蠢き続ける名伏し難き狂気の博覧会。そも、ワンピスースのスピンオフを描けって仕事で、現実世界でワンピースのキャラクターをロールプレイする狂人のお話をお出しする伊原先生はなんなのか。そして作者の自画像がヒロインよりもかわいいのはどういうことなのか。ウソップを演じ続ける男・中津川嘘風の謎と混沌に満ちた自己認識と世界認識がとにかくヤバく、「己をウソップだと信じ込んでいる」と「ウソップを演じている」の境界線上で反復横飛びし続ける底抜けの狂気は、覗きこんではいけない深淵の凄味を帯びている。ワンピースへの異様なまでの執着を持ちながらも、なぜか肝心な所では妥協し、しかし着々と世界をワンピースで汚染し続ける彼の狂行により、読者と登場人物のリアリティラインは段々とバグらされてゆく。ワンピースに縛られているのが余りにももったいない、しかしワンピースに縛られているからこそこれほどにも面白い、今年のマイベストギャグ漫画。第26話「尾田」は死ぬほど笑った。

金剛寺さんは面倒臭い/とよ田みのる

 お堅い性格の女の子が善良でふわふわした性格の男の子に心を溶かされ、恋に落ちるラブストーリー……と説明すると王道ラブコメ漫画なんだけど、そして実際にこれは王道ラブコメ漫画なんだけど、その隙間には軍事クーデターに地獄にアトランティス帝国とありとあらゆる異常と非日常が詰め込まれている。しかし、その全ては「本編とは大きく関わりのない物語である」の文言の下に切り落される枝葉に過ぎない。人の行動は世界と連動し、何かは必ず何かと繋がっている。理屈によって雁字搦めに縛られたこの世界は、二人のラブストーリーを閉じた世界の中にとどめず、隣人を変え、第三者を変え、世界を大きく揺り動かしてゆく。しかし、お話を語るということは、蝶の羽ばたきだけをトリミングすることなのだ。理屈が支配する複雑系は全く持って面倒くさく、恋に盲目な二人の瞳には映らない。

バイオレンスアクション/浅井蓮次・沢田新

 第一巻初読時、殺し屋が捕まえたターゲットの前で暇つぶしに簿記の勉強を始めるシーンやら、あえて淡泊にしかし具体的に描かれているゴアシーンやらを見て、そのあまりのスカシっぷりに私は思わず「こ、これは伊坂幸太郎……!」と叫んだが、原作は伊坂幸太郎ではなかったし読んでいくとそこまで伊坂幸太郎でもなかったバイオレンスアクション。ゆるふわ女子大生主人公がさらりと殺人行為に及ぶギャップという、下手をすればこっ恥ずかしい感じになり兼ねない題材でありながら、丁寧に描かれる日常感が彼女の振舞をするりと読者に飲み込ませてしまう。登場する殺し屋たちも皆どこか奇妙で憎めず、中でも作者お気に入りの「みちたかくん」の造詣の凄さは一度は味わって頂きたいところ。現在シリーズに登場する台風シーズンになると副業で殺しをする田舎の猟師なんかも抜群のアイデアで、休載が続いているのが本当に悔やまれる。

猫ヶ原/武井宏之

 殺刃が閃き、肉が裂け、血の雨が降り、死体が腐る。主を失った絶望と怒りと諦めに任せ、薬物と暴力に狂いながら夢見心地な気まぐれで死骸の山を無意味に積んでゆく主人公。誰も彼も思考を投げ捨て、刹那的な欲望の中で、軽々しく命を奪い、命を捨ててゆく。弱者も強者も等しく苦しみ続け、擦り切れるまでのたうちまわる地獄の浮世。それを描く武井宏之の筆致はペン先に魂を浸しこんだように残酷で……そして明らかに悪ふざけをキメている。残酷無残な世界観にくらりとよろめく読者に仕掛けられるは、「猫のお侍による時代劇」という暢気な設定と数々のおふざけにゃんこ言語センスによる膝かっくん! そして、とことんふざけ散らしながらも、実のところ決してふざけてなどいない苦悩と思考の旅路が描かれているのはいつも通り。仏ゾーンの頃から、常に危ういバランスで触れ続けた「武井節」がここにきてついに見事な静止を見せる。個人的には武井漫画の最高傑作だと思います。

百足-ムカデ-/フクイタクミ

 「恩ある村を守るため一人で百人組の盗賊を殺す!」という、一行プロットの美学を極めたみたいな良作漫画。百人の盗賊をぶっ殺すのを省略することなく全三巻に圧縮した結果、どのページをめくっても主人公が変な武器を持った悪党をぶっ殺しているという恐ろしいぶっ殺し密度とぶっ殺し熱度とぶっ殺しテンポが生まれており、読んでいると原液のエンターテイメントを舐めたような酩酊感に襲われる。百人の盗賊たちは、それはもうゴミのように蹴散らされ、消費されることになるわけだけど、一人ひとりにしっかりとデザインやら人間関係やらが設定されており、そのドラマが発揮「されない」ままに死んでゆく。描かれないままに積み重なった百個の死は、ドラマの残滓をキャラクター一人分だけ積み上げ、読者の中に真の主人公である盗賊団「百足」の姿を焼き付ける。そしてそれはとても魅力的で、その末期にお疲れさまと声をかけてやりたくなってしまう。

ダンゲロス1969/横田卓馬・架神恭介

 ついに帰ってきた横田卓馬版ダンゲロス。あのクソおもしろかった前作をはるかに上回る面白さでバッチリ仕上げてくる横田マジックにおののけ。『背筋をピンと!』『こがねいろ』『シューダン!』により仕上がった、横田流青春描写術が思うさま悪用される様に震えろ。「うんこを炎に変える能力」「粘着性の静止を飛ばす能力」「恥部を露出させそれを見た人間に拍手を強要する能力」など、お下劣能力同士の衝突を、大真面目にくそかっこよく描くからこその面白さ。また、その表層的な派手さだけではなく、60年代の学生闘争の空気感、「闘争」の響きと祭りの酒気に酔い、どこまでも凄惨な本当の闘争に踏みにじられてゆく学生たちの悲哀も(その真面目なテーマを、かっこいい能力バトルだと思ったら、うんこしっこ精液まみれのくっそ汚えバトルだった!で表現してるのがこの作品のとんでもねえところなんですよ)しっかりと抑えられており、やっぱ横田先生は「わかってる」んだよなぁ~(上から目線)とガッツポーズしてしまう。

胎界主/尾籠憲一

 お前今更胎界主読んだの!?はい、今更読みました。バリクソおもしろかったです。推理小説ファンであり、ニンジャスレイヤーヘッズであり、そして何より物語が好きな自分がどうしても囚われしまう「意味がある」という価値の檻。ここまでの全てに意味があると信じ、出来事を推理によって結び付け、文脈を繋ぎ、真実に創るということ。結末に辿り着くということ。その美しさ・正しさを信じていたからこそ、この漫画が歌い上げた「無意味の荒野を一人で歩く」強さには思いっきりぶん殴られました。第二部後半の『生体金庫』と最終章『胎界主ピュア』は何度読んでも言葉を失ってしまいます(今年だけで三回は読んだ)。無数のキャラクターの覚悟と決死が意味と価値を持ち輝かんばかりの美しい物語を語り上げる大傑作エンターテイメント『生体金庫』……そしてその生態金庫編のお話としての圧倒的な「おもしろさ」「完成度」「感動」自体が、無意味と無価値の荒野でふざける主人公の敵となる構成が何度読んでも凄すぎる。物語で生きる、物語と生きる、物語に生きる全ての偏愛者に読んで欲しい大傑作。三部まだ?

映画大好きポンポさん2/杉谷 庄吾【人間プラモ】

 今年、映画漫画を集中的に読んでいた時期がありまして、『怒りのロードショー』とか『邦キチ映子さん』とかも抜群によかったのですが、一つ選ぶのならば『映画大好きポンポさん』になるでしょう。映画作りを生業とする人間たちの明るくも薄暗いドラマが「90分」に該当する理想の尺でまとめられた傑作。読み手の魂をグーでぶん殴る最強のストレートパンチであり、続編なんて作りようもなく……作りようもなく……と、「美しく完結した作品の続編について」の語りから始まる本作『映画大好きポンポさん2』は、確かにその自己言及の通り、前作よりも具体的で固有的で大衆的なエンタメでありました。『1』ほどには魂に響く作品ではないのでありました。しかし、「作らざるを得なかった続編」を自作と重ねて描くというコンセプト、その計算されたクレバーな鋭利さに、刺し貫かれるものもありましょう。主人公がクソと罵る作品、それ自体をテーマにしてしまう小賢しさ。小癪でずるくて商業的で、そしてなんと素晴らしい創意と工夫に満ちた作品なのでしょう。魂に響かずとも、私はこちらを抱きしめたい。

スペシャル/平方イコルスン

 田舎の何気ない学校生活に一人混じる、触れただけで人間を殺してしまう力の強すぎる女の子。個性的な登場人物の中で、ただ一人、個性の問題では片づけられないリアリティラインをぶっ壊す「スペシャル」な女の子。転校生の目を通して、明らかな世界の異物として語られる彼女の姿は、しかし、のんべんだらりと続く日常と生活の中でどこまでも均され、埋没し、当たり前になってゆき、しかしそれが明らかにおかしいことを、偶にハッと思いだし、しかしそれはあっという間に薄れ去る。「スペシャル」が混じりながらも、決してスペシャルにはなりえない盛り上がり曲線に従わない横一直線なストーリーは、平坦であるからこそそこに抱えた「危うさ」を強烈なおもしろさに転化する。そも、このお話に終わりはあるのか。お話として転がすべきものが、見えなくなってしまっているというのに。「独特」としか言いようのない作者のユーモアセンスも素敵なので是非。

ハイキュー !!/古舘春一

 今年のベストオブベスト。というか、オールタイムベストと言っていい、ド傑作バレー漫画。ジャンプ漫画のマイベストが何かと聞かれたら、ワールドトリガーとシャーマンキングとネウロに加えてこの作品の名を挙げる。今年、まとめて読んでそのあまりのおもしろさと凄さに腰を抜かした私は、本誌を購読しておきながら読み飛ばしていたことを涙を流して後悔し、その後五周は読み返した。「わずかな心のゆらぎが失点に繋がる」というバレー競技の特性を、キャラの情動や成長、痺れるほどの緊張感、そしてこれまでの物語の積み上げの昇華という形で完璧に生かし切っている凄さ。数えきれないほどの登場人物全員の行動全てに確かな必然性・主役となりうるドラマと関係性を与え、それらを「試合」という大舞台として結実させてゆくストーリーテーリングは脅威という他なく、試合中の個々の連携や戦術の打ちあいもワールドトリガーと双璧を成す「多人数バトルの最高峰」と言ってよい超高品質な仕上がりとなっている。マクロ・ミクロ両面において一切の隙がなく、画、脚本、人物、演出、全てが圧巻の完成度で仕上げられているこのド傑作が週刊連載だという事実は、ちょっと信じられない。「コンセプトの戦い」と称される試合パートは、全て別のテーマをもたされており、一試合たりとも同じ繰り返しはなく、常に新しいおもしろさが保証されている。中でも、物語の節目となる青葉城西戦、青葉城西再戦、白鳥沢戦、稲荷崎戦、音駒戦の五戦は、全て傑作であり、しかも後の試合になればなるほどおもしろいという奇跡のような完成度であり、何度読んでも手に汗を握らされ、魂が震える。現行連載中の作品であり、メインとなる大会の進行度合いもまだ半分。今後の三試合、特に決勝戦がどれだけのおもしろさのものとなるのか、今から楽しみで仕方がない。