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【小説】おかしなはやすぎる二人

 2017年から2018年にかけて岡嶋二人の小説全作をまとめて読むというすばらしく楽しいキャンペーンを自分の中で開催していたのですが、これが大変戦慄する体験となりました。おもしろいとかつまらないとかじゃないんです。いや、大変おもしろいんですけども、サスペンスものとしては日本最高峰と言っていいほどおもしろいんですけども、それを脇に置いてしまうほどにとにかく凄まじいことがありまして、それは異常なほどの読みやすさ

 私は四大奇書黒死館派の教徒なので基本的に読みやすい本よりも読みにくい本の方が好きなのですが、ここまで極められるとその凄味に圧倒される他ありません。とにかく一瞬で読み終わる。200頁~300頁程度の講談社文庫本を、読み飛ばしているわけでもないのに30分~1時間で読み終わってしまうのです。これは尋常の技ではありません。講談社文庫の一頁あたり文字数は改行のことを考えるとおおよそ500文字くらいでしょうか。つまりは、500×200÷60で、分速1600文字。ありえないでしょう。twitterで、10ツイート+αを1分で読めます? 私は無理です。絶対目が滑り、内容が頭に入りません。それなのになぜか岡嶋二人の小説はその速度で読むことができ、なおかつ内容がわからなくなることはありません。

 思うに、物語自体の索引力に対して、文字の摩擦力が異常に小さいのでしょう。計算され整備されつくされたサスペンスのプロットと、読みにくさが徹底的に排された文章。優れたサスペンスに力強く背を押し続けられる読者は、摩擦ほぼゼロの紙面の上を加速度をつけながらぶっ飛んでいくことになるわけですね。さらに強烈な速度を伴ってストーリー曲線のカーブを駆け抜ける読書は、脳に遠心力を錯覚させ、とんでもない没入感を引き起こします。そして、それは最終頁でいきなり途切れてしまうわけで……。気づいた時にはもう遅く、物語ははるか後方に過ぎ去っており、自分は今、現実で停止している。読了の瞬間に襲われる眩暈に似た困惑。それがもうたまらなく、すばらしい。

 最後に「読みやすさ」という点に絞って、二作紹介して終わります。一作目は『チョコレートゲーム』です。恐ろしい話をしますが、おもしろさの点でもこの作品が岡嶋二人ベストだと思います。なぜそこを両立できるのか。信じられません。テクニックの凄味にひたすらひれ伏す読書がそこにあります。二作目は『クリスマス・イヴ』です。これは山荘でカップルが殺人鬼に襲われる話で(マジでそれだけの話です)、文章だけでなく物語からも摩擦が取り払われているため、マジでとんでもない速度を味わえます。岡嶋二人最速はたぶんこの作品でしょう。ただ、速すぎて正直おもしろいかどうかすらよくわからないんですよねこれ……。