【2018忍殺再読】「ドラゴン・ドージョー・リライズ:奮闘編」
爽やかハッピーエンド
がんばるユカノシリーズ第二段。着々と受講生や協力者を増やしてゆくユカノのカルチャースクールもといドージョーには、今後の展開を期待せざるをえません。前作も大変好きだったのでシリーズ化はとても嬉しいですね。ニンジャスレイヤーとしては極めて珍しい邪悪なき物語であり、かといって「地獄への道は善意で舗装されている」的なお話でもない、爽やかなハッピーエンドがもたらす幸福感に満ちたエピソードになっています。私はタルサドゥームめいたふるまいをするサラリマン・アマがとても好きで、いつもの忍殺ならば落とし穴に落とされて蟹に喰い殺される立ち位置にいる彼が、その根っこの部分にある仕事への真面目さとドラゴン・ドージョーへのリスペクトを見せ、追い払われるのではなく今後もドージョーの欠かせない一員としてやっていくことが示されたことがとてもよかったです。彼はユカノや門下生、フジキドにもない発想と視点の持ち主であり、ドージョーをこのケオスの時代で存続させるには必須の人材だと思うんですよね。
隣にゴウランガのある時代
アマさんで思い出しましたが、彼の呟いた「ゴウランガ」は忍殺史上最も最適に、わかりやすく使用されたゴウランガでした。ベストゴウランガ賞ですね。(ラジーゴウランガ賞にはフェイタルがおっぱいをこぼれさせた時のゴウランガを挙げたい) 重篤ヘッズですら未だ明確な言語化に成功していないゴウランガ。しかし、作中の実際の使用例や忍者スレイヤーにおける「豪覧雅」表記から、その意味することはある程度読みこんだヘッズなら誰もが魂で理解しているゴウランガ。ゆえにニンジャスレイヤー未読者への説明が最も困難なワードなわけですが、今後は「ドラゴン・ドージョー・リライズ:奮闘編」を読めの一言で済むわけです。
アマさんからゴウランガを引き出したように、市民の隣人となったAOM時代のニンジャの在り方が強く示されているのもこのエピソードの魅力です。強大なリアルニンジャであるユカノが岡山県の小さなコミュニティに支配者ではなく参加者として関わっていること、粗暴なニンジャであるベンガルタイガーに対しモータルたちがブーイングを飛ばしていること。しかし、いざ彼らが本気でイクサをすると彼らのすぐ隣に立つモータルは、立ちすくみ、ゴウランガし、時にはNRSを起こして狂ってしまう。本エピソード内での「隣人としてのニンジャ」は、タルサドゥームめいた淀みを吹き飛ばす圧倒的な力……「いい意味でのニンジャの可能性」として描かれているわけですが、これは考えてみれば大変恐ろしいことでもあるわけで。日常生活のそこここに、モータルのささやかな営みを吹き飛ばす強大なエネルギーが、薄皮一枚分だけ隠れて存在しているわけです。自分をひと吹きで殺せる怪物と肩をたたき合う時代。点火寸前の火薬庫の中に形成された社会。アマクダリがケオスを忌避したのも、わからないでもありません。
がんばれユカノ
その強大なニンジャ本人であるユカノが、危険性を自覚し細やかな注意を払ってモータルと接しているのもおもしろいところ。「自分を殺せる怪物と共に暮らす危険性」は、怪物側からすると「うっかりすると殺してしまうか弱い生物と共に暮らす危険性」であるわけですね。ユカノもまたリアルニンジャの一人であり、その本性に忠実にドージョーの拡大……自身の領土の拡大……ミームの拡散を目論むわけですが、その際に既存のコミュニティを破壊せず共存の方向性を探っているところが彼女の強い個性と言えるでしょう。改めて考えると、リアルニンジャたちの領土拡大、三者三様なんですよね。ブラドやセトは過去の領土を取り戻し、ムカデやケイムショは既存のコミュニティを滅ぼしてその上に領土を築く。ユカノのやり方は、比較対象が大変アレなんですけど、ファフニールに近いのかな……?
また、物理世界でそれだけ強大な領土拡大能力を持つリアルニンジャたちが、SNSの電子ネットワーク上においては不慣れからか大変な苦労を強いられているというのが愉快なところ。ニンジャ存在感の伝播が薄く、その人格と言葉のみが切り出されるSNS世界においては、リアルニンジャも強大な存在ではなく、モータルの一人として、「良い」や動画投稿によって領土拡大を図る必要があるわけですね。宮部みゆきのインタビューで「ネットは言葉が行動、言葉だけが発信者の存在そのもの」という発言がありますが、逆に言うと「ネットでは、カラテでわからせてやることが難しい」ということでもあるでしょう。モータルであるナンシーがニンジャを殺せる世界なわけですからね。言葉による領土拡大。モータルと隔絶した存在(≒言葉の通じない存在)であるリアルニンジャにとってそれがいばらの道であることは当然でしょう。ただ、情報操作を得意としてるっぽいケイトー・ニンジャなんかは、そこんとこどうなんでしょうか。あいつ絶対、SNSで炎上もバズりも自由自在でしょ……。
未来へ…
未来と言えばベンガルタイガーですよ。たった四セクションでここまで好感度ぶち上げたニンジャもそうそういないんじゃなかろうか。世界全土を電子ネットワークが覆いつくし、サイバネティック技術が普遍化した未来に、滝行とか道場破りとかに励むおっさんがいるのおもしろすぎる……。興味の対象が徹底して他者ではなく、自分の武であり、ゆえにモータルの命を奪うことにも興味がないという邪悪なんだか邪悪じゃないんだかわからない精神性も大変魅力的で、これほど「根はいい奴」オーラに溢れたニンジャもそうそういないでしょう。クソ真面目なフジキドとの組み合わせも見事なマリアージュであり、彼らの武者修行の旅は是非エピソードでして読みたいところ。あと個人的な妄想なんですが、アマさんのプロモーションでジェット・ヤマガタ映画に協力することになったドラゴン・ドージョー、そこに殴り込みをかけたベンガルタイガーがなんだかんだ映画撮影に巻き込まれ敵役として出演することになる……みたいなエピソード読みたいなくないですか? 私は読みたいです。誰か書いてください。
■note版で再読
■9月8日